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Curtain Call at the Tampico

カジノのシステムを掌握するために必要な楽曲を手に入れたSiたちの前に、拍手に音楽、観客と、すべてが作り物でありながら、鳴り物入りで壇上に登場したDean Dominoは、まさしくスターに見えた。似つかわしくないのは身に纏った衣装だが、そもそもからして顔が崩れ果てたGhoulなのだから、戦前の衣装で似つかわしいものなどないのかもしれない。
「やれやれ、やっと気なすったか。ここまで辿り着けないんじゃないかと心配してたぜ」と彼は歌うように両手を広げて言葉を発した。「まったく、あのSinclarの神経質野郎の仕掛けた警備システムにも困ったもんだ。おかげであんたらもおれも、全員カジノに入った途端にお寝んねすることになっちまった」

(Sinclar?)
何処かで聞いた名だと少し考えて、先ほどChristeanがいたホテルでセキュリティ・ホログラムが呼んでいた名前だということに気付く。あれは戦前のセキュリティだった。ならばそれが呼んでいた人物は、戦前の人間なのだろう。戦前から生きるGhoulなのだから交友があってもおかしくがないが、Deanの物言いを聞く限りでは、その交友は良いものではなかったようだ。

「なるほど、カジノに入ったときに既に防衛システムが作動していたのは、あなたのせいだったのですね」
Kutoに応じて、Deanはくくと喉を鳴らして鮫のように笑う。
悪い男だなんて思わないでくれよ、Vera。おれだってこんな糞っ垂れた爆弾首輪をつけられた、哀れな被害者のひとりなんだからさ」

SiとKutoは瞳だけを動かして、同時に視線を交差させる。
Sinclarという男の名同様に、Veraという名は覚えがある。男の名とは違い、耳ではなく目で見た。そこらじゅうに貼ってあるポスターに写っている女だ。どうやら戦前の歌手らしい。しかし真っ赤な紅を唇に引き、艶のある黒髪と張りのある胸をこれみよがしに見せ付けている女は、美人という点以外ではKutoに似ている点は見出せない。
(こいつは何を言っているんだ?)
相手の神経を逆撫でするだけだとわかっていても、Siは危うく声に出してそう言いそうになった。見ればKutoも、珍しく困惑の表情を浮かべている。

不安げながらも、きいとDeanを睨み返し、Kutoが口を開く。「大人しく降参して出てきたほうが身のためだと思いますよ。今なら仲直りもできますから」

Challenge: Black Widow
Result: Success

「おいおい、Vera、おれを失望させないでくれよ
まるでKutoの不安感を煽るように、DeanはKutoを再度、Veraという名で呼んだ。なぁ、やり直すには、これしかないんだよ、Vera、と。

「さぁ、ショーの始まりだ」とDeanは腕を大きく広げてそう宣言し、踵を返す。「おれは舞台裏でゆっくり観賞させてもらうよ。外に出るための鍵はおれが持ってる。だから、そんな男は捨てて、おれのところに会いに来てくれよ、Vera」
「わたしはVeraなんて人じゃあ……」
ありません、とKutoが言い切る前に、Deanは高笑いをしながら舞台裏に引っ込んでいってしまった。
追いかけるべきか、などと相談する暇もなく、彼の姿が消えると同時にセキュリティ・システムが作動する。セキュリティ・ホログラムから射出されるレーザーを掻い潜り、Siは呆然としているKutoを引き摺るようにして、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉に飛び込んだ。耳障りな音を発生させるスピーカーを破壊しつつ、Siは安全な場所を目指す。
「Si、こっち!」
Sumikaの声に、こっちとはどっちだ、などと言う必要はなかった。姿が見えずとも、Ranger Fairy Eyeの鋭敏な方向感覚は、Sumikaのいる方向を正確にはじき出していた。彼女が誘導した先は狭い部屋で、どうやら楽屋裏の控え室のようだ。この中までは、セキュリティは追ってこないらしい。プライバシーは保たれているということか。

一息吐いて、装填を行いながら状況を確認する。SiもSumikaも負傷はしていない。Kutoは、と彼女を振り返れば、珍しくしおらしい様子だった。Deanの不気味な言葉に脅かされたというだけではなく、物理的な負傷を負っていた。セキュリティの発するレーザーを避けきれず、足を負傷したらしい。
単なる掠り傷であったため、SiはKutoが自身で手当てをするに任せて、Siは楽屋内に何か使えるものがないかと漁った。

見つけたのは、おぞましいものだった。
あのDeanってのは、変態野郎だな
Siが発見したのはふたつ。ひとつはこの楽屋裏がDeanのものとして使われていたこと。そしてもうひとつが、DeanがVeraという歌手に対して異常ともいえるほどの愛情を抱いていたこと。金庫の中に、DeanがVeraに対する慕情を認めたホロテープの束があった。
男であるSiでさえ、聞いていて胸糞悪くなるような内容だったのだから、彼に慕われていたVeraという女性と同性であるSumikaや、ましてや彼女と同一視されたKutoにとっては、抱える不安の大きさは途方もないものだろう。

ここは二手に分かれよう。とりあえず、おまえはここで休んでろ」
SiはKutoに向けて、Sierra Madreの警備員が身に着けていたヘルメットを放った。念のため、これを被っていろということだ。
「はぁ……」とKutoはヘルメットを両手で抱え、小首を傾げた。「でも………」
「あのGhoulぐらい、おれひとりで大丈夫だ」
「いや、ではなくて………」
Kutoが示してみせたのは、首に繋がれている鎖だった。
、とSiは声をあげそうになった。KutoとSiは、鎖で繋がれていて、分かれることができない。ふたり合わせて、Collar 21とぃうわけだ。完全に、失念していた。どうやら自分は、現状に対し、余程慌てているらしい。

しかしKutoはといえば、少し考えるような表情を見せた後、にっこりと微笑んでこう言った。
「でも、二手に分かれるというのは良い考えかもしれませんね


戦前に録音されたDeanの楽曲、”I Saw Her Yesterday”がTampicoの店内に響いていた。
歌だけ聞けば、あんな恐ろしい人間だとは思わないだろうな、とSumikaは思った。DeanのVeraという女性に対する愛情は、末恐ろしいものを感じた。
しかし考えてみれば、異性に向けてああした異常ともいえる愛情を向けるのは普通のことなのかもしれない。生物を生物たらしめているのは、生きること、そして次の世代へと繋ぐことだ。異性を愛するという行為は、どちらにも繋がる。愛するということは、他のどんなことよりも、優先すべきことなのだ。ならば、Deanのようにひたすらに愛した女性を求め続けるのは、生物としては普通だ。

対してSiはどうだろう、とSumikaは長年の付き合いのあるRangerに目をやる。彼は幼い頃に、愛すべき対象を失った。
今でも、女性と身体を交えることはある。しかしあくまで肉体上の関係で、そこに愛はない。それは、なんだか悲しいという気がする。Sumikaは赤子の頃から ずっとSiのことを見守り続けてきた。彼のことは家族のように思っている。だから、彼には幸せになってもらいたい。
Kutoという人間は都合が良いかもしれない、などとSumikaは思う。Siとあまり歳は変わらないだろうし、性格は少々問題があるが、Good SpringやTopsでは、何か事情があったのかもしれない。何より、Siにとって気安いというのが良い。
そういう意味で、ふたりと繋ぐ鎖が切れてしまったのは勿体無かったな、とSumikaは思った。物理的な密着があれば、新密度も増すだろうに。

鎖を断ち切ったのは、Kutoだった。
「これは少し賭けになるかもしれません」
彼女はそう言った。でも、鎖を切って、爆発するという可能性は、たぶん、きっと、いや、ほとんどないです、と言い訳していたが、つまりはこういうことだ。この爆弾首輪の出自を知るChristeanによれば、鎖つきの爆弾首輪などなかった。だから鎖が後からつけられたものだということは間違いない。ならば、切ったくらいでは爆発はしないはず。

そしてSiとKutoは、賭けに勝った。鎖を切っても、首輪は爆発しなかった。
身軽になったSiは単独行動を行い、セキュリティを消すために音楽ホロテープを発見、そして機械にセットしたというわけだ。正常稼動状態に戻ったのか、セキュリティが消える。どうやら舞台裏への鍵も開いたようだ。

「Si……、ほんとに大丈夫?」
Sumikaは舞台裏へと向かおうとするSiの肩に留まり、尋ねた。これからSiはDeanと対峙し、彼を倒さなければいけないわけだが、それは容易なことではなかった。
Ghoulは皆、戦前から生きている存在だ。200年生きれば、特殊な能力を身につける者もいるのだろう。たとえばBlack Mountainで出会ったRaulは、RangerであるSiを凌ぐほどの早撃ちの腕前を持っていた。Deanも、そうした異常な技術を身につけたGhoulかもしれない。何せ、この化け物だらけのSierra Madreで生き残っているのだ。
「大丈夫だ」
心配するなよ、と言いながらも、しかしSiは、危ないから少し離れていろと言い添えるのを忘れなかった。

「よぉ、やっと来たか」
舞台裏に入ると、階段の上からDean Dominoが立っていた。銃はまだホルスターの中に入っている。
「お? Veraはどうした。そうか、おまえが隠したんだな、Sinclar……、200年も経ってるっていうのに、まだ邪魔するなんてなぁ」
「おれはSinclarなんて名前じゃない」
「五月蠅え! おれは騙されねぇぞ!」Deanはそう激昂してみた後に、すぐさま表情を愉悦に転じた。その変化は傍から見ていても不気味でさえある。「おまえのことは、ずっと昔から気に入らなかったんだ。ようやく決着を付けられる。さぁ、決闘だ、Sinclar! おまえから先に抜かせやる、撃ってみろよ、不能野郎」

そう言ってDeanは大仰な身振りで手を大きく広げるのだから、普通なら、この状態からSiが抜き撃てば早撃ちで制せるはずだ。しかしこれだけ余裕を見せているからには早撃ちに関して相当な腕前があるのだろう。Siを凌ぐ腕前があるという自負があるのだ。虚勢ではなく。

Siは抜けなかった。抜けば撃たれるとわかっていてなお、撃てるはずがない。
「どうしたSinclar、おまえが抜かないんなら、おれのほうから……」

Deanは言い切る前にPolice Pistolを抜いていた。Siに向けてではない。彼のすぐ側方に登場した人物に向けてだった。
(気付かれたっ!?)
Sumikaは息を呑んだ。舞台裏二階に現れた人物はKutoである。SiがDeanの注意を惹き付けている間に、Kutoが奇襲をかける。それがKutoの立てた作戦であった。
それが、失敗した。奇襲が見破られてしまっては、老練のGhoulに勝てるはずがない。Sumikaはそう思った。

だが、DeanのPolice Pistolから弾丸が射出されることはなかった。
「Vera………」
Deanは拳銃を構えた手をだらんと下げて、呆然と呟くだけだった。
Kutoは、Christeanのいたホテルのスウィートルームで見つけたドレスを着ていた。あの部屋で死んでいた女が、Veraだ。頭にはSierra MadreのヘルメットをつけたKutoが、DeanにはVeraにしか見えないらしい。

やっとおれの元に来てくれたんだな。
そう呟いたDeanの頭は、KutoのAutomatic Rifleによって粉々に砕けた。


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