アメリカか死か/07/05 Those!-5
変身の鍵となるものが何なのか、Lynnにはいまだわかっていない。危険が迫ったり、必要な状況になれば変身できるが、ミュータント化した生物に襲われても変身できなかったときもある。また変身したまま歩いていたらいつの間にか戻ってしまったということも。そのときの状況に共通していたのは、地下に入ったときだということだ。
その心配は杞憂で、地下の蟻の巣に入って少し経ってからLynnは変身していた。
何度か手を握ったり開いたり、拳を突き出してみる。変身による力が実感できる。これなら、負けない。
最後の一体を殺したときに、何か巨大な気配がした。気配の方向に進んでいくと、建物ほどもある巨大な蟻の姿があった。
あれが女王蟻だろう。ナイフを取り出しかけ、戻す。 Leskoは女王蟻を傷つけるなと言っていた。女王蟻を殺したからといって騒動がすべて収まるとも限らない。Fire Antを最初から見続けていたLeskoの言うことを聞いておくのが騒動解決のためには一番だろう。
Leskoの研究室に戻る途中でスーツは元に戻ったので、わざわざ自分の身体について説明せずに済んだ。Leskoに女王蟻の親衛隊をすべて殺したということを告げると、彼はLynnの手を両手で握って上下に振った。
「なんて素晴らしいんだ! これでようやく端末のところへ行ける。研究もはかどるってもんだ。自然の複雑系メカニズムを式化できるぞ! 本当にありがとう。まったくきみは素晴らしい研究助手だ。よぅし、ぼくもやってやるぞ! 森羅万象を解き明かすんだ!」
勝手に盛り上がっているLeskoを前に、Lynnの気分は落ち込み始めていた。
「あの蟻はどうにかしてくれるんですよね?」
「あぁ、うん、そう」Leskoは興奮冷めやらずに頷く。「大丈夫、そっちのことも忘れていないから。あれは危険だからね」
「Bryanのほうは?」
「というと?」
「あなたはここで研究を続けるつもりのようだけれども、GraiditchのBryanのことはどうするつもりですか?」
「Gryditchからは連れ出したほうが良いんじゃないかな。あそこは子供が生活できる場所じゃなくなっているだろうし、どこか家を見つけてやれば良いだろう。ま、ぼくの経験から言わせてもらえばあの子のじっとしていられない性分やなんでもなぜかと訊けば教えてもらえると思っている性格を考えると歓迎してくれる家はなかなか見つからないと思うがね」
「あなた自身が」とLynnは言葉を区切って言う。「彼にしてやることはないんですか?」
「ぼくが? どうして?」
「あなたには彼の父親を殺した責任がある」
「なにを言うかと思えば……」Leskoは大袈裟に首を振り、深く溜め息を吐いた。「もちろん科学者は自分の失敗に対しては責任を負う必要がある。だがぼくにはやることがあるんだよ。この研究を完成させなければ今まで長い時間とエネルギーを費やしたことがすべて無駄になってしまう」
「あなたはBryanの生活を台無しにした」
「何度も言っているだろう。物分りの悪いやつだな……。彼のために時間を割く気はない。それにこの研究室を離れるつもりもない。次世代の変異がないかどうか観測を続けなければいけないんだから、子供の遊びに付き合っている暇はないんだよ。子供だってぼくの仕事がどれくらい重要なことかわかるはずだ。まったく、きみは失望した。さっさと帰ってくれ」
LeskoはLynnに背を向けた。
Lynnは気持ちを抑えきれなくなった。LeskoはBryanのことをなんとも思っていない。彼の父を、友を殺したというのに。なぜ、なぜそんな簡単に相手の命を軽く思えるのか。
Lynnの右手が青白く光っていた。まるで変身するかのように。
右手を後ろに引く。
Leskoに向かって振り抜くと、Lynnの右腕は簡単にLeskoの無防備な身体を貫いた
力を失ったLeskoの身体が研究室の汚れた床に崩れ落ちる。眼鏡の落ちた彼の首は視線を一生懸命上方に向けるように動いていたが、すぐにすべての動きを止めた。動くのは流れ出る血液だけになった。
死んだ。殺した。無防備な人間を。自分を殺すために武器を手に襲い掛かってきたRaiderではなく、戦意のなかった人物を。
否、確かに彼には戦意がなかった。しかし殺されて当然の人間だった。彼はBryanの人生を台無しにした挙句、それを取るに足らないものとして無視しようとしたのだ。だから彼を殺した自分は正しいのだ。
右手が真っ赤だった。擦っても擦っても落ちない。貴重な水で濡らしても落ちない。
Vaultを出てから始めて生身で触れた血はぬるぬるとしていて気味が悪かった。
*
Leskoを殺した後、Fire Antの巣穴に戻って女王蟻を殺した。女王蟻を殺すとFire Antたちは暴走しだし、同士討ちを始めた。
Marigold駅でのFire Antの全滅を確認した後、Marigold駅であった出来事をBryanに報告するためにLynnはGraiditchに戻った。しかしシェルターに彼の姿はなかった。
「あんた……、戻ってきたのか」
声に振り向くと、そこに立っていたのはRitaだった。
「Bryanが……」
「BryanだったらRivet Cityに連れて行ったよ」Ritaは皆まで言わせずに言った。
「Rivet Cityに?」Rivet CityといえばLynnが、そして目の前にいるRitaも目指していたはずの町だ。「なぜ?」
「なぜって……」
Ritaは急に後ろに跳び退った。そして銃を抜き、Lynnに向かって構えた。
Lynnは後ろを振り向く。しかしそこにはBryanが入っていたシェルターがあるだけで、彼女に恐怖を起こさせるようなものは何も見当たらない。
「なんだ……、どうした?」Lynnはできるだけ彼女を刺激しないように話しかける。
「おまえ、Leskoを殺したな」
Ritaの視線は銃口で狙っているLynnの頭と洗っても落ちない血痕のついた右手を交互に往復していた。どうやら返り血で気付かれてしまったようだ。
「きみは」Lynnは少し言葉を考える。「Vaultを出てから今まで誰も殺さないでこのWastelandを生き抜いてきたのか? その銃で、誰も傷つけずに」
「何人も殺したよ。人肉を食おうとするRaiderとかな。だが、おまえが殺したLeskoはおまえに何ら敵意を持っていなかったはずだ。あいつは自分の仕出かした事の大きさに、責任の重さにまったく気付かない糞野郎だったが、おまえを殺そうとはしていなかったはずだ。それを、おまえは殺した」
「Leskoは殺されて当然の人間だった」
「だから殺したのか?」
Ritaはじりじりと距離をとる。彼女は変身したLynnの運動能力を理解している。彼女の小さな拳銃がLynnのスーツを貫くには足りないことも想像できているはずだ。にも関わらずLynnに敵意を向ける彼女を哀れに感じた。
「きみに敵意を持ってきた人間を殺すのとLeskoを殺すのはなにが違う? なぜきみはRaiderに殺意があるとわかり、Leskoには殺意がないとわかる? それはきみの思い込みだろう」
「そうかもしれない。わたしもあんたと同じなのかもしれない」
Ritaは僅かに俯き、Lynnから視線を逸らす。
しかしもう一度顔を上げたときの彼女の顔に迷いはなかった。
「でも、もしあんたが、今まで自衛のために殺してきたRaiderたちを殺したこととと、今日殺した糞むかつくLeskoの野郎を殺したことを同じように考えているのなら、あのLeskoを殺したことをまったく後悔していないというのなら……、あんたは危険だ」
「それで、どうする?」Lynnは肩を竦めてみせた。「きみはおれを撃ち殺すのか? きみに対して殺意を抱いていない、おれを」
Ritaの小さな首が喉唾を飲み込んで動くのが見えた。彼女は撃ってこない。Lynnはそう判断付ける。もっとも撃ってきたとしても変身すれば完全に対応できるのだが。
Lynnは彼女に背を向け、バイクに乗った。エンジンを動かしてアクセルを回す間も、Ritaは銃を構えたままだった。
目指すはRivet City.。Lynnはバイクを走らせる。
「じゃあな、Masked Raider」
Ritaから遠く離れてから、彼女の声が聞こえたような気がした。
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