かくもあらねば/09/05


疑惑の眼差しは残ったままだったが、JulieはThe Kingの知人の男たちのところへと案内してくれた。テントの一角にいるその男たちは、怪我はしているようだが概ね元気そうだ。ひとりだけ倒れ伏しているものもいたが、Julieによると気絶しているだけだという。
怪我をしていた男たちは協力的だった。服装はぼろぼろで、The Kingsのものたちのように清潔な服装はしていない。The Kingは彼らのことを友人だと言っていたが、彼にとって友人とはFreesideで暮らすものたちすべてを指すのだろう。
Royという老人は襲撃者は若い体格の良い男たちだと言った。Wayneという若い男のほうは記憶の糸を辿り、襲撃者のひとりがLou Tenantと呼ばれていたことを思い出していた。

Lou Tenantか………
知っている名前だった。もっとも知り合いというわけではない。
「ねぇ、Lou Tenantってさ、どこかで聞いたことない?」Sumikaも同じことを思ったのか、そう言った。「なんだっけ、うーん………」
NCRだろ
「あ、そっか。名簿で見た……、ような?」
列車に乗ったときに、暇なのでSiはこれから訪れるNew Vegas地域に駐屯している隊のデータを見ていたのだ。Sumikaもうたた寝から起きてからはそれを横で眺めていた。その名簿の中にLou Tenantの名もあったのだ。
「てことは、あの人たちを襲ったのはNCRってこと?」意外そうな表情でSumikaが言う。
頷こうとしたとき、肩を叩かれた。振り返ると眼鏡をかけた白衣の男が立っていた。

「きみ、いまだれと話していた?
眼鏡の男は無表情に言った。周辺を見回す。テントとテントの間で木箱が積んであるだけのスペースには、SiとSumika、そして白衣の男しかいない。そして彼にはSumikaは見えない。
「話していた? あんたの勘違いじゃないか?
Siは誤魔化す。どうせSumikaのことを説明しても信用してもらえないことは、この17年間で身に染みている。
「そうかな……。ふむん。新しい患者かと思ったんだがね。もっともぼくは医師ではなく研究者だから、きみが病人だとしても診ることはできないが」白衣の男は手を差し出す。「ぼくはArcade Gannon
これは名乗り、握手をしなければいけないのだろうか。Siは諦めて手を握った。「Silas Makepieceだ

Arcadeの手が離れるまでには3秒ほどかかった。握手には長すぎる時間だった。

なるほど、NCRか」とArcadeは言った。どうやらJulieと同じように、手のたこでわかったらしい。
Siは肩を竦め、話題を変えた。「研究者だって?」
「そう。現在の医療技術に代わる代替医療の研究をしている。サボテンの一種から採れるStimpackだとか……、他にもいろいろな可能性がある分野だ、もっとも戦前の技術に比べればまだまだだね。戦前の病院で得られる物資はたいしたものだが、それもいつかは使い果たす。それまでに新たな医療技術を確立させなくてはならない。やることはまだまだたくさんある」
現在の荒廃した世界では、研究者という職業は牧師と同じくらい珍しい。しかし厄介さの点でいえば、どうやら牧師などは比較にならないらしい。
「あ、そう」とわざと興味がなさそうにSiは頷いた。さっさと話が終わってくれれば良い。
「人を助けるということは素晴らしい。だがnihil novi sub soleだな」

一瞬思考が止まった。
Siのその様子を、Arcadeは言葉の意味がわからなかったためと受け取ったらしい。「ああ、すまない。『日の本に新しいものはない』という意味だ」
「いまのは、Caeser Legionの言葉か?
「Caserはよく自分の目的に適した格言を引用しているようだね……。別にCaeser Legionの言葉ってわけじゃない。ラテン語さ。もっともきみの言うとおり、Legionの中にはこういった言葉を非常に大切なものと考えているようだけども。不幸なるかな、言葉だけが一人歩きして河を越えてしまったようだ」
「あんたはLegionなのか?」

「Si、駄目………」
ホルスターまで伸びていたSiの包帯だらけの手をSumikaが押さえていた。Siは振り払わずに、手をポケットに突っ込んだ。まだ目の前の男がLegionと決まったわけではない。

Legionではないよ。こういった知識は本や譜面から知った。ローマ時代をモチーフとした映画とかね。そういった細々としたものは世界に散らばっている。Followersは知識の貯蔵庫を拡張しようとしているみたいだが、うまくいってはいないね。もっともそれはCaeserも同じだろうけど」
「Caeserのことをよく知っているようだが」
「べつによくは知らないさ。ただ人伝てに知識が入ってきているだけで。Caesers LegionのリーダーであるCaeserは、もとはこのFollowers of the Apocalypseの一員だったというからね。もっともぼくがFollowersに入る以前のことだが」

●Followers of the Apocalypse
戦前の技術の復興を目指しながらも、その技術を大衆のために使おうとする珍しい集団。
かつてVault13からの使者、Vault DwellerがSuper Mutantの首領であるThe Masterと戦おうとした際、そのVault Dwellerを影から支えたという。

「彼は旧史の世界を復興させようとしていたようだね。知識が悪いほうに働いてしまったという悲しい例だ。まぁその点については、彼は非常にユニークな人間だったといえるけど。彼はリーダー資質や広範囲にわたる知識、そして冷酷ともいえるほどの怜悧さがなければ、彼はただの間抜けで終わっていただろうに

リーダーの素質があろうと、いかに知識があろうと、間抜けは間抜けだ、とSiは思った。Legionのリーダーを許すつもりはない。
「ところでものは相談なんだが……、きみはどうやらCaeserにご執心らしい」Arcadeは無表情のままに両手を広げた。「どうだい? この広く荒れ果てたWastelandに腕の良い医師が必要じゃないかい?
「どういう意味だ?」
「ちょっと……」とSumikaが囁く。
「なに、ぼくのほうにも研究の都合があるから、どうせだから動向しようかというだけだよ。きみは只者じゃないんだろう? Caesarのところに乗り込むだとか、そういう無茶苦茶なことを言わない限りはきみの手助けができると思うよ」
「ちょっと待ってSi!」
Sumikaが小声で叫ぶという器用なことをやり始めたので、Siは「この外に人を待たせてるのを思い出した。ちょっと待っててくれ」といってOld Momant Fortを出た。

周りに人がいないことを確認してから、SiはSumikaに声をかけた。「なんだよ」
「Silas、あの人と一緒に行動するつもり?」Sumikaは眉根を寄せている。機嫌が悪いというわけではないだろうが、複雑そうな表情だ。
「Legionについてある程度知識があるみたいだからな。Caeserに直接は会ったことはなくても、何か情報を持っているかもしれん。それに研究者といっても医者なら、役には立つだろう」
Sumikaは表情の複雑さを保ったままだった。
「やめない?」
「なんで?」
「なんか……、あの人、変な感じしない?
「武器でも隠し持ってたか?」
「そういうわけじゃないんだけど………」Sumikaは迷うように視線を彷徨わせる。
「なにが変なんだ?」
「なんか、Siのことじろじろ見てたような……」
「医者だからだろ。Julieだってそんな感じじゃなかったか」
「Julieはそういう感じじゃなかったけど、あの人は、なんていうか………」Sumikaの顔がみるみる紅く紅潮していく。「なんか………
「なんだよ」
こっ、言葉じゃ言えない感じ
「どういう意味?」
Sumikaはポケットの中に逃げるように飛び込んだ。「もう知らないっ」
そのまま彼女は丸まってしまった。会話をしたくないという意思表示だ。四十手前の人間のやることでもないと思わないでもない。

Sumikaはあまり良い感情を抱かなかったようだが、SiとしてはArcadeは悪い人間には見えなかった。あちらもSiに対して好感情を抱いていると感じる。
ぶつぶつ言っているSumikaをさておいて、Arcadeと行動を共にすることにした。

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