眼下には廃墟と化した町並みが広がっていた。


(あの日――)
 あの日、多くの人が死んだのだろう。悲哀と恐怖と怒りとともに。
 だがLonにとってはそんなことはどうでもいいことだ。ああ、他人の悲しみに付き合うつもりはないのだ。
 Lonにとって重要なのは家族のことだけで、夫は殺され、息子が奪われたという事実だけだ。

 Lonはつい数日前のように感じる過去を思い返そうとした。



『あっ、今光りました! 爆発音も聞こえます! あっ――』
 いつもと変わらぬ日常は、テレビのニュースで断ち切られた。
 爆発と閃光を報告する報道記者の中継は途切れてしまい、テレビ局のアナウンサーが映る。
『申し訳ございません。中継局との通信が途絶しました……。少々お待ちください。現在情報の確認中です。視聴者のみなさん、落ち着いてお待ちください。落ち着いて』
 報道記者と同様、明らかにアナウンサーも焦った様子だった。
 

 テレビカメラの目の前を、何人もの人間が通り、最後にアナウンサーに書面が手渡された。
『情報が確認されました。New YorkとPennsylvaniaで核爆発が起こりました』
 ああ、神よ。アナウンサーは呟いた。たぶん、テレビの前にいたほとんどの人間が同じように呟いたことだろう。

 中国との戦争激化によって齎された核爆発という結果に、Lonと夫のNateは、赤子のShaunを抱きかかえて家を飛び出した。本来ならば、家に閉じこもって震えるか、でなければ買い出しに行くくらいしかできなかっただろう。
 だが当時のLonたちには希望があった。ニュース放送の直前にやってきたセールスマンめいた男——Vault-Tecの営業マンは、Lonの家庭がVault 111という近隣の地下シェルターの優先入居権に当選したと伝えてきていたからだ。


 混乱に陥る見知った町並みを尻目に、フェンスの前で泣き崩れる人々を横目に、自分たちは幸運だと思った。すぐ近くで眩しいばかりの爆発が起きたときも、すぐにエレベータが地下へと下がり始めたから、もうこれで安心だと思った。


 近代的な地下塹壕ともいえるVaultは清潔で、Vault-Tecの職員である医師たちは、制服だというVault 111 Jumpsuitを手渡したあと、除染と減圧症対策の装置だというポッドに入るよう促してきた。

ADDED: Vault 111 Jumpsuit

 結局、ここがあなたたちの新しい家だ、などという耳障りの良い言葉で騙されたのだと、Lonは長い時を経て知った。ポッドは除染処理のためのものなどではなく、冷凍保存装置だった。
(でも、どうして………?)
 なぜあんなふうに騙し討ちのようなことをして、冷凍保存などさせたのだろう。目覚めたばかりで軋む身体を引き摺りながら、Lonは疑問を抱いた。
 核戦争の脅威に怯えて地下塹壕で細々と暮らすよりは、冷凍保存で長期睡眠に陥ったほうが健全だという気もしないでもない。今のところ、少し気怠い以外には身体に異常は感じないので、おそらく後遺症もないのだろう。冷凍睡眠の安全性をきちんと説明してくれたら、こんなふうに嘘を吐かれなくても、冷凍睡眠していたかもしれないのに。


 そうした疑問に対する回答は、Vaultを脱出するためにはOverseerという役職の部屋を経由しなければならないことをTerminalで知ったLonが、実際にOverseerの部屋に赴き、そのTerminalを覗いて知ることができた。

『Vault 111は不可知状態における長期間の不活性状態による影響の研究を目的として運用される』


 研究のため。
 OverseerのTerminalには、その他緊急時の対応や長期保存に関する注意点など、さまざまな内容が記録されていたが、このVault 111という場所が対核戦争用のシェルターなどではなく、人体実験のための施設であることは明らかだった。

 くそったれ。そんなの知るか。
 既にLonたちはVaultに入ってしまった。夫は殺されてしまった。息子は奪われてしまった。

 だからLonは思考を切り替えなければならなかった。過去ではなく、未来へと。Vaultの出入り口の白骨死体からPip-Boyを奪い、出入り口を開いた。



 Lonは大きく深呼吸をしてから、Pip-Boyの表示を確かめた。呼吸は正常にできるし、ガイガーカウンターも強い放射線は検知していない。
 それでも——それでも街が一変してしまったことには変わりない。眼下に広がる町並みは崩れ、破壊の痕跡が覗いている。

(それにしても……、どれくらい眠っていたのだろう?)
 Lonは家路への道を歩きながら考えた。Vaultの中にも外にも死体があったが、それらはすべて白骨化していた。
 死体が骨になるまでの時間なんて知らないが、風雨に曝される屋外ならともかく、密閉空間のVaultの中で死体が白骨になるのは、数週間や数ヶ月では済まないような気がする。


 それに、とVaultの中にいたとある生き物のことを思い出せば、身体中の毛が逆立つのを感じる。主婦なら誰しもが敵対しているあの黒い生物の、巨大化したようなのがVaultの中をうろついていたのだ。しかも、Lonを見るなり襲いかかってきた。
 もしかすると死体はあの黒いのに喰われて白骨化が早まったのかもしれない。だがそうだとしても、あんなふうなこれまで見たことがない生物が誕生するまで、どれくらいの時間が必要なのだろう?


 Lonは思考に没頭して足が止まっていたことに気付き、考えを振り払った。どれだけ考えても推測にしかならない。とにかく今は、自分の目と足で確かめてみるべきだろう。

 家に戻ってみると、懐かしい顔があった。無機質な球形ボディに三つのカメラ・アイはどこか珍妙だが、見知った顔に出会えたというだけでも波だが出そうだった。


Codsworth!」
『奥さま!』
 Lonが声をかけると、家の前で掃除をしていたMr. HandyというロボットのCodsworthもすぐさま反応した。
『奥さま! 本当に奥さまですか!? わ、わたくしが生きている間にまたお見えできるなんて………! いえ、わたくしはもともと生きてはいませんが』

 歓喜と冗談を交えた発言に、Lonは思わず笑みを零してしまった。家政婦ロボットのプログラムされた動作とはいっても、それでも、その気遣いが愛おしい。
「あなたが無事で良かった。街がこんなふうになっちゃったんだもの」とLonは周囲を見回した。自宅は壁に穴が空き、窓はすべて割れ、金属製品は錆び付いていたが、それはマシなほうだ。隣家には完全に倒壊した家屋さえあった。

『ええ、ええ、苦節200年——何度も絶望しそうにもなりましたが、もちろんわたくしはずっとお待ちしておりました』
「え? 何年?」
『200年ぶり——正確には210年でございます、奥さま』


 200年。
 2世紀という期間の長さに、Lonは目の前が真っ暗になるのを感じた。



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