小説アズールレーン『半分になったジャベリン』/1939年 - ロイヤル第七駆逐艦群所属JKN級駆逐艦F61ジャベリン

10月 10, 2017

  • 目次
    • 1939年 - ロイヤル第七駆逐艦群所属JKN級駆逐艦F61ジャベリン
    • 1940年 - ダイナモ作戦
    • 1943年 - 少女
    • 1949年 - 投げ槍は戻らず
この小説は以下のウェブページの記述を参考にしています。
ジャベリン - アズールレーン(アズレン)攻略 Wiki http://azurlane.wikiru.jp/index.php?%A5%B8%A5%E3%A5%D9%A5%EA%A5%F3

1939年



 菖蒲あやめ色の髪の小柄な少女の手に、振動する長い物が握られていた。激しく波打つそれは太く、一瞬でも油断すれば小さな手のひらから逃げ出してしまいそうだ。逃さぬようにぎゅうと握れば、脈打つ中に熱さを感じ、呼吸が荒くならざるをえない。

 足底に取り付けられた噴射口から高圧縮気体を放出。菖蒲色の髪の少女――ジャベリンは己の身体より遥かに巨大な雷撃を跳躍して避けた。その雷撃は、背後にいた量産型ジャベリン――ジャベリンと同じ名前を持つロイヤル所属Jクラス駆逐艦――にぶち当たって爆発した。たぶん機関だか弾薬庫だかがやられたのだろう、巨大な爆発の余波は小さなジャベリンの身体を吹き飛ばすほどで、だからジャベリンは吹き飛んできた量産型の欠片を踏み台に飛び移り、爆発の勢いも乗せて空へと翔んだ。雷撃発射した敵量産型艦よりも高く、高く。

 落下し始めると、チェック柄のスカートが巻き上げられて白い下着が露わになる。敵量産型艦の乗務員はこの姿を見てどう感じるだろう。死ぬ前の光景としては上等だろうか。そうであってほしい、とジャベリンは思った。

 踊るように空中で姿勢を制御したジャベリンは、敵量産型の艦橋を落下地点として決めた。超高硬度の投げ槍ジャベリンの名前に反した使用用途で、落下する勢いのままに艦橋へと叩きつける。微細振動によって分子構造から切り裂く槍は振った瞬間に三倍に伸び、振り回すことで敵鉄血艦の機能を一瞬にして奪った。機を逃さず後方宙返りで敵艦側面部に跳躍。海面への着地と同時に雷撃を発射すれば、敵艦は避けようもなかった。

『こちら司令部。ジャベリン、撤退せよ』
「こちらジャベリン。撤退了解」
 最新の無線機による通信に応答する声は、我ながら冷たいと感じる。

 追撃に気を払いつつ、安全海域まで撤退。改めて被害を確認する。
 敵駆逐艦、撃沈1。小破1。
 自駆逐艦、大破1、中破1。小破1。
 これを勝利と呼ぶべきか、敗北と言うべきか。少なくとも言えるのは、同行した量産型駆逐艦はすべて大なり小なり――いや、中なり、だろうか――被害を負ったということだ。被弾していないのはジャベリンのみ。これは量産型ではない――大型だとか小型だとかとは別に「矮型」と呼ばれることもある――ジャベリンのような戦艦の優位性を示すように見えるかもしれない。だがそれは間違いだ。

 実際のところ、港に戻ってきたジャベリンを出迎える中年男の表情は固かった。

 いや、この男の顔はいつでも固い。おまけに顔は四角く、黒髪は短いので、見た目から硬く厳しい岩のイメージを想起させる。逞しい身体は小柄な少女の姿のジャベリンからすれば見上げるほどなので、しぜんと見下される形になるわけだが、そうでなくても威圧感がある顔立ちだ。
「ジャベリン、ただいま帰還しましたぁ」
 という声は、ジャベリン自身が驚くほどに明るく、馬鹿みたいに華やかな声だった。おまけにピースサインまで作ってしまっている。媚びたいわけではない。実際、戦場ではこんな声は出さない。だが昔の習性か、鎮守府ではこんな喋り方ばかりになってしまう。

 司令官である男は小さく頷いて、聞き取りにくい低い声で「ドックへ行け」と言うだけだった。毎度、これだ。この男に合わせて重桜の牛の人形のようにただ首を縦か横に振るだけだったら、きっと今頃ジャベリンもこの男のように無感情になっていただろう。
 量産型とは違い、ジャベリンのような矮型艦のドックは特殊で、海上ではなく司令部の中にある。司令部の薄汚れた建物に裏から入り、半地下の研究施設へと向かう。出迎えたのは70過ぎであろうしなびた白髪の老人だ。司令官とは違い感情豊かなこの老人は矮型戦艦の研究者だが、残念なのは喜怒哀楽のうち怒と哀が欠けていることで、彼に対してもやはりジャベリンは戦場の自分を示すことができない。

 艤装を取り外してからチェックスカートとキャミソール、下着を脱ぎ捨てて全裸になり、寝台の上に横になって研究者の前に身を曝す。いろいろな場所を撫でられたり全部の穴を確かめられたりしたあとで「被弾箇所はない」と告げられる。
「ただ、人工筋肉が断裂しているし、右腕と両足の骨が折れているな」
 道理で痛いわけだ、とジャベリンは思った。足は雷撃を避けたときで、腕は艦橋を攻撃したときだろう。人間より遥かに強靭なはずのこの身は巨大な兵器との戦闘を行うには非力で、僅か20分に満たない戦闘機動ですら戦闘継続不可能になるほどの痛手を受ける。矮型戦艦が被弾することなく戦闘に勝利することができても、被害がないわけではなく優位性が小さい理由がこれだ。

 当たり前だが、骨だの筋肉だのは簡単に交換できるものではない。二の腕や足に人工筋肉冷却用のテープを巻かれ、折れた部分には添え木と固定がされる。額にも冷却シートを貼られた。こうまで身体を固定されると、着替えるのも一苦労で、松葉杖をついて歩く姿は完全に重傷人だ。それほど間違ってはいまい。人ではないというだけで。

「司令官、失礼しまぁす」
 苦労して階段を上がり、司令部のドアをノックする。「入れ」の言葉に促されて中に入ると、いかめつらしい顔の司令官は、机に印がしてあってそのポジションに腕を置くようにしているのだろうか、とでも思いたくなるほどいつもどおりの肘を机について手を組んだ格好で、厳しい視線を入ってきたものに向けてきた。

「どうだ」
 この「どうだ」というのは、研究所での検査の結果、ジャベリンの身体はどうなっていたか、大きな被害はないか、戦闘継続は可能か、不可能なら次に戦えるようになるのはいつか、という意味だ。答えは「見ればわかるだろう、馬鹿かおまえは」なのだが、ジャベリンはそれをぐっと堪えた。
「右腕と両足に筋肉疲労、筋断裂と骨折があるということでした」
「松葉杖をついているが、それで動けるのか」
「ひとまず支障はありません」
「戦闘機動は不可能ということだな」
「いえ、司令官のためなら」
 我ながら吐き気を催すほどの媚びた猫撫で声が出た。声のトーンだけではなく、内容も酷い。

 司令官はジャベリンの声を聞いても揺るがず、姿勢も変わらなかった。肘を接着剤で固定されてしまったのかもしれない。
「詳しくは博士に聞く。貴様はもう部屋で――」
 と、司令官は何かを言いかけて止まった。何かあったのか、誰か部屋に入ってきたのかと後ろを振り返るが、司令部のドアは閉じたままで、誰もいない。
「いや、自由に休め」
 司令官は言い直した。いつも表情から意図が読めない男だが、今はさらに意味不明である。

 頷いて部屋を出ようとしたジャベリンだったが「待て」という一言で引き止められる。なんだ、と思って振り向いたジャベリンは、驚きで転びそうになった。松葉杖があったからなんとか追い縋れたが、何もなかったら倒れていただろう。
 というのも、司令官が立ち上がり、こちらに歩み寄ろうとしていた。軍港ではともかく、司令室の中でこの男が立ち上がっているのを見るのは初めてだ。上半身だけ机に固定されていて、机で隠れて見えない下半身は歓楽街で遊んでいると思っていたが、きちんと足も生えていた。

 いったいなんだ、立つほどのことが起きたのか、天変地異か、と身構えたが、司令官はそのまま机に戻ってしまった。なんだ、やはりこの男は机にしがみつかなければならない理由があるのか。
「いや……人を呼ぶ。部屋まで運んでもらえ」
 と言って、通信機を取って何やら通話を初めた。やがて司令室の部屋を叩いたのは金髪の顔立ちが整った若い男で、当然ながら鎮守府に務める軍人だ。しかしジャベリンには人間の顔、というよりも男の顔があまり区別がつかないので、この男がどのような立場なのかよくわからない。四角い顔の司令官のように特徴的な顔立ちであるなら話が別なのだが。

 若い男は司令官に指示されるがままにジャベリンを背負ってくれた。自室のベッドの上に横たえられたジャベリンはすぐに寝入った。夢は見なかった。

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