Crazy, Crazy, Crazy
あなたに夢中


何かが爆発する音が聞こえたのは駐屯地でのLegionとの戦いから数日が経過し、Siの傷が癒えたために炭鉱夫たちの宿を出て出発した直後のことだった。爆発それ自体は見えなかったが、爆発由来のものと思われる黒煙はラスベガス周辺区域を貫く山岳地帯の上に観察された。

SumikaはSiのコートのポケットの中から遥か遠くの黒煙を眺めたが、言葉は出なかった。
爆発音はSiも聞こえたのか?
何があの爆発を起こしたのだろうか?
調査の必要はあるだろうか?

いつもだったらそんな疑問は意識せずとも言葉になるというのに、今日はそれができない。ここ数日は。Siも黙りこくったままだった。


別に喧嘩をしたというわけではない。しかし喧嘩をしていないのにも関わらず、一緒にいるのに言葉もないというのは悲しいことだと実感する。いてもいなくても同じ、空気のような存在になってしまったということだ。否、空気ならまだ良い。なくては困る。今のSumikaはしかし、それ以下だ。 
そう思っていたにも関わらず声をかけられなかったのは、声をかけたにも関わらず無視されてしまうことが怖かったからだ。
唯一Sumikaを感知できるSiに無視されてしまっては、Sumikaは本当に存在しないも同然のものになってしまう。
それが怖い。
Siが怖い。

Siの存在がSumikaの中で大きくなるたびに彼が怖くなる。
怖いのは彼との関係が断ち切られることだけではない。

彼が次に人を殺すのはいつなのか。
 彼が死んでしまうのはいつなのか。
 彼が自分以外の女性を愛するようになってしまうのはいつのことなのか。
 こんなことを考える自分は卑しい人間なのではないのか。


Siは山へ向かって歩いていく。どうやらあの爆発音を調査する気のようだ。あれほどの爆発は現在の技術ではなかなか起こりえない。おそらく戦前の技術が関連しているはずなので、彼が興味を示すのも当然のことだろう。
Sumikaとしては反対したいところではあった。確かにあの爆発が何なのかは気になるが、それについて調査をするのは予定外の行動だ。予定外の行動は許可されていないわけではないが、えてして危険を生じさせやすい。特に今から向かおうとしているBlack Mountainという山は悪天候になりやすく凶悪な放射能変異体がしばしば観察されるという場所で、調査も進んでいない。山に行く途中にはほとんど年中砂嵐が吹いているHidden Valleyという谷もあり、こちらは多数のRad Scorpionが生息している危険地帯だ。

●Rad Scorpion
放射線によって変異した蠍。
尾に強力な毒を持つ。

だが心の中で、何か危険なことが起こってほしいという願望があるのも嘘ではない。
このまま何事もなければ、きっとずっとこのままだ。何か事件が起きれば、少なくとも会話くらいは交わせる。彼の言葉が欲しい

激しい砂嵐の中では、コートのポケットの中にさえ砂が侵入してくる。人間にとっては付着したことに気付かないほどの小さな砂粒でも、Sumikaにとっては痛いほどの威力を伴っている。Sumikaは手作りのケープを身に纏ってポケットの底でできるだけ小さくなっていた。
風の唸り、砂や小石がポケットを叩く音。
ふとSumikaはそれらがなぜか心地良いものに感じた。聞こえるのはそれら自然現象が生み出す音と、Siの生み出す呼吸音や足音、心臓の鼓動だけだ。

まるで2人きりのようだ。
この世で2人きりのようだ。
ああ、2人きりだったら良いのにな。
世界で2人きりだとすれば、きっと相手は自分のことを好きになってくれるだろうから。


Hidden Valleyと呼ばれる区域は眼前の数メートルが見えないほどの砂嵐に包まれる危険な地帯のためか、外周がフェンスで区切られていた。フェンスを通り越すとすぐに砂嵐が止む。砂嵐はこの極端に狭い地域にのみ発生する地形特有のものなのだろう。
巨石が転がる山道を進みながらSiは腰のホルスターに収められた.38口径と.44口径の拳銃の具合を確認する。砂嵐の地帯に入る前に砂が入らないようにビニールで覆っておいたが、こういった本格的な砂漠地帯に入るのは初めてなのでどんな故障があるかわからない。念のため両方を2発ずつ撃ってみる。特に異状は見当たらないが、今日の夜はいつもより念入りに分解掃除を行うべきだろう。

ホルスターに拳銃を戻し、その途中でコートのポケットの膨らみに手を伸ばしかける。
今日はSumikaと朝食時以来話をしていない。最近はいつもそうだ。彼女とうまくいかない。長年連れ添っていれば心が通じ合うのが当然という気もするが、SiとSumikaはそうでもない気がする。よほど相性が悪いのかもしれない、と考えて、そうではないな、と打ち消す。Sumikaが悪いわけではない。彼女はお節介で心配性だが、つまりは優しいのだ。彼女とうまくやれていないSiのほうに問題がある。

自分に問題があるのはわかっている。
だがいまさら後戻りはできない。後戻りしても夢は叶えられないのだから。

(爆発があったのは向こうか………)

改めて謎の爆発があった方向に視線を向ける。
今朝方の爆発を調査することを決断した理由は、爆発の規模が十分に大きそうだったからというのもあるが、位置が些か奇妙だったからというのが気になったからだった。Siは爆発自体は山に隠れて見えなかったが、爆発した物体から放出されたと思われる黒煙は見た。
この辺りは山間部で高い山も多い。しかし観察された黒煙も密度から推定される爆発地点は、爆発物それ自体の大きさやどのような爆発があったのかわからないので正確なところは曖昧ではあるが、空中であろうと推測された。
空中で爆発する巨大物体というのは現代ではほとんど存在しない。飛行機、大型ミサイル、投下型の爆弾、そしてロケットなどといったものは戦前の技術であり、現代ではベルチバードなどごく僅かな例外を除いては失われてしまったはずだ。

●ベルチバード
戦前の飛行機械の一種。
ローターを回転させて揚力を得、ピッチを調整して移動する。

だからこそ空中で起きたと思われるあの爆発は奇妙なのだ。戦前技術を復興させた集団がいるのか。いるとすればなぜその戦前技術は爆発してしまったのか。Siたちにとって障害となるものなのか。それとも取り込むべきものなのか。確かめなければならない。

大小のRad Scorpionを蹴散らして谷を進む。途中北に折れると奇妙に抉れた場所に出た。腕のPip Boyのガイガーカウンターがこの周辺一帯が放射能によって汚染されている旨の警告を出している。
(ここか……?)
大穴の底には何かが見えた。飛行機械の残骸には見えなかったが、表面が金属でできた物体のようだったので珍しい機械の類かもしれない。Siは底まで降りてみる。底に近づくにつれて放射線密度が濃くなっていく。早めに調査を終了させなければ。


穴の底にあったのは戦前の金属製の鎧、Power Armorを着た死体だった。死体のいくつかは獣やミュータントに食い荒らされたのか千切られ、白骨化しているものもあったため正確な数はわからないが、おそらく5、6人がここで死んだと考えて良いだろう。掘り返せばもっと埋まっているかもしれない。

●Power Armor
戦前に開発された装甲服の一種。
防御力は非常に高いが重い。
そのため現代まで残っているPower Armorも、一部の粗悪な改造品を除いては専用の装置を用いたトレーニングを用いて動作補助装置の使い方を身に着けない限りは歩くことすら困難である。

(こんなところに戦前技術が……?)
Power Armorは戦前の技術の中でも比較的多くの数が保存されている。その理由はおそらくPower Armorがその用途のために破壊や衝撃、腐食などに強い素材を用いて作られたためであろう。
しかしそれでも貴重品には違いなく、砂漠のそこらに落ちているといったものではない。なぜこんなところにPower Armorが? そしてなぜこれらの死体は死んだのか? この放射線密度は?

Si、上!

Sumikaの声に反応してSiはほとんど無意識に右手で.38口径拳銃を抜き、左手でハンマーを落とす。上を向き、Sumikaの警告した対象が何なのか探る。

落ちてきたのは醜悪な生き物だった。
個々のパーツひとつひとつは人間のそれによく似ている。全身は皮膚を剥がした人間のようなピンク色だ。しかし人間にしては胸から腰にかけてが異様に長く、しかも腕の位置が腰の辺りにある。腕があるべき位置には骨のような濁った白色の物体が出っ張っている。その骨のような物体は下腹部の辺りにも点在していて、さながら腹に口があるかのようだ。頭は概ね禿頭の人間のようだったが、口からは3本の触手を象の鼻のように振っている。
Centaur……!)

●Centaur

放射線によって生じたクリーチャーの一種。
複数の手足を用いて疾走し、獲物を捕食する肉食性の動物。口に相当する部位から体液を射出し、獲物を弱らせたところで触手を用いて捕らえる。
変異する以前はどのような生物であったのかは不明だが、複数の動物が何らかの理由で合体してしまったのではないかといも考えられている。

神話の獣から命名されたという獣は、しかしその名前からは想像できないほど醜い。Siはこのクリーチャーのことは知っていたが、直接見た機会は今までなかった。そのため嫌悪感から後先を考えずに引き金を引いてしまった。
発射された.38口径の2発の弾丸は的確に急所を捉えた。血液の集中する心臓と頭を撃ちぬいたために激しい勢いでCentaurから血液が噴出し、Siの身体に覆いかぶさった

「まだいる……!」

Centaurの体液の中、搾り出すような声でSumikaが言う。穴の淵のところに3体のCentaurがおり、Siに向かって触手を振っていた。
Centaurたちは一様に触手を口元に集めると、勢い良く体液を飛ばしてきた。3発の液性の弾丸をしゃがんでかわし、Siは銃口をCentaurの1体に向けて引き金を引く。

銃弾は発射されなかった。

リボルバーの弾装に先ほど至近距離で撃ち殺したCentaurの体液が被っていた。火薬が濡れてしまったため、撃鉄が雷管を叩いても火薬が爆発しないのだ。弾装を掃除して弾を込め直すか弾装ごと交換しなくては撃てない。
.38口径回転式拳銃をホルスターに戻して.44口径回転式拳銃を抜く。

だが遅かった。Centaurのうちの1体は穴を既に降りてきており、触手を象の鼻のように振って銃身を叩いた。銃は砂の上に落ちる。すぐに拾うが、銃身が折れてしまっていた。これでは弾は撃てない。

不味い。

ガイガーカウンターの放射線密度増加を告げる警告が五月蝿い。
接近してきたCentaurの口に拳を叩き込む。
Centaurが怯んだ隙にSiは穴を駆け上った。無我夢中で逃げ、金属製の金網を見つけてその隙間に飛び込む。金網扉を閉めて錠を下ろす。
Centaurはしかし錠などものともしなかった。体当たりで扉を破壊し、Siを追い立てる。
Centaurはその奇妙な身体構造から考えられないほど自由に手足を扱っており、速かった。すぐに追いつかれ、触手で足に絡められて転ぶ。

(こんなところで……)

こんなところで死ねない。
いったい何のためにこの17年間研鑽を続けてきたのか。
何のために鍛えてきたのか。
何のためにSumikaを蔑ろにしてきたのか。

死ねない。まだ死ねない。
足に絡みついた触手を引き千切る。銃は撃てない。武器もない。だがまだ終わっていない。まだ死ねない。死んでたまるか。

Centaurの胴体が真っ二つに切り裂かれた。
血飛沫が舞う。残り2体のCentaurが戸惑ったような鳴き声をあげたが、その生き残りの2体もすぐに同じ運命を辿った。
Siの目の前には無骨な剣を携えた人型の、しかし明らかに人間がない生き物が立っていた。


ここは危険な場所なんだがね」とその生き物はもったいぶった調子で言った。「きみが懸命ならば、今すぐに離れるが良いだろう……、といっても、その調子だとそれも難しいようだがね」

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