ランはしかし、完全に税を取り立てることはできなかった。
プラヴェンは豊かな街だが、郊外へ行けば外壁があるかないかの違いだけで、ほとんど寒村さながらの場所もある。豊かな街であるというのが彼ら農民の足枷となっていた。高い税収を納めきれないのだ。
税の軽減を懇願する農民たちを、ランは受け入れた。

「農民にかまけて税の徴収もできないとは、そなたは正気か!」
指定された金額の半分も徴税できなかったランを、ハルラウス王は酷く責め立てた。
ランには返す言葉もなかった。

やがてハルラウス王はランへの悪口を言い果たしたのか、「もう良い」と言った。「代わりにわしの頼みを聞け。書簡を届けて欲しい」
ハルラウス王が指定した街は早馬でも数日はかかる距離だったが、ランには受けない理由はなかった。急いで頷き、書簡を受けとる。

翌日、すぐに隊を目的の街へと出発させた。
「書簡なんてよぉ、下っ端の任務だろうに」とブンドゥクがぼやく。「あんた、戦いたいとか思わないのか?」
「以前は思っていた。だが今は思っていない」
ランは思わず本音が漏れた。
しかし、これは目を背けられない事実だ。
わたしは弱い
「強いだろう」とブンドゥクが下顎を突き出す。「トーナメントで優勝したくらいなんだから」
「今まで本当に戦ったことはなかった。父は弓と馬の扱いを教えてくれた。だが父の領地は平和そのものだった。父の唯一の子だったわたしは、大事に大事にと育てられた」
「自慢か?」
「違う」

戦うことを知らなかった。
戦い方を知っていただけで、戦えるものと思い込んでいた。
戦えないのに、戦おうとしていた。

(帰りたいな………)

主人の家へと帰りたい。金は結局作れなかった。彼の家を盛り興すことは難しいだろう。それでも自分に何かができるだろうか。

「止まれ」
ブンドゥクの低い言葉でランは現実に引き戻された。ランの隊、総勢6名が馬を停める。
「追い剥ぎだ」



「何人?」とランは小声で尋ねる。
10人くらいだな。囲まれてる。突破しよう」
「いや……、逃げよう」
馬に乗っているランやブンドゥクは馬を走らせれば逃げられるが、歩兵隊はそうはいかない。切り抜けるのは不可能だ。撤退したほうが良い。逃げるだけならなんとかなる。
「そんなこといって、依頼はどうするんだよ」
「知ったこっちゃない」

ランは兵を撤退させた。闇夜に紛れれば逃げるのは容易い。
しかしプラヴェン方面にわたる橋は軍隊によって塞がれていた。ベージャー国の50を越える騎兵隊に。

あまりにもタイミングが良すぎる。
ハルラウス王に裏切られたのかもしれない。ランはそう思った。使い者にならない傭兵であるランをこれ以上雇うのは無駄と判断し、囮に使ったのかもしれない。今頃は別の街で戦が起きているのかも。
矢が迫ってくる。隣にいた隊の兵のひとりが頭を射抜かれて馬から落ちた。

全員に撤退を告げる。

逃げる。 
ベージャー国から、スワディア王国から、敵から。
逃げて逃げて、何処に辿り着くだろう。
一度戦うことを決意してから、逃げる場所はどこにもなくなってしまったような気がする。

衝撃を受けて、ランは馬から落ちた。背中に手をやると、矢が突き刺さっていた
ランは身体を持ち上げられた。ブンドゥクだ。
「おい、大丈夫か、おい!」
「頼みがある」ランは自分の懐から、ブンドゥクの背嚢へと財布を滑らせた。「金を旦那さまの元まで届けてくれ」
自分の生い立ちは既に彼に話してある。きっと彼なら逃げ切り、金を届けてくれるだろう。ものこの手は血に塗れてしまった。どうせ主人の下へと帰っても、一緒には暮らせない。
「知らねぇよ、自分で届けろ」ブンドゥクが馬に必死に鞭を入れながら言い捨てる。
「頼む」
「頼むな。生きろ」
「ありがとう」
ランは馬の背から転げ落ちながら剣を抜いた。ブンドゥクの背後まで迫っていた騎兵の足を切り落とす。



50を越える兵が手に槍を、剣を、弓を手にランに群がった。たったひとりで剣を振りぬきながら、次の世ではこんなふうに剣を振り回すのではなく、誰も傷つけずにもっと優しく生きたいとランは願った。 

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