アメリカか死か/11/02 The Waters of Life-2

 Vault 112を出発して3日目。
 LynnたちはようやくRivet Cityに到着した。


「いやぁ、長い旅路だったねぇ」
 とJamesは言ったが、3日間のマラソンで疲弊するどころか、むしろ元気になっているように見えた。最近は運動不足だったからちょうど良い運動だ、などと言っていたが、本当に良い運動で済ませてしまったのだから恐ろしい。


「ちょっと待っててください」
 とLynnはRivet Cityの入り口の通路の横にバイクを停めようとしたが、Jamesに制される。
「バイクもRivet Cityに入れよう」
「このくらいの距離だったら、彼女のことは背負っていけますよ」
「いや、ちょっとした考えがあってね。それに、どうせ燃料も少ないんじゃないか? Liの研究室だったら、ガソリンくらい分けてあげられるよ」
 確かに燃料がなくなりかけていた。MegatonのMoiraのところまで戻って給油してもらうには心許ない。Lynnはバイクに乗ったまま、Rivet Cityの通路を渡った。


「あ、Lynn、おかえり」
 と、橋を渡ったところで声をかけてきた者がいた。GrayditchのBryanである。
 駆けてきたところで、Jamesに気づく。見知らぬ大人ということで、少しばかり対応に困っているのだろうが、Jamesはといえば、Bryanにずんずん近づいて頭を撫でた。
「Lynnの友だちかい?」
「う、うん。名前はBryan」
 Bryanは未だ緊張した面持ちで、Jamesに言葉を返しながら、目を泳がせる。
 と、彼の視線がバイクのサイドカーで止まる。その中に入っているのは、眠っているRitaだ。彼女がただ寝ているだけではなく、昏睡に近い状態であることに気づいたのだろう。
Rita! Lynn、Ritaはどうしたの?」
「いや、ちょっと色々あって………」
「怪我したの? 寝てるだけ? 病気? うちに連れて行こうよ、ホテルのほうが、ゆっくり休めるし、Veraが手当てしてくれるから………」

Ritaとも友だちなのか。そりゃあ、ちょうど良かった」とJamesは笑い、Lynnに向き直る。「Lynn、悪いけどRitaのこと、頼むよ。ぼくはちょっと、Liのところに行ってくるから。ついでに給油もしておくよ」
「それは、大丈夫ですけど……、さすがにRivet Cityの中じゃあバイクは走らせられないですよ」
「押していくから大丈夫だよ」
 と言うなり、Jamesはサイドカーで寝ていたRitaをLynnに押し付けて、バイクを押してRivet Cityに入る。しかし階段は難しいだろう、と思ったが、恐ろしい力で階段さえも前輪を持ち上げて進んでいく。Jamesとバイクに関しては問題はなさそうだ。

 Lynnは眠ったままのRitaを背負い、Bryanとともにホテルへと向かった。
 ホテルのVeraはBryanと同様、Lynnを出迎えてRitaを心配してくれ、ベッドを無料で空けてくれた。


「ねぇ、Ritaはほんとに大丈夫なの?
 とベッドで眠るRitaを見て、Bryanが心配そうに問う。
「大丈夫。ちょっと悪い人のところに捕まってて、変な薬使われたみたいだけど……、休めば快復するってさ」
「そっか、良かった」
 とBryanは安堵の様子を見せる。彼にとってみれば、Ritaは友人であると同時に、命の恩人だ。本当に心配してくれたのだろう。明るい表情になる。
「Lynn、知ってる?」と彼はきょろきょろあたりを見回し、Veraがホテルの掃除をしてこちらに気づいてないことを確認してから、Lynnに耳を寄せた。「Masked Raiderっていう黒い怪人が、Super Mutantから人を守ってるんだって。まるでLynnみたいな………」 
 Lynnが顔の前で人差し指を立てると、やっぱり、とBryanは言った。
「Lynnがヒーローってことは、やっぱり秘密なの?」
「やっぱりって?」
「ヒーローって、そういうもんでしょ」
「そういうものかな」
 とLynnは苦笑した。子どもの価値観というのは面白い。

「そういえば、さっきのおっさんって誰?」
「Ritaのお父さんだよ。おれと……」とLynnはベッドのRitaに視線を下げる。「Ritaが探していた人。Jamesさん」
 そうJamesの名を出したときである。ベッドで眠るRitaが目を開けた。グリーンの瞳が現れる。


「父さんは………」
 とRitaが視線を彷徨わせ、掠れた声で呟く。
「Rita! 起きたの?」
「Bryan……、父さんは………」


「Jamesさんは、いまDr. Liの研究室のほうへ行ってるよ」
 とLynnが代わりに答えてやると、Ritaは射抜くような視線でLynnを見た。「おまえ………」
「まだ休んでいたほうが良い」
「おまえの指図は受けない」
 そう言うや、Ritaは身体を起き上がらせた。ベッドに手をつき、足を床に下ろす。しかし手足は震えていて、歩けそうもない。
「無茶だ」とLynnは声をかける。「一週間しないと、完全に薬が抜けないって言ってたぞ」
「五月蠅い。父さんのところに、連れてけ」
「駄目だ。休んでなさい」
「連れてけ」
 そう言った瞬間に、Ritaの膝から力を抜ける。Lynnは慌てて彼女を抱きかかえた。
 そのとき、彼女の右手がLynnの上着のポケットに入った。病人とは思えぬ素早い動きだった。Lynnを弾き飛ばすように離れ、壁際へ。足は未だ震えている。
 Ritaは右手を突き出す。握られているのは、Lynnの上着から盗ったものだ。ポケットから掠め取ったらしい。
「連れて行かないと、これを……、これを………」Ritaはぼんやりとした目で己の手で握ったものを見つめる。「これを……、なんだこれ………?」

 そのまま崩れ落ちる。どうやら体力の限界だったらしい。ベッドまで連れていく。もう抵抗は無かった。しばらくすると、小さな寝息を立て始めた。Lynnの所持品を握ったまま。
「Lynn、これ、何? 縫いぐるみ?」
 とBryanがRitaの手に握られたままのものを指して問う。

 それは2本の足に2本の腕を持つ、不思議な生き物の人形だった。丸い頭にはドレッドヘアのような、髪なのか、あるいは角なのかわからない物体が三本伸びていて、ワンピース状の服を着ているように見える背は曲がっている。足取りはまるで踊るようで、手には笛を持っていた。踊りながら笛を吹いているように見える。
「さぁ………、わからない」とLynnは正直に答えた。
「わからないって、Lynnの物なのに?」
「実を言うと、おれは昔の記憶があんまりないんだ。それは最初から持っていた所持品のひとつで、でも誰かから貰ったような覚えがある」
「ふぅん……、なんだろうね。人にも動物にも見えないけど」


「それはココペリだよ」
 という声は、ホテルの部屋の入り口から聞こえた。立っていたのは、Jamesである。
「ココペリ?」
「インディアンの精霊さ。ぼくは戦前の施設で、それと似たような人形を見たことがあるよ。それはきみのやつみたいに黒と赤じゃなくて、青と白で、引っ掛けるためのストラップが付いていた。どうやら土産ものとして売っていたらしいね。昔、きみか、あるいはきみの家族が、それを買ったのだろう」
 言いながら、JamesはベッドのRitaに近づいた。髪を撫で、それから握ったままのココペリの人形を引きはがそうとするが、離れない。
「無理矢理取らなくてもいいですよ」
 とLynnが言ってやると、3日間のマラソンでも疲弊した様子を見せなかったJamesが疲れた表情で、「そう言ってもらえると助かるよ。この子は何か握ったまま寝ると離さないからね。それでぼくはバケツで用を足すことになったことがある」などという体験を口にしたので、反応に困った。

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