177日目

「正直、辛いんですが」

ウィーヤ城執務室。机の上に積まれた大量の書類の中でセドは呻いていた。
室内にはレザリットもおり、セドの仕事を監視している。セドがさぼったり、抜け出そうとしたりすると、ちゃんと仕事をしろ、それで国家が立ち行くか、阿呆、よく考えろ、能がないのか、と罵るのだ。
「わたし、偉いんだよ国家元首だよ」
セドがそう言うと、だからだ、とレザリットは返す。「元首なら、仕事をしろ。偉いなら、責任がある

国を興すのはいろいろと大変らしい。さらには軍隊も集めなければならない。城の守りに最低でも80人は欲しいところだが、今は30人程度しかいないのだ。

セドが溜め息を吐いていると、歪んだ硝子窓が叩かれた。窓の外に立っていたのはクレティだった。執務室は2階なので、おそらく樹を伝って昇ってきたのだろう。
うちの国は突飛な行動をするやつしかいないのか」
そう呟きながらレザリットが窓を開ける。
クレティはなにやら興奮した様子で、レザリットに話していた。彼の顔色も変わる。危険な事態らしい。

どうしたのか、とセドが尋ねると、重い口調でレザリットが答えた。
「軍隊がハワハの村の近くまで来ているらしい」
騎兵はいなかったけど」と実際に軍隊を見てきたらしいクレティが補足する。「かなり人数がいたよ。200くらい?

(200……)

ウィーヤ城の守備兵は30程度。たとえ篭城しても太刀打ちできる数ではない。
「それで、軍旗は?」とレザリットが訊く。「サランか、それともロドックか?」
レザリットが挙げた2国は、どちらもセドナ自治領に隣接している。まず攻めてくるとすれば、その2国のどちらかだ。

「くま」とクレティは短く答える。
「熊?」
「の顔」
熊の顔………」
ロドック王国だな」渋い顔で、レザリット。「グラヴェス王の軍隊だ」


ロドック王国は騎馬兵を擁しない。武器は馬ではなく、槍やパイク、弩弓、そしてあらゆる攻撃を防ぐ大盾だ。
馬に乗る必要がないせいか、より大柄で装備を固めた兵が多い。小柄なセドがその中に入ると、なおさら周囲の人間が大きく見える。

「そなたらか」グラヴェス王はセドたちを見つめ、相貌を崩した。「面白いことになっているそうだな」
セドとレザリットはロドック王の前に来ていた。

グラヴェス王の軍隊は最低でも200、しかも王が直々に率いている軍だ。もし攻めてくるつもりならば、おそらくさらに兵数を増やしてくるだろう。まともに戦えば勝ち目はない
そう考えたセドは、直々に交渉に行くことにしたのだ。

此度の遠征の理由は、とレザリットが尋ねる。すなわち、セドナ自治領を攻めるつもりなのか、という質問だ。
「サラン朝への牽制じゃよ」とにこにことしたままグラヴェス王は答える。「カラフ城テラマ城を取ろうと思ってな」
どちらもロドック王国に隣接しているサラン朝の領地の城だ。彼の言っていることが本当ならば、セドナ自治領を侵そうとしているわけではないらしい。

わが国に攻め込もうとしているわけではないと?」レザリットが重ねて問う。
わが国とは、ノルド王国のことかな? 残念ながら、ロドック王国とノルド王国は戦争状態にはない。そのため、われわれはウィーヤ城を攻めることはできない」
「どうやら独立の声名はそちらに伝わってはいなかったらしい。われわれはノルド王国から独立し、今はセドナ自治領と名を変えている

(そんなこと言わなくても良いのに……!)
セドはそう思った。ノルド王国の一部ということにしておけば、戦争を仕掛けられることはないのだ。少なくともノルドとロドックが戦争に突入する前の間は。

「その話は聞いておるよ。じゃが、国を興すというのはそう簡単なものではない。そなたらはひとつの城しか持たない、ただの反乱軍じゃ。事実、ノルド王国もそなたらが新たに国を作ったということは認めていない。そなたらは国というにはあまりにも小さすぎ、脆弱すぎるのだよ。わしらはそなたらのことを無視できる。さて、ここからはそなたらの声明をまさしく無視した上での質問じゃが……」グラヴェス王は微笑を浮かべたままでセドたちに問うてきた。「セドよ。そなたは戦士として名高いだけではなく、人を率いる才もあると聞いている。機会があったのなら、わしの下についてもらいたかったものだが……、ノルド王国を抜けてこちらに来ぬか?

「なんですと?」と声をあげたのはレザリットだった。「国を捨てて、そちらに移れ、と?」
「国に反旗を翻し、独立国家を作ったのだとすれば、それは既に攻められる理由を有しておる。おぬしらは生き残れまい。しかし今のところはそのことは多くの国々で認められていない。現段階でのおぬしらは、ノルド国に十分な褒章を与えてもらえず、不満を抱えているだけのノルドの家臣じゃ。ならば、その不満を抱えたままこちらに亡命してくるのはおかしいことではあるまい?」
わしは女だからといって、才能のある者を軽く扱ったりはせんよ。ロドック王、グラヴェス王はそう締めくくった。

ウィーヤ城に戻ってから、改めて書状が届けられた。グラヴェス王から、ロドック王国に亡命されたし、との内容だ。その場合は、ウィーヤ城をセド所有のロドック王国領地とする、とある。
「女の領主を認めるということだな」とレザリットは書状を見て頷いた。「なるほど、確かに寛大な処置ではある。悪くないな」
「でも、勿体無いよ」と言ったのはクレティだ。「折角国を作ったのに」
「だが安全だ。ロドック王国の国力は高い。正直なところ、われわれだけでは何処まで生き抜けるかどうか怪しいものだ。グラヴェス王は、その気になればおれたちをあの場で殺すこともできた。おれたちはノルドの家臣だと、彼はそう言っていたが、実際は殺したところで、ノルドは邪魔者が消えたと喜べど、文句などつけてこないだろうからな」
「だから、信用できるってこと?」
「信用できるかどうかはわからないが、有利な条件は提示してくれている。相手にとっても最大の譲歩だろう。ここはロドックに併合するべきだ」

カルラディア暦1257年。
突如として出現した勢力、セドナ自治領は数日と経たずに姿を消した。その名はほとんどの歴史書に載せられておらず、僅かな伝承に伝えられるだけである。


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