『東京ローズ』
「ぜんぜん、わからない。何ですか? それって」
アナウンサーの西圭子が不意に質問でさえぎり、皆が笑った。もちろん、誰もがよく知らないままに笑ったのだった。西圭子は、この一年あまり、幸田が《ナイト・エクスプレス》でコンビを組むアナウンサーである。小柄で、小づくりな顔立ちだが、興味のまま機敏に動く瞳を持っている。
「東京ローズっていうのは、君みたいな人のことだよ」制作部長は答えた。「太平洋戦争のさなかに、ラジオ・トウキョウっていう海外放送を使って、日本から戦地の米軍に向けて英語の宣伝放送番組を流してたんだ。女性アナウンサーの声が、若い米兵たちにやさしく語りかけて、敵である彼らの闘う気持ちをくじこうとするわけだな。『あなたがたが、こんなふうに太平洋の島々で血みどろになって戦ってるあいだに、国に残ってる奥さんや恋人は、べつの男たちとよろしくやってるわよ。想像してごらんなさい』って、セクシーな女の声が英語でささやく。ただし、あまりにそれが魅力的で、若い米兵たちはみんな彼女にぞっこんになっちゃったんだ。誰が言うともなしに、その声の主を”東京ローズ”って呼びはじめた。だから、結局、その声が米軍の戦力を弱められたかどうかは疑わしい。むしろ、はっきりしてるのは、若い男たちっていうのは、そういう声を聞くだけで元気ももりもり出てくるもんだってことだろう? さあ、さっさとこの戦いに勝負をつけて日本に上陸し、東京ローズに会おうぜ、ってね」
黒川創, 『かもめの日』, 新潮社, 2008. p37より
小説ラストクロニクル
東京ローズ
- 時代1
- Turn 1 《貂蝉》
- 美は、英雄の破滅に用いられるならば、ときとして刃や毒酒に勝る。
- Turn 2 《リャブー族の輪唱術師》
- リャブー族の輪唱術が呼ぶものは、雨雲ではなく目くらましの黒霧である。
- 時代2
- Turn 3 《束の間の平和》
- グランドールの古い伝承では、かつて、初恋の女神は平和の女神と姉妹同士だったとされる。どちらも、場合によってはとても儚(はかな)いからだ。
- Turn 4 《突撃屋オーク》
- 「奴ら、なんだってあんな命知らずな突撃ができるんだ?」「恵まれた容姿の奴らが憎いのと、自分たちの容姿が嫌いなのと、あとは生まれ変わりを信じているからだろうね。」
- Turn 5 《クロノフォースメイデン》
- 「おお、またひとつ、殺戮のための美しき芸術品が生まれてしまった……!」 ~狂魔技官 ギジェイ~
- Turn 6 《アリオンの騎士》
- 一本の剣は折れても、ふたつの誇りで守られた魂は決して折れぬ。
- 時代3
- Turn 7 《アプロディテ》
- 美は、あらゆる発展的想像力の母である。
- Turn 8 《邪光の獣 ニルヴェス》
- 「心することだ……光が祝福をもたらすものばかりとは限らぬことを。天上から差すそれと同じく、奈落の向こうから溢れ出す、この世ならざる光もまたあるのだから。」 ~「災禍の黙示録 邪光の章」より~
- Turn 9 《力の天使 ラーン》
- 真の力とは、優れた武具や腕力などではあり得ない。それは、不屈の魂にこそ宿るのだから。
- Turn 10 《ラーンマジックナイト》
- 「よく覚えておくのだ。鍛えられた鋼などではなく、魂を剣に変えるとき、それを防げる者などありはしない。」 ~力の天使 ラーン~
- 時代4
- Turn 11 《癒しの光》
- 「そもそも癒しの力とは、何なのでしょう?」「それは夏の日差しの中での水浴び、美しい音楽を聴きながらの食事、孤独を救う語らい……ありふれた魂の幸福を無数に集めて、少量の祝福を加えたものだよ。」~修道院の問答~
■登場人物
- 《東京ローズ》
- バストリアの召還英雄。
- 《百の剣士長 ドゥース》
- グランドール百人隊の隊長。
- 《聖王子 アルシフォン》
- グランドール聖王家の王子。
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