明日奪われて
Out of Time


「ねぇ、ママ。どうしてわたしはWenlongなんて名前なの?」
 幼い頃、わたしは近所の少年たちに虐められてベソをかいて戻って来るたび、母にこんなことを訊いたのを覚えている。

「Longっていうのは龍って意味よ。あなたの髪は黒檀みたいに綺麗な黒でしょう? それはね、あなたのおばあちゃんのおじいちゃんに、東洋の人がいたからなの。  あなたが産まれたときには吃驚して……、おばあいちゃんのおじいちゃんの祖国に肖った名前にしようって思ったの。ドラゴンは東洋では神さまで、それで、Wenlong。漢字だと、こう書くんですって」  と母は拙い手つきで『文龍』と描いてみせた。
「こんなの、やだ。だって、みんな虐めてくるもの。Wenlong Youngじゃなくて、楊文龍だって。拾われっ児だって。敵国人だって」 「あなたはWenlong Youngだし、わたしの子だし、アメリカ人よ。大丈夫」 「でも、やだ」
 そう言うと、母が悲しそうな顔になった。「ごめんね、Lon。でもね、わたしはあなたが産まれたときに本当に、綺麗だなって思ったの。神さまがくれた子だって。大事にしたいなって。だから――」
「うん」

 母が悲しそうな顔になると、わたしはそれ以上自分の名について文句を言えなかった。たったひとりでわたしを育ててくれた優しい母だった。綺麗で、聡明で、完璧な母だった。――センスが絶望的に無かったことを除けば。

「Lon、あなたは優しい子だわ。可愛らしくて、頭が良くて、何もかも完璧で――ちょっと泣き虫だけれど。だから、ね。泣かないで」
 と母は最後になるといつもこうやって言い聞かせてくれた。
「大丈夫。ぜったいに、あなたのことを好きになってくれる人がいるから」

 ママ、あなたの言ったことは本当でした。
 でも――。



 機械の壁越しに聞く射撃音は、拍子抜けするほど小さかった。だから目の前で夫――Nateの頭から噴き出す血を見なければ、鮮血を浴びる男から目を背けることができれば、きっと夢か何かのように思えたことだろう。


 だがLonは、目の前の男から目を逸らせなかった――いや、逸らさなかった。

「中国人か。おい、Vaultに中国人か。おい、こいつは傑作だ!」
 返り血を浴びた男は、Lonを拘束している機械の窓に顔を近づけ、歯を見せて手を叩いて笑った。こいつは傑作だ、こいつは傑作だ、と。


「ま、こっちは……、今はいいか」
 存分に笑ったあとで、そう吐き捨てて男は去っていった。まるで病原菌対策をしている救急医療従事者みたいなスーツを着た人物を連れて。 

 それから何分とも、何時間とも、何日とも知れぬ時間が経ってから、ようやくLonは機械の外に出ることができた。呼吸が苦しく、心臓が早鐘のように鳴っていたのは、おそらく冷凍睡眠装置なのだろう――この装置の中から出たばかりだったから、というわけでもなかった。

 Lonは這うようにして、対面の冷凍睡眠装置に近づいた。どんどんと扉を叩いた。手探りで開閉装置を探り当てて、ようやく開いた。
 再冷凍が始まった冷凍睡眠装置の中の夫は、もはや息をしていなかった。
「ママ――」
 Lonはついぞ今しがたこの世の人ではなくなった目の前の夫ではなく、ずっと昔に死んだ己の母親に向けて無意識に語り出していた。

 わたしの大事な人は、わたしの目の前で撃ち殺されました。
 あの男に奪われました。
 だからもう、わたしは死んでしまいたいのです。
 でも、わたしはまだ生きます。
 あの男が奪ったのは、夫だけではないからです。

 Lonは床に手をつき、フェンスに背中を預けて、力の入らない足で立ち上がった。
 あの男は、夫が抱いていたLonたちの息子を奪っていった。まだ立ち上がることも、言葉を話すことすらもかなわない、Lonの、LonとNateの愛しいShaunを。

(――わたしの子を、取り返す!)


 凍り付いた夫の手から、結婚指輪を取り外した。もはやこの身体に、夫の魂は宿ってはいない。だがもしかすると、この指輪の中に宿ってくれているかもしれない。

ADDED: Wedding Ring

「だから、少しだけ待ってて」とLonは今度は夫の遺体に向けて語った。「必ず、あなたをこんな目に遭わせてやつを見つけて、Shaunを取り返すから」

 夫の身体を冷凍保存しなおすと、LonはVault 111の出口に向けて歩き出した。




NAME: Lon (Wenlong Young)
SEX: Female
SPECIAL: 644372
EQUIPMENT: Vault 111 Jumpsuit




0 コメント :

コメントを投稿

 
Toggle Footer