(ずいぶん時間がかかった………?)
Sumikaは目の前のGhoulの言葉を反芻する。


目の前のGhoulはSumikaにとってもSiにとっても初めて会うGhoulだと思う。だと思う、というのは人種が違えば顔の区別がつきづらくなるように、人間とGhoulという種の差があると顔が見分けにくいためだ。だがそもそもSiのGhoulの知り合いはそう多くはない。彼の交友関係は完全に把握している。
ずいぶんと時間がかかったな、と言ったGhoulは口元に髯を生やした中年男だ。全体的に脱力した雰囲気を身に纏っており、突然の闖入者であるSiたちに対してまったく警戒の様子を見せていない。上下濃緑色のツナギを着ており、胸元にはMiguelという文字がある。これが彼の名前だろうか?

ずいぶんと時間がかかった、だ?」
Sumikaと同じ疑問を持ったであろうSiがGhoulの言葉を繰り返す。
「ああ、うん、いや、おれの言葉を聞いて助けに来てくれたんだと思ってね」とGhoulの中年男はひとりで納得するように小刻みに頷いた。
「助け?」
「Super Mutantの群れを蹴散らし、おれの閉じ込められているこの独房の鍵を開け、颯爽とナイトさまが作業着の姫を助けに来てくれたと思ったというわけさ。でも違うのか。Black Mountainへは観光で?
「違う」
「じゃあ仕事?
「迷い込んだだけか」
「なんだ、迷子か」
「おまえはなんだ」
Sumikaは声のトーンが変わったSiの顔を見上げる。目の前のGhoulの男の言動にSiは苛々しているようだ。

Ghoulというのは長年生きているために達観していたり物事を悟っているものが多いと聞く。目の前の男のようなGhoulは珍しい気がする。

見ての通りGhoulさ。名前はRaul Alfonso Tejada。この辺りではメカニックで通ってる。こう見えても腕は普通だ」とGhoulの中年男は腕を叩いてみせる。

(Raul………?)
どこかで聞いた名前だ、とSumikaは思い、どこでその名前を聞いたのかしばし考え、思い当たる。Black Mountain入ってきたときに出会ったSuper Mutant、Neilが言っていた名前だ。Tabithaにラジオ塔の修理のために捕らえられたというGhoul、その名がRaulだったはずだ。しかし目の前の男からは至って能天気な雰囲気しか感じられない。

「胸の名札にはMiguelとあるが、それはなんだ」とSIの詰問は続く。
たぶんMiguelさんが着てたものなんじゃないかな。誰なのか知らないけど」とRaulは肩を竦めた。
「Si、Raulって……」
Sumikaが囁くとSiは皆まで言わせずに、わかっている、というように頷いた。
「おまえがTabithaに捕まったっていうGhoulか
「あぁ、なんだ、やっぱり事情を知っているのか。そうそう、捕まっちゃってね、ラジオまで出ちゃったぜ」とRaulは笑った。「ラジオ、聞いた?」
Siは首を振る。
「あ、そう。折角だ、聞いていきなって、Black Mountain Radio」
Raulは机の上に置かれていたラジオのスイッチを入れる。ラジオからはRaulの声とSuper Mutant特有の低い声が流れてくる。
「あ、これ録音ね」とRaul。「いやぁ、このときも殺す殺す言われたから、いつ殺されるかと思ってひやひやしちゃったぜ」
「じゃあ自由にしてやる。さっさと逃げたらどうだ」と苛つきを隠さずにSiが言った。
「あぁ、そりゃもちろん」とRaul。「この独房から出させてもらうさ。ひどりで、おれだけで、こんなか弱い老人のおれだけで、Super Mutantが徘徊する危険なところへな」
「何が言いたい」


Siが苛々している。Raulはそれに気付いていないのか、気付いていてわざとやっているのか、軽口をやめない。このままではPrimmでのようにRaulを殴り倒すだとか、銃口を口に突っ込むだとかしかねない。
「いやぁ、それを言わせる気かい? いかんね、そんな。こういうことはさ、言外のまま伝わるからこそ良いものなんだ。それを言うわけにはいかないだろう? 行間を読むっていう言葉もある。なんだ、苛々しているのか? 若いのにそんなんじゃいかんね。すぐに怒っていたら良くないだろう。さもないと………

疲弊感も相まってか、Siのいらつきが頂点に達したようだ。Raulの長い話の途中でSiはホルスターへ手をやった。
彼の動きが途中で止まった。

「ほら、ど素人のおれにさえこうやって遅れをとってしまう
Raulが.357口径拳銃をSiに突きつけていた。

何が起こったのかSumikaには最初まったくわからなかった。

Raulは武器を持っていなかったはずだ。手ぶらだった。少なくとも部屋にSiたちが入ってきたときはそうだった。彼がラジオをつけたときも、彼の両手には何も握られていなかった。腰にもホルスターや銃はなかった。
それもそのはずで、彼の握っている拳銃はSiのものだった。Siがまさに今抜こうとした拳銃だ。引き抜くはずの拳銃がなかったからSiは動きを止めたのだ。
つまりRaulは、Siがホルスターから引き抜くよりも早く、持ち主のSiに気付かれることなく銃を抜き、構えたのだ。

「なんだ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」とRaulはあくまで能天気な調子で言う。「もしかしてこれは豆鉄砲だったのかな」
Siは目を見開き、信じられないものを見るかのような目でRaulを見ていた。

信じられない

SumikaもSiと同じ気持ちだった。
Siの技はLegionを倒すために17年間もの間研鑽を続けて鍛え上げられたものだ。彼のLegionに復讐するという気持ちは生半可ではなく、彼の決意に比例するように技と精度は月日を経るごとに高められていった。特にクイックドローに関しての技術は郡を抜いていて、少なくともここ5年間はSiが早撃ちの勝負で誰かに負けたのを見たことがない。相手に先に抜かせていた場合でさえ、彼が負けるということはなかったのだ。
にも関わらずSiは負けた。Raulがホルスターから銃を抜き取ることにさえ気付かなかった。第三者の立場にいるSumikaでさえ気付かなかったのだ。
信じられない。
そう、信じられない。
それ以外の言葉などない。Siが負けた。しかも自分の銃を抜かれるという形で。

「どうしたい、そんなにぼうっとしちゃって。なに、冗談だよ、冗談。撃つわけないだろう。それに他人に銃を向けちゃあいけないよな。レイプされそうになったときはべつだけど。あんた、おれをレイプする気はないよな?」とRaulはおどけた様子でSiのベルトに銃口を突き刺して手を話した。
Siはすぐさま銃を手に取ったが、しかしそれをRaulに向けることはしなかった。
「あんた……、なんだ?
少し怯えたような様子でSiが尋ねる。こんな仕草を彼が見せるのは珍しく、ちょっと可愛い、とSumikaは思った。
「さっき言っただろう。健忘かい? ただのGhoulさ。200年生きてる、ただのおっさんさ。ただちょっとSuper Mutantたちに命を狙われているもんでね、助けてもらいたいというわけさ」
「助けるというのは……」Siができるだけ動作を抑えて深呼吸をするのが胸元のSumikaには感じられた。「具体的にはどういうことだ」
Black Mountaiの外まで連れて行ってくれれば良い。あんたも迷子なんだろう? だったらちょうど良いってもんさ。道案内くらいならできる。歩く百科事典とまでは行かないが、牛車代わりに使ってくれても良い。ああ、ただちょっと年なんでね、膝が弱いからあんまり重いものは持てないけど」

Raulの様子は半ばふざけているようではあったが、嘘を吐いているという様子ではなかった。彼の言葉は信用しては良いように感じられる。
「Silas………」Sumikaは彼に気持ちを伝える。「良いんじゃないかな。腕は確かみたいだし……」
「ああ………」
Siが言葉で肯定の意を示した。これは珍しい、とSumikaは思う。人前でのSumikaとのやりとりはいつも首肯程度で済ますはずだというのに。どうやら本当に動揺しているようだ。

「おぉ、良いのか」とSiの言葉が自分へ向けられたものかと思ったのかRaulは嬉しそうに言った。「それじゃあさっさと準備しなくちゃな」
Raulは机の下にあったバックパックを持ち上げ、周囲のものをそこに詰め始める。
「準備だ?」Siがようやく気を取り直して言う。「そんな暇はない。逃げるのならさっさと逃げるぞ」
「まぁそう言うなって」とRaul。「結構この部屋にも愛着があるんだ。いろいろ物を作ったりとか。死刑執行まで暇だったからな。ああ、このラジオはどうしようか……」

『Raul!』

Raulがラジオに手を伸ばしかけたとき、その声は響いた。
重く、低く、苦しい、紛れもないSuper Mutantの声だった。声はRaulの名を呼んだ。それまで戦前の歌を紹介していた歌番組のパーソナリティが突如としてRaulの名を叫んだのだ。

今のは録音じゃない」Raulの顔色がさっと変わった。「Tabithaに気付かれた……。不味い、早く逃げよう」
そう言うなり、彼はバックパックを放り出して早足でドアへと歩み寄る。
「何やっているんだ、ボス。早く行こう。Tabithaに気付かれた」
「Tabithaって………」
「Super Mutantのボスだ。彼女はNightkinだ。普通のSuper Mutantじゃない。ここでもたもたしていたらすぐに追い詰められる。用意は良いか? 行こう」
Raulの表情は真剣そのものになっていた。あそこまで陽気だった彼がこうなるのだから、Tabithaというのはよほど危険な人物なのだろう。
Siは.357口径回転式拳銃のシリンダーに収められた弾丸数を確認する。
「言っておくが、Super MutantやNightkinには普通の銃弾は通用しないぞ」
「わかってる」Siはホルスターに銃を仕舞う。「あんたは武器は持ってないのか」
「これ」とRaulは手に持った鉄パイプを示す。「東洋だとバールのようなものに次いでよく使われる武器だ」
「銃は?」
「ない」
「いるか?」
Siが自分の拳銃を示してみせる。まさか自分の銃を貸すつもりだろうか。こんなことは滅多にない。どうしたのだろうか。
「いらんよ。おれは機械工だ。銃の扱いは上手くない。あんたのほうが上手いだろうさ。頼んだぜ、ボス」

建物から外へと出るドアを開ける。外は真っ暗だった。
否、違う。


そこには青黒い肌のNightkinが立っていた。


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