圧倒的な数の差の前に敗北したランはいちおうはスワディア王国の将ということで捕虜の中でも別格の扱いだった。さすがに自由に歩き回るということはできなかったものの、三食食べられてぐっすり眠れるという、行軍中に比べれば遥かに良い待遇だった。
しかしいつまでもこの扱いで通るはずがないとランは確信していた。敵はランを将のひとりとして身代金を取ろうとしているのだろうが、貴族ではない雇われの兵であるランに身代金を払うとは思えない。金にならないランの身をいつまでもこのような待遇にしておくはずがない。おそらく奴隷商に売り飛ばされるだけだ。

(今のうちに逃げないと………)

どこかの城に投獄されてしまっては、逃げるのは困難になる。城まで戻ろうとしている行軍中である今だけがチャンスだ。
だが日中の行軍時は周囲を精兵で固められ、村やキャンプの際も鍵のかかる個室か兵士がしっかりと見張れる場所に軟禁されるては、さすがのランでも逃げ出すことは難しかった。

食事を運びに来た兵士に話を聞くと、カーギット国の城まではもう3日もない距離だという。

(時間がない………)

逃げる機会は思わぬ形でやってきた。
その日、軍が駐屯した村を、おそらく軍の存在を知らずに山賊が襲ってきた。

「どんな状況ですか?」
ランは村から借りている家の扉を叩いて言った。外から鍵が掛けられており、出られない。
「手を煩わせるほどのものではありませんよ。すぐに片がつきます」と扉の前で番をしている兵士が言う。戸を開けようともしなかった。

明らかにチャンスだ。幸いなことに夜で、逃げるには適している。
しかしどうする。ランは考える。
窓から逃げようにも窓は小さく、高い位置にある。逃げることはできない。粗末な小屋だが壁を破壊できるほど柔なわけではない。玄関から出るしかないが、外から南京錠で施錠されており、開けることさえできない。

何らかの方法で扉を開けさせ、見張りの兵士をどうにかして排除し、馬を奪い、逃げる。
そんなことが可能だろうか?

迷っている暇はなかった。ランは行動を起こそうと、まず扉を叩いた。見張りの兵士を呼ぶ。
大将、静かにしろ」
と、聞こえてきたのは兵士の声ではなかった。懐かしいランの隊の傭兵の声だ。
「今開ける」
鍵の外れる音がして、粗末な木製の扉が開かれる。戸の前に立っていたのは以前にトーナメントでランと賭けをした、あの傭兵だった。足下にはふたりの見張りの兵士が倒れている。



「仲間が馬を取りに行ってる。逃げるぞ、大将」
彼はそう言ってランの腕を掴んで駆け出す。
「なんで………」
なぜそのまま逃げなかったのか。
闇夜に紛れられるとはいえ、ランを助け出すのは容易なことではないだろう。
「あんたには借りがある」暗闇の中で男の表情は見えない。
「金を貸しただけでしょう」
「あんたみたいな雇い主は珍しいんだよ、死なれちゃ困る」

できるだけ暗がりを通って厩へとたどり着く。しかし男の仲間たちはどこにもいなかった。兵士に捕まったのだ。
「逃げるぞ」
「また捕まったやつらがいるんじゃあ……」
「自分でどうにかできる。あんたにはどうにもできん。逃げるぞ

彼がそう言いながらランを無理矢理馬の背に乗せたとき、いたぞ、という兵士の声が轟いた。
男が馬の尻を叩く。制御できずに馬は駆け出す。ランには止めることができなかった。
振り返ると、闇夜に慣れたランの目に傷だらけの男が矢を受ける姿が映った。



馬は走り続けた。



スワディア王国の領地にたどり着く頃には、もう朝になっていた。鞍を付けずに走り続けたため、ランは身体が痛かった。眠りたいと思った。

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