Old School Ghoul
忘れたくない


色とりどりに輝く文字を模ったネオン管、跳ねて転げるような文字の形。そこには軍隊の駐屯地とは思えない可愛らしさがあった。


やっと着いた………」
Sumikaは息を吐いた。ようやくMcCarran駐屯地に到着したのだ。
Solanからの道中はSloanの傍にDeath Crowの巣穴があったり、途中でFiendたちに遭遇したり、あるいは巨大な蟻に襲われかけたりとだいぶんに大変なものだった。Giant Antはともかくとして、FiendやDeath Crowといったある程度知能がある攻撃的な生物に対して強みがあるのがSumikaの能力であるため彼女は偵察に不意打ちによく働いた。道中で服を一着仕上げるつもりだったが、それも叶わなかった。今晩も疲労できっとすぐに寝入ってしまうに違いない。



「腰が痛いな」
そう言ったのはRaulだったが、言葉とは裏腹に彼はまだまだ元気そうだった。Sloanで仕入れた銃を手に彼も幾分か戦ったが、その抜き撃ちの速さと年齢から想像できない身のこなしに対し、彼の射撃の命中精度は芳しくなかった。敵を倒すことは少なく、腕や足を撃って戦力を低下させるのが精一杯のようだった。老眼で近眼なんだ、とRaulは笑っていたが、あるいは意図的に敵を殺さないようにしていたのかもしれないとSumikaは思った。

「腹が減った」
最後にSiが呟いた。彼はRaulとは対照的に疲弊しきっているようだった。Black Mountainでの足の怪我が治りきっていないのか、ここ最近いろいろな出来事が起きて心身ともに疲労が蓄積しているためか、はたまたRaulという敵に狙われうる人間大の仲間がいるためか。全部かもしれない。

(大丈夫かな……)
17年前の事件以来笑顔を見せる機会は少なくなってしまったとはいえ、それでもときおり笑顔を見せてくれることはあった。
しかしここのところはその数少ない笑顔さえも見ていない。心配だ。
今日は腕によりをかけて美味しいご飯を作ってあげよう。彼の発言もSumikaに向けてのものかもしれない。きっと期待されているのだ。
そう決意しかけたところでSumikaはRaulの存在を思い出した。彼が一緒にいると、SumikaとSiはお喋りしながらご飯を食べるということができない。Raulから見ればSumikaが料理をしてもSiが料理をしているようにしか見えないはずなので調理自体は可能かもしれないが、そのときに気を緩めて会話をしていればSiが料理をしながらぶつぶつ独り言を言っているように見えてしまう。それはあまり喜ばしいことではない。仲良くふたりきりで食事を取りたいとは思うが、Raulがいる限りそれは叶わないのかもしれない。

どうした?
Sumikaが溜め息を吐いたときに急にSiが小声で声をかけてきたため、彼女は驚いて身を強張らせた。Raulは、というとMcCarran駐屯地のゲートをポケットに手を突っ込んで見上げており、こちらに注意を払っている様子はない。
「なにが?」とSumikaは訊き返す。
「いや……、なんか疲れてそうだったから」
どうやら逆に心配されてしまったようだ。自分のほうがお姉さんなのに(という言い方をするとSiは、そんな歳じゃないだろう、と言うが)心配をかけているようではいけない。Sumikaは反省する。
「わたしは大丈夫だよ。それより」
Siのほうが、と言いかけたときにRaulがこちらを振り向いたので反射的にSumikaは口を噤んだ。久しぶりにゆっくり会話できるチャンスだったのに、と思ったがRaulに当たっても仕方がない。
「で、目的地に着いたのは良いんだが……、何かコネかアテかあるのか? ここに鉄道があるっていうのはおれも知っているが、それは駐屯するNCRのものだろう。おれたちみたいな善良な一般市民は駐屯地の中に入れてもらうことすらできないだろう」
「コネ?」
「こねこねするやつのことだ」
「アテなら」とSiはRaulの言葉を無視して言う。最近こういった会話が多い。「いちおうないわけじゃない。どうにかなる」
「どうにかね」Raulは大袈裟に肩を竦めた。「ま、期待しないでおく。いざとなったら薩摩守だな」
「さつまのかみ?」とSi。
「無賃乗車ってこと」
「へぇ……、知らなかった」Sumikaは戦前から生きるGhoulの知識に感心した。「昔はそうやって言ってたんだね」
本当かよ」とSiは不審げだ。もっともいつもの彼とRaulの会話を考えればもっともな反応かもしれない。
「本当だって。戦前の小説とか映画、見たことない?」Raulは、信じられない、とでも言いたいのか首を左右にきっちり三回ずつ振った。
「ない」
「なんでさつまのかみって言うんだろう?」Sumikaは首を傾げる。
「ちなみにこの言葉の由来は薩摩という地方ではすべての鉄道が無料だったからだ」
「薩摩ってどこだよ。メキシコの町か?
よく知ってるな、ボス。その通り」
「へぇ……」Sumikaは感心しつつSiを見下ろす。「メキシコって町の名前も変わってるんだね」

●薩摩守
日本国の一地方ににかつて存在した役職のひとつ。
無賃乗車に対する呼称は平家物語の登場人物、平忠度に由来する。

McCarran駐屯地の前をうろつく2人を不審げな顔をして監視していたNCR兵にSiは近づき、会話をかわす。NCR兵は疑いの眼差しをさらに強めてSiたちを見ていたが、やがて「少し待て」と言って駐屯地の中へ入っていった。
「なにを言ったんだ?」とRaulが近づいてきてSiに尋ねる。
「入れてくれって言ったんだよ」
「そんな簡単に入れてくれるとは思えないがね。お役所ってのは対応が遅くて、しかも頭が固いと相場が決まってる」

Raulの言うことは対応が遅いというのは本当だったが、そこまで頭が固いわけではなかった。十数分待たされたものの、戻ってきたNCRの兵士はSiとRaulに中に入って良いと言った。彼はやや緊張した面持ちになっていた。蛇腹状の合金の大きな扉の横にあった勝手口をSiが通ろうとしたとき、十数分前まで高圧的な態度だった兵士は怯えたような表情でSiから僅かに身を退いた
「ボス、何かやったのか?」McCarran駐屯地の敷地内に入って勝手口の扉が閉じてからRaulが尋ねた。「セクハラとか
「べつに」
Sumikaは二人の会話を尻目に高度5mほどまで浮遊して広いMcCarran駐屯地を見渡した。横長の建物の正面にはたくさんのテントがある。資料を見ていたので建物が元カジノであり、テントが並んでいるアスファルトはかつて駐車場だった場所なのだということをSumikaは知っている。戦前はこんなに大きな敷地を必要とするほどのたくさんの車があったのだな、と息を吐いた。
そしてここには鉄道があるのだ。どきどきする。Sumikaは鉄道に乗るのは初めてだ。Vaultでは鉄道が登場する映画や漫画を見たことはあったが、実物はない。どれだけ大きいのだろうか。

わくわくしているのはSiも同じかもしれない。ポケットに戻ってSiを見上げると、彼の唇の端はいつもよりちょっと持ち上がっていた。
「電車に乗るから、わくわくする?」とSumikaは訊いてみる。
「さぁ……」
彼はそっけなく応じたが、しかし嬉しそうだ。思わずSumikaも笑顔になってしまう。
ポケットに戻ってから改めて辺りを見渡すと、北のほうに逆円錐状の眩しい物体があった。かつて栄華を誇り、核ミサイルの嵐の中でも英雄によってその絢爛さを保たれたVegasの明かりだ。


「Vegasが見えるね」
「そうだな」
綺麗だね
「そうだな………」
Siの返事はやはりにべもなかったが、Sumikaには彼が同意をしてくれたのが嬉しかった。こうやって綺麗な景色を見て、語り合うというのはちょっとした夢だったのだ。ひとつ夢が叶った。それが嬉しい。もっともっとやりたいことはある。

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