4 

吐く息が僅かに白く曇る。肌寒く感じるのは地下という条件もあるだろうが、気持ちの問題もあるだろう。REPCONNの地下の部屋にKutoはいた。


ここにはGhoulはいないはずだ。Kutoの精神を不安にさせるものはない。
しかしここには代わりに化け物がいる。あの青い肌と巨大な肉体を持った化け物が。精神は安寧でいられるが、代わりに命の危険がある場所にKutoは来てしまったのだ。

こんなことになってしまった経緯は少し前に遡る。禿頭の白衣の男、Chrisが会えと言った人物、Jason Brightはその名の通りに光り輝いていた


間違いなくGhoulだった。しかも珍しいGrowing Oneだ。Feral Ghoulのうち放射線濃度が特に濃い個体は光り輝く身体のGrowing Oneになるということは知っていたが、Ghoulで光り輝く個体は見るのは初めてだった。
「はじめまして。ぼくがGreat Journey預言者、Jason Brightだ。Brightというのは縁起の良い名前だろう? きみが今まで見てきたGhoulたちは、みんな信徒だよ。たいした出迎えもできないことには勘弁してほしい。われわれの本当の故郷は遥か遠くにあるものでね」と光り輝くGhoulであるJasonは言った。

Kutoはそのとき、非常に混乱していた。GhoulはJasonひとりではなかった。流石に他のGhoulたちはJasonのようなGrowing Oneではなく通常のGhoulであったが10人以上のGhoulがおり、Kutoに恐怖を与えるには十分な人数だった。

なぜこんなところにGhoulの集団が?
なぜ彼らはインターホンでKutoを呼び寄せた?
なぜChrisという人間の男とGhoulは共同生活をしている?
そして、あの青黒い肌の化け物とこのGhoulたちの関係はなんなのか。
疑問がいくつか浮上し、言葉にすることもできないまま消える。

きみも」とJasonが腕を組んで言う。「Great Journeyを完遂させるために来てくれたのか?」
Great Jouney……?」Kutoは言葉を思考に追いつかせることができず、言葉を繰り返した。
「そう、Great Journey、偉大なる旅路だ」とJasonは大仰に頷いた。「ぼくたちはこの野蛮で暴力と人間の人種差別に満ちた荒れ果てた大地から抜け出すことを望んでいるんだ。創造主はぼくたちに新たな土地を約束してくれた。遥か遠くにある慈愛と平和に満ちた、楽園のような土地を。Great Journeyの準備は順調に進んでいた。もう少しで完成するところだったんだ……。でも」Jasonは輝く顔を暗くした。「あの悪魔たちが現れた」
「悪魔?」

Kutoの脳裏にこの建物の場所場所で死んでいた青い肌の巨人がフラッシュバックした。

「そう、やつらはどこからともなく現れた。いや、現われたというのは適当な表現ではないかもしれない。あの悪魔たちは透明になることができるんだ。だからやつらのいる場所は、水面に写る光のように空気が揺らめいて見える」と「あの悪魔たちはぼくたちが礼拝に向かっているときに襲撃してきた……。ぼくたちは地下に入り、信徒たちと勇敢に戦った。悪魔たちのいくらかは殺したが、大きな犠牲も出た。半分近くの信徒が殺されるか、行方不明になってしまった」Jasonは小さく首を振った。「生き延びたぼくたちはどうにかここまで逃げ延びた。悪魔たちのひとりはぼくらに何かわめき散らしていたが、今のところここまで攻撃してくる様子はない。今のところは安全で、でもやつらがいる限りはぼくたちの偉大なる旅路を遂行することはできない。だが今、きみが現われた。またしても創造主が遣わしてくれたんだ。ぼくたちに障害を乗り越えさせるために、人間を

Jasonはその後、地下にいる彼らの言う『悪魔』を追い払ってくれるようにとKutoに頼み込んできた。他のGhoulたちも。彼らはKutoが彼らの宗教である『Great Journey』の主が遣わした人間であると信じ込んでいるらしく、Kutoには戦う力がないことを説明しても無駄だった。
10人ものGhoulがKutoとED-Eの周りを取り囲んでいたのだ。そのときにKutoが感じていた感情は恐怖以外にはなかった。恐怖は、何を考えているかわからない、という不安から来るものだ。Ghoul。人間ではない、知能ある生き物。それが生じさせる恐怖にKutoは屈し、頷いてしまった。そして今、姿を消すという化け物がいるという地下にKutoはいた。

姿を消すというのは、おそらくStealth Boyの効力によるものだ、とKutoは思った。Stelth Boyとは短時間ながら光学迷彩場を作り出す戦前の機械の名だ。使い捨てながら非常に効力が高いらしいのでKutoはその効果をその目で見たことはないが、だいたいの形状は知っている。建物の入口で倒れていた化け物もそれらしい機械を持っていたので間違いないだろう。
だが結局その化け物の正体はわからない。Jason Brightの話では、彼らのうちのひとりは喋っていたというから、会話をする知能があると見て間違いないだろう。うまくやれば交渉できるかもしれないが、怖い。Ghoulと同じ、あるいはそれ以上の恐怖だ。人間より強靭で、人間と同じように考え、人間とはまったく異なる生物なのだから。
唯一の希望は彼らはGhoulは襲っても人間は襲わない性質であるかもしれないということだけだ。Jasonが悪魔と呼んでいた生物によく似た生き物であるSuper Mutantは人間は襲ってもGhoulは襲わないという性質があった。それとは逆に、Ghoulは襲うが人間は襲わないという生物がいても良いのではないだろうか。希望観測的だが、それがこの状況における唯一の希望だ。そうではないとしたら、希望は9mm拳銃といくつかのダイナマイト、それにED-Eの索敵能力とレーザーガンしかない。
冷たい地下を進む。正確な『悪魔』の人数をJason Brightは知らないと言った。しかしたとえ1体しかいなくても、外見から推測される身体能力を考えると、10体のFeral Ghoulよりも強いだろう。そんな化け物相手に出くわしたとすれば逃げるしかない。
通路がT-字になっている。Kutoは顔を出して脇道を確認する。誰もいない。しかしED-Eが小さな警告音を鳴らす。細い通路の向こうで空気が揺らめくのが見えた。いる。存在している。


Kutoは逃げた。通路をできるだけ足音がしないように駆け、目に付いた扉の中に駆け込む。

「Antler! あれはなんですか、Antler! 訪問者ですか! 暗殺者ですか! 殺しましょう、Antler! われわれの平穏のために殺しましょう、Antler!」
そこにいたのはまさしく化け物だった。


天井に触れるほどの巨体に青い肌、醜悪な面相。首には赤いスカーフを巻き、背中には東洋で見られるような巨大な剣を背負っている。彼は愛おしそうにテーブルの上に置いた頭蓋骨を撫でて叫んでいた。

「なんですか!? なんですか、Antler!? そうですか、Antler! わかりました、Antler! 訊いてみましょう、Antler!」

化け物はKutoのほうを向いてはいたが、彼女に向かって話しかけかけているふうではなかった。まるで『Antler』なる人物がいるかのごとく、叫んでいた。
人間よ! なぜここを訪れた!?
「わ、わたしは……」

Kutoは唇を舐めた。まさかGhoulに頼まれてあなたたちをこの場から追い払いに来たのだ、などとは言えない。しかし何も言葉を思いつかず、Kutoは苦し紛れに話題を換えた。

「Antlerとは……、どなたですか?」
「Antlerとは、どなたですか!? Antler! あなたは、どなたですか!?」化け物はKutoの言葉を繰り返す。「Antlerよ! わたしは、あなたのことを尋ねられました! わたしはなんと、なんと答えれば! 答えれば! 答えれば、わかりました! わかりましたとも!」化け物は息を吐き、それから僅かに落ち着いた様子で言う。「Antlerのことはおまえにとって重要ではない。Antlerはおまえがわたしと会話をすることを望んでいる」

Kutoは気付かれないように深呼吸をする。どうにか話題を擦りかえられたようだ。しかも目の前の化け物は、Kutoをすぐに殺す気はないようだ。
恐怖するな、とKutoは自身に言い聞かせる。相手は人間ではない。何を考えているかもわからない。だが相手は自分を殺さない。殺さない気なのだ。それだけわかっていればどうにかなる。

「では……」Kutoは自分の声が震えているのを感じる。「あなたはだれなのでしょう?」
「わたし? わたしはAntlerに身も心も捧げたものだ」それから化け物は自問するように「その前、その前は? Antlerが現われる前は? そう……、指揮官だった。姓はDavisonだった。名は……、思い出せない。Nightkinの部隊を率いていた。The Masterの部隊にいた。素晴らしく光栄なことだった。だが……、この砂漠を彷徨わなければいけない事態が起きた。The Masterのいない生は……、厳しかった」

●The Master
かつてアメリカ西海岸においてSuper Mutantを率いて全生物の統合を企んだ生物。Vault13からやってきたある人物によって倒され、アメリカ西海岸にはいちおうの平穏が齎された。
Super Mutantを率いてはいたものの、Super Mutantではなかったらしいが、詳細は不明。

「ある者は狂気に走り、ある者は何かにとり憑かれた……。だが!」Davisonは大きく吼えた。「われわれはあなたを見つけた! Antler! Antler! あなたを!」

Kutoは思わず一歩下がる。
これは駄目かもしれない。狂人に前提は通用しない。今殺さないのだから、何もなければきっとずっと殺さないでいてくれるだろうという考えは。

「そして」DavisonはKutoの心の裡を見透かしたように頭を低くし、Kutoに顔を近づけた。「何もかもが良い方向に行っております


これは、駄目か。


前へ

0 コメント :

コメントを投稿

 
Toggle Footer