背中に故郷
Come Fly With Me


(あれから17年、か………)

SumikaはSiの寝顔を見て溜め息を吐いた。彼はこの17年間でだいぶん変わった。自分は、と自分の掌を見ると、何も変わらない。Sumikaの身体は改造されてからというもの、変化というものをやめてしまった。
それでも生き物である以上は、変わらないということはないのだろう。いつかは老いて、死ぬ。Sumikaの場合はその老いが視覚的にはわからなくなったというだけのことだ。人間と同じように、否、おそらく無理な身体改造のためにおそらく人間よりもずっと早く、死ぬ。いつかは。

死ぬのは怖い。
何が怖いのだろう、と自問する。

死ぬのは痛そうだから。
何も為せずに死んでしまうのが悲しいから。

死した後にどうなってしまうのかを考えると怖いから。
しかし痛いといえば手術のときのほうが痛かったな、と昔のことを思い出す。身体改造の負荷を少しでも減らすためか、それとも施術者の趣味か、麻酔というものはほとんど使われなかった手術だ。あの手術でどれだけ泣き叫んだかわからない。あれにくらべれば、きっと死の痛みも安らかなものだろう。

死んで何も遺せないというのは確かに悲しいことだ。誰かを好きになって、結婚して、愛して、子供を産み、育て、自分という存在を僅かながらも遺したかった。だがそのことに関してはもう十分に悲しんだ。手術を受けてからもう30年近いのだ。Siと出会ってからは機会は減ったものの、何度も何度も泣いたのだ。いまさらそのことで泣こうとは思わない。それに子供を育てるということに関してはAniseの教会で存分に体験した。Aniseが手一杯のときはSumikaも子育てに協力してものだ。彼女は気付いていないようだったが。

だから今怖いのは、死した後にどうなってしまうのかということだけだ。Siはどうなってしまうのだろう。彼は復讐のために身体を鍛え、故郷を捨ててこのMojave Wastelandまでやってきた。だが彼の復讐の相手であるLegionはあまりにも巨大すぎる。
何よりも、復讐をやり遂げられたとしても、その後に彼はどのように生きていくつもりなのだろうか。ただひたすらLegionと戦うために生きてきた彼は、幸せになれるのだろうか。

(こんなこと考えるのは傲慢なのかなぁ………)

彼ももういい大人だ。そんな人間のことを心配するのは行き過ぎのような気もする。しかし心配せずにはいられないのだ。彼とは20年以上、彼がSumikaが見られるようになってからは17年、ずっと一緒に生きてきたのだ。たぶんきょうだいのようなものだろう。だから心配してしまう。自分が死んだ後はどうなってしまうのか、と。



天井を仰ぐ。
ここは洞窟を改造して作られた炭鉱夫たちの家だ。もっともSumikaとSiはここに住む炭鉱夫に頼んでベッドを貸してもらっているわけではない。
Legionのキャンプを襲撃した後、Siは傷つきながらもNiptonの町へと戻ろうとした。SiはMed-Xなどの薬を用いながら歩いたが、途中で動けなくなってしまった。そこで見つけたのがこの炭鉱夫の宿だった。その場所はRaiderたちの襲撃を受けており、炭鉱夫たちは全員殺されていた。Siは朦朧とした意識ながらもRaiderたちを倒し、ベッドのところで倒れ伏してしまったのだ。
その後に彼の手当てをしたのはSumikaだ。17年前とは違ってある程度の技術も身についた。輸血こそできなかったものの、傷の縫合くらいならできる。幸いなことに弾丸は重要臓器を貫通しておらず、体内に残留している弾丸もなかった。包帯を巻いてとりあえずは治療完了だ。
ここから一番近い町というとNiptonだが、よく考えればNiptonはLegionの襲撃を受けてしまったためにまともな医療は期待できない。すると他の町に向かってさらなる手当てを受けるとなればMojave基地まで戻るか、少し遠いが縞のスーツの男やKutoが向かったというNovacという町だろう。だがSiの体力はそこまでない。感染症などにならない限りはここで安静にして回復を待つのが良いだろう。

Siが倒れてから半日近く経っている。その間Sumikaは一睡もしていなかった。宿の中のRaiderたちは全員Siが倒したとはいえ、生き残りが外にいて戻ってくるかもしれない。そうなったら彼を守れるのはSumikaだけだ。それに怪我をしているSiの容態がいつ悪くなるかもわからない。

(眠い………)


部屋を出て水を汲みに行く。ついでに顔も洗おう。できれば風呂に入りたいが、そこまで贅沢も行っていられない。
目が覚めたときにSiが水を飲みたがるかもしれないので、ついでにできるだけ軽いコップを取って隣の部屋へ行き、水を汲む。この部屋はSiが殺したRaiderたちやそのRaiderに殺された炭鉱夫がそのまま放置されているため、酷い悪臭がしている。見るに絶えず、できれば葬ってやりたいと思う。こういうときに自分の身体のサイズは不便だ、とSumikaは思った。

Sumika………?」と隣の部屋から声が聞こえた。「Sumika? Sumika!?
Siの声だ、とSumikaはくすっと笑った。まるで目覚めた直後に母親がいないことに気付いた子供のようではないか。
「はいはい」と呟きながら水の入ったコップを持って隣の部屋へと向かう。
部屋の入口にSiが立っていた。もう起きて大丈夫なのか、と訊こうとしたSumikaに向かって彼は手を伸ばした。掴まれる。Sumikaが持っていたコップが落ちて水が零れた。

「どこへ行っていたんだ!」

遅れてコップが割れる音が響いた。

「呼んだらすぐ来いって言っているだろう!」


ごめんなさい、と言おうと思ったが身体を締め付けられていて呼吸をすることさえもが苦しい。Sumikaは搾り出すように、ごめんなさい、と言った。言うことを聞かなくてごめんなさい、と。身体を包む手の平は熱く、汗で身体と羽が濡れた。

何度も何度も怒鳴られて、ようやく開放された。ベッドの上に放り投げられる。Siは部屋を出て行く。
泣いては駄目だ、泣いては駄目だと思ったが、堪え切れなかった。声を押し殺してSumikaは泣いた。
大丈夫だ、こんなことでは挫けたりはしない、と自分に言い聞かせる。だって誓ったではないか。17年前のあの日、これからどんなことがあろうとも彼に尽くそう、と。
SumikaはSiの荷物の中から筒状の小さなケースに入れられた紙を取り出して開く。それは17年前、初めてSiとSumikaが会話を交わした日に彼から貰った絵だった。ぼろぼろになった紙の上に涙が落ちた。大切な宝物なのに。すぐに巻き直してケースに収める。
大丈夫、大丈夫だ。
Sumikaは自分に言い聞かせる。
そういえば最近、彼が絵を描いている姿を見ていないな、とSumikaは思った。


死体だらけの部屋の中でSiは顔を洗った。

なんということをしてしまったのだろう。掌にはSumikaの身体の柔らかい感触が未だに残っている。
これでは八つ当たりだ。否、八つ当たりではないかもしれない。これはSiとSumikaのことなのだから。

おれは、怖い

鏡に映っているのは男の姿だ。無精髯を生やし、全身傷だらけの、八つ当たりで女を傷つける情けない男の姿だ。

Sumikaは本当に存在しているのか?

彼女の姿はSiにしか見えない。
もし彼女が実在しないのだとすれば。
もし彼女がSiの想像上の産物でしかないのだとすれば。
この17年間とはいったいなんだったのであろう。
そしてこれからはどうなってしまうのであろう。


それが怖い。彼女がいなくなることが。

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