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夜の砂漠は涼しい

昼間は放射を受けて輝く熱砂も、夜になれば比熱の低さから温度が急激に低下してしまう。PrimmからNiptonへ向かう道は舗装された道路があり、道の端には僅かながらも植物が生えているため、気温低下はそこまで厳しくはないもののいつもの服装で外気に当たっていると震えが来る。

外は寒そうだな、とSumikaはSiのコートのポケットから顔を出して思った。Sumikaはコートのポケットの中に小さな毛布を持ち込んでいるため寒くはないが、外を2本の足で歩かなければいけないSiはきっと寒かろうと思う。

「あと1時間くらいかな」とSiが口を開いた。
「どこかで休んでいく?」とSumikaは訊いた。

道中、なんとか寝泊まりができそうな戦前の壊れかけの建物があった。そこはJackalsのRaider集団の溜まり場になっていたが、それらはSiが処理をした。敵は4人いたが、威勢だけで通っているギャング集団などはSiの敵ではなかった。振り向けばまだその建物は見える程度の距離にある。

●Jackals
Raiderの一種。
無法集団の中では協調性が弱く、統制は取れていない。

「いや……、もうすぐだ」とSi。「着いてから休もう」

Primmを出てからというもの、Siがよく話しかけてくれるようになった。嬉しい

PrimmでBeagle保安官補佐からKutoの行方、そして以前Primmを訪れたという縞のスーツの男とGreat Khanたちの話を聞いたSiとSumikaはNiptonに向かっていた。Niptonはあまり治安の良い町ではないと聞くが、厄介事が起こらないでくれれば良いな、とSumikaは願う。暴力は避けられない世界ではあるが、何事もなく過ごしていけるのが一番良い。

Siが腕のPipBoyで地図を確認する。Niptonはもうすぐだ。

●PipBoy
核大戦以前に作られたPDA(個人情報端末)の一種。
Siが所有するPipBoy-3000は腕に装着するタイプのものであり、装着者のヘルスチェックからメモ帳まで幅広い機能を有する。

あれ?

道の向こうに光点を見つけて、Sumikaは声をあげた。

「なんだ?」とSi。
お祭りかな………」

Sumikaが見たのはだった。Niptonを覆う炎、そして黒煙。初めはキャンプファイヤーでもやっているのかもしれない、何かの記念日だろうか、などとSumikaは平和に事を考えていた。

近づいてわかる。

Niptonの町が燃えていた

「やった! おれはやってやったんだ!」


急に男の叫び声が響いた。Siが素早くホルスターから銃を引き抜き、Niptonの看板の傍に隠れて警戒を露にする。
声の主は炎と煙を越えてやってきた。服装はスラックスと青いジャケット、おそらくPowder Gangersだろう。だがその眼鏡をかけた丸顔の男は銃を携帯しておらず、敵意のようなものは感じられなかった。

ただ狂気のようなものを発していた。

「空気が美味い! ああ、くそう、まるで酒みたいだ!」男は手を広げて駆け回る。「何がPowder Gangesだ! おれはもう勝ったんだ! 勝ったんだ! あの糞っ垂れな籤引きでおれは勝ったんだ!」
Powder Gangersらしき男は叫びながら、回りながら、笑いながらSiには一切視線を振らずに砂漠のほうへと駆けていった。
「薬中か?」とSiがホルスターに銃を仕舞って息を吐く。「あいつが町に火を点けたのか?」
「さぁ………」
Sumikaは何か薄ら寒いものを感じた。

先ほどの男が町に火を点けた犯人なのか、それとも他に犯人がいるのかわからなかったため、SiとSumikaは警戒しながらNiptonの町を進んだ。こういうときはSumikaの出番だ。他人の目に見つからないSumikaは街中のような入り組んだ場所での探索に適している。もっとも薄い羽による飛行速度はそんなに速くないため、距離は限定されてしまうのだが。
建物の角や窓ではSumikaが逐一安全かどうかを確認しながら進む。なかなか人に出会わない。

なんだ……、あんた
マーケットらしき建物の中に入ったとき、声が聞こえた。Siが銃に手をやり、しかし声の主に敵意がないことに気付いたのか途中で手を止める。
「おれを馬鹿にしに来たのか?」と言った男はマーケット中央の椅子に座っていた。服装からすると、町の入口で出会った男と同じくPowder Gangersだろう。「足をぶっ潰されて磔にされて……、糞、おれたちはキリストじゃねぇぞ。あんた、おれを馬鹿にしたいんだったらMed-Xを15本ほどくれよ。そしたらオーバードラッグで楽に死ねる。糞、糞が」

●Med-X
合成麻薬。オピオイドの一種。
医療現場では麻酔薬としても使われている。 


男は苛々と店内のカウンターを叩きながら言った。男の足に目をやると、彼の足は青紫色に腫れ上がっていた。骨が折れているようだ。

「この町で……、何があったんだ?」
目前の相手に敵意がないことは感じ取っていただろうが、Siはそれでも警戒心を隠さずに言った。

Legionだよ。糞が。見ればわかるだろ。糞っ垂れ」

SumikaはSiの表情を見た。
彼は目を大きく見開いていた。
両腕は左右のホルスターに伸び、その手は震えている。薄く開いた唇の隙間から漏れる息は長く、低い。

どこにいる?

Siの声とは思えなかった。しかし彼以外にその問いを発するものはいない。

「なにがだ? 糞Legionか? まだ集会場の傍にいるだろう、どうせ」と男はSiの表情の変化にまったく気付かずに言う。「あの糞ども、あそこでおれたちの糞っ垂れな運を試していきやがった……。糞、もっと喜べよ、てめぇはNipton肥溜め糞籤で二等賞を勝ち取った男の前にいるんだ。おかげでこうして生きていられる。Swanickの野郎は一等賞だ。おかげであいつは歩いて町を出られた」

男の言葉を無視してSiはマーケットを出た。背後から男の罵倒の声が聞こえたが、Siはまったく反応しなかった。
「ちょっと……、Silas、まさか………」
言いかけたSumikaの身体をSiが掴む。彼にとっては軽く握っただけかもしれないが、身体全体に圧力をかけられて、一瞬息が止まった。
Siの顔が近づく。
見て来い」低い声でSiが言った。

投げつけられるように開放される。Sumikaは空中でなんとか体勢を立て直した。

怖い。
Siが怖い。彼が何を考えているのか、Sumikaにはわかっている。だからこそ怖い。

彼がしようとしていることを止めなければと思ったのに、恐怖感が勝って抵抗もせずに、Sumikaは彼に命令されたとおりに集会場のほうへと向かってしまった。
集会場の周りは広い有様だった。火が焚かれている周りには男たちが磔にされてもがき苦しんでいる。死体が積み重なっている脇にLegionの男たちはいた。人数は5人。もちろん全員武装している。それに犬が2匹。これ以上進むと動物の鼻で気付かれてしまうだろう。Sumikaの姿は人間には見えないが、動物には見える。

5人

彼ら5人とSiは戦うつもりだ。たった二挺の拳銃で、5人の兵士と2匹の犬相手に。
駄目だ。
危険すぎる。
止めなくては

そう、止めなくては。それはこの17年間、否、とりわけAniseが死んだということを聞かされてからの9年間の間、ずっとSumikaが思い続けてきたことだった。復讐など無益なことなのだ、過去にしがみ付くのはやめて未来に生きるべきなのだ、と。

だが止められなかった。

SumikaではSiを止められなかったのだ。

Siは町の外れの廃車が並ぶ空き地のような場所にいた。その服装を見て、彼が何をしようとしているかを悟った。彼はそこでおそらく町の住人と相打ちになって死んでいたRegionの兵士の死体を剥ぎ取り、身に着けていた。
「何人だ?」
Siの問いかけに対して一瞬でも口を噤むのが、Sumikaのできる唯一の抵抗だった。
すぐにSiの手がSumikaの身体に伸びる。彼は二度は言わない。
「5人………」

涙が出てきた。
何が悲しいのだろう、とSumikaは自問した。Siに握られて身体が痛いためか、いいように使われている自身の身が悲しいのか、それともこれから危険な戦いに身を投じようとしているSiの身を案じているのか。

「銃は?」
「リピーター銃が3挺だけ………」もはやSumikaにできるのは、知り得た情報をすべてSiに明け渡すことだけだった。「あと……、犬が2匹いる」

Sumikaの身体は地面に置かれたSiのコートと帽子の上に放り出される。来るなという意思表示かもしれない。
それでもSumikaはSiの後を追いかけた。


十字に架けられたものたちの間を、Siはゆっくりと歩を進めた。目指すは集会場の前でたむろしている赤い服の鬼の集団。
生き残りの仲間が他にいたものと思ったのか、Legionたちがやってくる。友人と出会ったかのような自然な仕草のまま、Siはホルスターから銃を抜き、2人の男の額に銃口を押し当てて引き金を引いた。





Legionの兵士が、Siがなにものであるのかを理解するまでに少しの時間がかかった。Siはその間にも引き金を引き続けた。5人の男を殺し、2匹の犬を殺した。彼はそのまま集会場の中へと入っていった。中はNiptonの住人らしき死体で溢れ返っていたが、彼はそれらを踏み越えて進んだ。生存者はおらず、Legionの兵士が放ったものと思われる犬が10匹ほどいた。すべてSiが撃ち殺した。


集会場を出る頃には太陽が顔を出していた。清々しさとは縁遠い夜明けだった。 

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