アメリカか死か/07/03 Those!-3
Graiditchは旧ワシントンDCに程近い場所にある町だった。かつては多くの人間が住んでいたのであろう煉瓦造りの背の高い家屋に、数少なくなった人々が身を寄せ合って暮らしていた。
「でも今はぼくだけだ」
Bryanという少年はそう呟いた。
Graiditchの町は近くにワシントンDCがあるがゆえに、その発展を阻まれていたといっても良かった。近郊には旧都の町があるのだ。住むならよっぽどそちらのほうが良い条件なのだから、Graiditchに住もうという人間はなかなかいない。いても一時期だけだ。
Bryanもその中のひとりで、年内には父親とともにこの村を出て行くつもりだったらしい。
だがやってきた赤い死の影がそれを阻んだ。
Grayditchに火を噴く巨大な蟻が現われたのは数ヶ月前のことだった。
最初は町の周りをうろつくだけだったその生物は、やがて人を襲うようになった。Bryanの父親ら町人は蟻を殺そうと銃を持ち出したが、無駄だった。不気味な生物は数を増やしてGrayditchを侵食していった。
「パパはあいつらのことを糞っ垂れって言っていたけど、僕はFire Antって呼んでた」
「Fire Antね……」Lynnは相槌を打ってみせる。
LynnとBryan、それにJamesの娘であるRitaはかつて食堂として使われていたGraidtichの建物の中にいた。LynnとRitaとで町の中のFire Antたちは一掃し、とりあえずは落ち着ける状態である。LynnとBryanは四人掛けの席に向かい合って腰掛け、Ritaだけは少し離れたカウンター席で不機嫌そうに頬杖を突いていた。
「きみの他に生き残りはいないのか?」とLynnは尋ねる。
「あいつらに、みんな……」
「いねぇよ。さっき聞いただろう」Bryanの言葉を遮ってRitaが口を挟んだ。「何度も言わせんな」
(なんでさっきから喧嘩腰なんだろう)
出会いが最悪だったせいもあるだろうが、どうにも彼女からLynnに対する印象は随分と悪いようだ。先ほどからやけに嫌がられている。Jamesの娘だという話だが、彼女から受ける印象は彼女の父親とは正反対だ。
「ひとりも?」Lynnは続けて尋ねる。
「ひとりも、だ」RitaがBryanに代わって答える。「その子の父親も、死んだ。死んだんだ。わかったらそっとしておいてやれよ。あんたは何がしたいんだ」
何が、と訊かれたら困るが、やるべきことをやろうと思っているだけだ。Lynnの力で助けられる人間がいるのであれば助けたいし、困っている人間がいて手を差し伸べてやれるのならそうしてやりたい。それだけのことだ。
「でも、Leskoは……」とBryanがおずおずと発言する。
「Lesko?」
「Leskoのところへは行けない。たぶん、死んでる。無理なんだよ、Bryan」
Ritaが言う。後半は少し優しい口調だった。子供には優しいようだ。あるいはLynnにだけ厳しいだけかもしれない。
「でも………」とBryan。
「あの、Leskoって?」
Lynnが手を挙げて尋ねる。
Ritaがおまえは黙っていろ、とでも言うような目で睨んできたが、Bryanが説明してくれた。
Leskoという男もGreyditchの町の一員だったらしい。そして彼は今のところ唯一の生死の確認できない人間だという話だった。
話は数日前に遡る。Rivet Cityに向かう途中だったRitaは、たまたまGreyditchの町を訪れた。そのとき既にGreyditchの町はほとんど壊滅状態であり、BryanもFire Antに追われて父親と離れ離れになってしまったところだった。
ちょうどFire AntがBryanに襲い掛かっている場面に出くわしたRitaは彼を助け、彼の要望で離れ離れになってしまった父親を探した。父親はFire Antによって殺されており、他のGreyditchの住人も既に死んでいた。Leskoという男以外は。
「Leskoは変わった人だったよ。最初にGreyditchに来たときは、パパにCapを払ってぼくの家の隣にプレハブを建てて、その中にいろんなガラクタを持ち込んで住んでた。パパはLeskoのことを『Egghead』だって言ってたけど、頭の形は普通だったな。だからどういう意味なのかよくわからなかった。
Leskoの家にはいろいろな面白いものがあって、以前忍び込んでみたときなんか、緑のボタンがいっぱいついたテレビとかがあった」
とBryanはLeskoという男について語る。
そのLeskoの家にも、彼の死体はなかったらしい。代わりにRitaはそこでLeskoの手記を発見した。それはFire Antの大規模な襲撃がある以前に書かれたもので、Marigold地下鉄駅へ向かうと記されていた。
「だからRitaが、Marigold地下鉄までLeskoを探しに行ってくれたんだ」とBryan。
つまりRitaはBryanのためにLeskoを探しに行ってやったということか。なかなか良いことをするではないか、とLynnは意外に思った。
「でもあそこには入れなかったんだよ、Bryan」RitaがBryanに近づいて優しい口調で言う。「あそこもFire Antでいっぱいだった。たぶんLeskoも死んでいると思う」
「でも………」
「Marigold地下鉄ってどこにあるんだ?」Ritaの言葉にふと気になることがあったLynnはそう尋ねてみた。
「どこって……」Ritaが怪訝な表情をする。「なに、あんたなんかするの?」
「気になったから……。教えてくれ」
Ritaは渋っていたが、Bryanが教えてくれた。ここから数キロ南に行ったところにある地下鉄駅らしい。
「で、そこにもFire Antがいた、と」
「そうだよ」とRita。「なに、なんか文句あんのか」
「おれはここに来るまでは火を噴く蟻なんて見たことがなかった。きみたちだってそうだろう。だからこの辺でだけ突然変異的に存在している生物なんだろうけれど……、その生物がそれほど離れていないとはいえ、そのMarigold駅というところにもいて、しかもそこにLeskoという人も向かったっていうのが気になって……。しかも彼は科学者だったんだろう?」
「あんた、なにが言いたいの?」
「いや……、つまりさ、そのMarigold駅というところがFire Antの巣で、Leskoって人はそれを知って蟻を退治しに行ったんじゃないのか? 彼の手記には、他に何と書いてあった?」
Ritaはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「駅に行くってことだけだよ。他には何も」
「そうか………」
「で、なに、あんたはそう考えて、それでどうするの?」
「見に行ってみるよ。もしかするとLeskoが生きているかもしれないからな」
Ritaはしばらく逡巡する仕草を見せていたが、カウンターに置いたバックパックを担ぎ上げた。
「やめておいたほうが良いんじゃないの? あそこはFire Antだらけだ。近づけたもんじゃない」
「行ってみないとわからない。それに」Lynnは自分の腕に視線をやる。「変身できればあの程度の生き物には負けない」
「あ、そう」Ritaは食堂の出口へ向かう。「せいぜい頑張んな、Masked Raider」
「きみはどこへ行くんだ?」LynnのことをRaiderと呼ぶRitaの言葉を無視してLynnは尋ねた。
「Rivet Cityに決まってんだろう」
「Bryanのことは?」
RitaはBryanを一瞥したが、「わたしには関係ない」と言って出て行った。
食堂にはLynnとBryanだけが残された。
「そこがFire Antたちの巣だったら、根元から断つ。Leskoも連れて帰ってくる。だからここで少しの間待っていてくれ。すぐに戻ってくる」
「大丈夫なの?」
「大丈夫。さっきも見ただろう? おれはどうも………」
身体の皮膚が変質していく感覚。
Lynnは変身していた。
「普通じゃないらしい」
改めて目の前に出現した異形の存在に、Bryanは目を見開いていた。
「必ず元凶を止める。約束するよ」
Lynnはそう言ってアクセルを回しかけたが、Bryanが口を開いて何か言いかけたので動作を止める。
「もし……」
「え?」
「もし、Lynnとずっと前に出会えていたら、お父さんは死んでいなかったのかもしれないね」Bryanは涙を目に溜めて言った。「ありがとう」
出発する。
目指すはMarigold地下鉄駅。Fire Antの巣だと予想される場所。Leskoという科学者が向かった場所。
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