かくもあらねば/07/02
2
REPCOONロケット試験場からNovacへ戻ったのは昨日の午前中だった。
ロケット打ち上げが無事失敗した後、Kutoは地下の通信施設に残った様子を見に行ったが、そこにいるはずの禿頭の男、Chrisの姿はその場にはなかった。またどこか心を閉ざして寄生する先を見つけるために旅に出たのかもしれない。彼がどんな理由でどこへ行こうとも、REPCONNにいたGhoulがいなくなった今となってはKutoには関係ないことだ。Kutoにはもっと大事なことがある。
Novacに着いたときには9時ちょうどだった。
きっと間に合う。そう信じて 恐竜の土産屋に入り、階段を駆け上がる。
「Booneさん!」
恐竜の口にいた男は、しかしBooneではなかった。KutoにREPCOONのGhoul退治を依頼した黒髪に髯の男、Mannyだ。
「なんだ、あんたか。REPCOONのGhoulは……」
Kutoは大袈裟に溜め息を吐いて肩を落としてみせた。
「いや、別になんだってわけでもないんですが………」Kutoは言葉を濁す。Booneではないのが残念だったというだけのことだ。「あぁ、REPCOONのGhoulだったらもういませんよ。全部死にましたから」
「本当か!?」Mannyは驚いた表情になる。「そんなに簡単にいくわけがないんだが……」
「ロケットの爆発、聞こえませんでしたか?」
Kutoは掻い摘んでREPCOONであった出来事を説明した。最初は疑いの眼差しで見ていたMannyも、話が後半になると半信半疑程度に収まってくれた。どうせMannyにしても、流れ者であるKutoが本当にGhoul退治をしてくれるとは思っていなかったであろうから、半信半疑で十分だろう。
約束は果たした、と言ってKutoはMannyに彼の知る縞のスーツとGreat Khanの男たちの行方について尋ねる。Mannyは、Bounder Cityだ、と言った。
「Bound Cityですか……。どうもです」
そう言ってKutoは恐竜の口を出ようとしたが、Mannyが呼び止める。
「あんた、ずいぶん熱心にあいつらを探そうとしていたようだったが、あんまり嬉しそうじゃないな」
「いやぁ、嬉しいですよ」とKutoは応じる。実際それは嘘ではない。ただBooneに会えるかも、と思って会えなかったというのが残念だっただけだ。
夜を待つ。待つ時間は嫌いではない。もちろん手足が拘束されておらず、自由に動ける場合は、だが。
21時前になって、Kutoは作った弁当を持ってモーテルの部屋を出た。ちょうど外を歩いているBooneの姿が見えた。
「Booneさん!」とKutoは2階から手を振ってモーテルの階段を駆け下りる。
Booneは鬱陶しそうにKutoを一瞥し、すぐに仕事場へ歩を進める。そんなクールさも素敵だ。
Kutoは走って追いかけたが、Booneは大股で早足に歩くために、土産屋の階段のところでようやく追いついた。彼の腕に抱きつく。そしてとびきりの笑顔を見せる。
「Booneさん、こんばんは。お久しぶりです」
Booneは腕を振り払い、階段を登って仕事場である恐竜の口に出る。銃の点検をし、Mannyに交代を告げる。Mannyが頷き、出て行く。彼は仕事場を出る際にKutoを一瞥した。
ちょっと悔しい。
でもめげない。
「REPCOONのほうからGhoulが退治されたって話、知ってます?」Kutoは訊く。反応はないが、そのまま続ける。「Ghoul追い払ったのはわたしなんですよ」
Booneの視線が動く。視線は腰元へ。いや、9mmピストルへか。
「Booneさん、前に言ってましたよね? 信頼できる人間を探してるって。Novacの人間じゃない、信頼できる人……」Kutoは首を傾げてみせる。「わたしじゃ、駄目ですか?」
「信頼ではない。信用だ」とBoone。
「わたしにできることならお手伝いしますよ」
Booneは僅かな間沈黙した。Kutoはその間、心の中でカウントする。
「探してもらいたいものがある……」
Booneの考えは5カウントに達する前にまとまったようだ。
「探し物ですか」Kutoは弁当の包みを解く。「あ、お夜食作って来たんですが、食べますか?」
Booneは無視。「以前おれがここで見張りをしている間に、Legionの奴隷商人に妻がさらわれた。やつらはいつおれが家にいないか、安全なルートはどこかを完全に把握し、Carlaだけを攫っていった。この町に手引きをした人間がいる。それを探している」
「それで……、奥さんの行方を捜そうというのですか?」
Booneの妻が既に死んでいるという話はMannyから聞いて知っていた。しかしそれを言うのはあまり好印象を与えないだろうな、と思ってKutoは尋ねる。
「妻は死んだ……。おれが知りたいのは」Booneは恐竜の牙に手をかける。表面が崩れて僅かに埃立つ。「Carlaを売った糞野郎だ」
「なるほど……」
今度はKutoは少しの間考える。
取引の仕方はいくらでも考え付いたが、Kutoはその中でももっとも穏やかなものを選んだ。
「もしわたしがその人を見つけたら、どうすれば良いのでしょうか?」
「おれがここにいるときにそいつをそこまで連れてきてくれれば良い」Booneは四角い顎で恐竜の顎から見下ろせる岩場を示した。「おれのNCRの帽を貸してやる……。これが合図だ。そいつを見つけてそこまで連れ出したら帽子を被ってくれ。そうしたらしかるべき処置をする」
しかるべき処置とは殺すことだろう。
「わかりました」とKutoは笑顔で頷いてやる。「お手伝いしますよ」
「よし」Booneは彼の帽子を脱いでKutoへと投げつけた。「この事は任せた。安全のために事が済むまでこのことは喋らん」
「ふたりだけの秘密ということですね」
「おれが妻の身に起きたことを知っているということは、町の誰も知らないはずだ」とBooneはやはりKutoの言葉を無視。その口に弁当箱の中身を放り込んでやりたくなる。「知らないと思わせておくのが最良だ」
(あれ?)
Booneの言葉にふとKutoは疑問を覚えた。
「Booneさんはどうやって奥さんが亡くなったのを知ったんですか?」Kutoは素直にその疑問を口に出す。
「知っているから知っている。おまえが気にすることではない」とBooneはあくまで自然な様子で言った。
Booneと別れた後、KutoはBooneの言葉を考えた。町の誰もがBooneが妻の死を知らないと思っているとBooneは言った。つまりBooneは町の人間から彼の妻の死を報せてもらったわけではないということだろう。ということは、どのようにして知ったのか。Kutoのように、彼に協力した旅人が以前にもいたのか。
Kutoは考え事をするために夜のNovacの町を散歩する。周囲に人の気配がないことを確認してからBooneから貰った帽子の匂いを嗅いでみる。汗臭い。きっとあまり洗っていないに違いない。
モーテルに戻ろうとして、Kutoはあるはずのないものを発見した。身体が強張る。息が止まる。
「よぅ、久しぶりだなぁねえちゃんよぅ。Good Springからはるばるご苦労様ってな」
その無機質な風貌に似合わぬ言葉を発するのはGood Springにいた自称保安官のロボット、Victorだった。
生唾を飲み込む。
飲まれるな!
逃げろ!
Kutoの一番深くて暖かい部分がそう叫ぶ。しかしKutoには彼から逃げるだけの言葉が見つけられない。子供が暗闇に背を向けられぬように、Kutoは無機質な人間味のあるロボットに背を向けることがどうしてもできなかった。
「あなたは……」Kutoは必死で言葉を探った。
「おれはぶらっとしていたらここに来ちまってよぅ」とVictorは勝手に喋る。まるでKutoを逃がさないかのようにしているようだ。「Vegasを目指していたつもりだったが……、事件の臭いを嗅ぎつけちまったかな」
まさか自分がBooneに頼まれたことに気付いたのか、とKutoは戦慄した。そんなはずがないと頭からネガティヴな思考を振り払おうとする。こいつは人間ではないのだ。いくら人間と同じ言葉を使っていても人間ではない。人間の言葉を話していても、それをどれだけ理解しているかわかったものではないのだ。
「しかしこんなところで会うとはまったく奇遇なもんだよなぁ。あんたの綺麗な顔が見られて嬉しいぜ」
同じ人間であれば、ハードウェアの構造が近いためにきっと同じ思考をしているのだろうと想像することができる。しかし相手がロボットであれば、そうは思えない。こちらの想像の及ばない怪物。化け物。
「そうそう、あんたが探していた縞のスーツの男は見つかったのかい? おれのほうでも探しているんだが、見つからなくってね。ま、この辺で聞き込みするのも良いじゃないか? Novacは良い町だ。旅人はたいていここを訪れる」
じゃあな、また会おうぜ、と言ってVictorは背を見せて去っていく。
Vicotrの姿が完全に見えなくなるまで、Kutoは動かなかった。心の中でその時間をカウントする。
ロボットが視界から消え、カウントが300を越えてもKutoは動けないでいた。
翌日の目覚めは最悪だったが、KutoはBooneに頼まれた用件についての聞き込みを始めた。
Booneの同僚、Manny Vegas。
「なにか用か?」
Booneの妻を嫌っていた人物は?
「みんなさ。この町にあの女の友人といえる人間はいなかったな。あの女のほうでもそれで良い、って感じで。あの女は自分の部屋に一日中篭りっきりで、不幸を嘆いていればそれで十分って人間だったのさ。あいつはいつでも人を混乱させた……。あんたもあいつと会っていれば、好きになることはなかっただろうさ」
土産屋店主、Cliff Briscoe。
「おぉ、いらっしゃい。なにを買っていく?」
Booneの妻について知っていることは?
「あんまり喋れることはないよ。うちに来て買い物をしていくのはたいていBooneのほうで……。奥さんのほうが来たのは一度だけだったかな。そのときも長くはいなかった。あのときは、そう、酸っぱい臭いが……、いや、良い匂いだったかな。よく覚えてない」
モーテルの女主人、Jeannie May Crawford。
「おかえりなさい、なにか面白いものはあった?」
Booneの妻はどんな人物だった?
「彼女は、そう……、どう言ったら良いのかしら……、サボテンの花のような人だったわ。とても綺麗な方で……、でも誰も自分の周りに近づけようとはしなかった。彼女はきっと、こういう町で過ごしたことがなかったんでしょうね。Vegasの眩しい光とあくせくした生き方を切望していた……。Booneもいつかこの町に見切りをつけようと思っていたみたいだけれど、彼女はそのいつかが待てなかったのね」
町のものに話を訊いて回る。
Kutoは一度部屋にベッドに寝転んで考えを廻らせ、結論に達してからは一度Novacの町を隅々まで回ってVictorがまだこの町にいないかどうか確かめる。
そして夜になって、Kutoはその人物を呼び出す。
話したいことがあるので一緒に来てくれと言うと、その人物はまったく疑う素振りを見せずについてきた。恐竜の口の前まで誘導する。
いったい話したいこととは何か、とその人物は言った。
「こういうことですよ」
KutoはBooneに貰った帽子を被った。
恐竜の口から発射された.308口径ホローポイント弾は精密にKutoの目の前の人物の頭部に侵入した。左の米神から頭部に入ってきたホローポイント弾の弾頭は皮膚と肉の弾性によって捲れ上がり、キノコの笠のように広がった。広がりきったホローポイント弾の弾頭は頭部の中央で留まり、周辺の神経組織や血管をずたずたに切り裂き、眼球を弾く。宙に浮いた眼球は空中で弾けて塩分濃度の高い水と肉片を飛散させた。
Jeannie May Crawfordはしばらくの間痙攣していたが、やがて静かになった。死んだのだ。
前へ
0 件のコメント:
コメントを投稿