天国/03/03
3日目
シャリズ市外の盗賊を襲撃し、アジトの場所が先日訪れたヤン・アスアディにあるということを知ったセドたちは、盗賊たちのアジトを襲撃。無事にシャリズの商人の弟を救い出した。
商人の弟を送り届けて、シャリズの商人に報告したセドは暗い顔で宿酒場で呑んでいたカトリンやレザリットの元に戻ることになった。
「どうしたの?」とカトリンがいち早くセドの表情に気付いて声をかけた。「わかった、お金払ってくれなかった」
セドは首を振る。200ディナルも貰ってしまった。
「財布を落とした」
次はレザリットが言ったが、違う。ちゃんとお金はある。
実はシャリズの商人に次なる依頼を頼まれてしまったのだ。セドはふたりにその以来について説明した。
シャリズの商人は、盗賊紛いのこと、というよりほとんど盗賊同然の警備隊長の罪を白日の下に晒そうとしているらしい。彼がセドに頼んできたのは、警備隊長の屋敷を襲撃することだった。彼の行ってきた罪の証拠や盗賊仲間を捕縛し、サラン朝を治めるハキム帝に引き渡そうというのだ。
「怪しいなぁ……」カトリンは渋い顔になる。「ただの商人同士の争いなんじゃないの、それ」
「ありえるな」レザリットが頷く。「だいたいあの男がそこまで警備隊長が盗賊の首領だと決め付けられる理由はなんだ? 屋敷を襲撃するっていうのも急すぎる話だろう。商売敵を殺しておいて、雇われのおれたちを犯人にしようっていう話かもしれん」
「でも……、その警備隊長って、わたしの知らない人じゃないっぽいんだよね」
言いにくさを感じつつ、セドは告白した。
盗賊たちの首領らしい警備隊長は、どうやらセドが2日前に訪ね、彼の元に届けるはずだった品を失ってしまったことを謝った商人らしいのだ。シャリズの商人は、警備隊長はある高額商品を仕入れるのに有り金をほとんど使ったものの、その商品を運び入れる隊商が盗賊に襲われてしまった。その結果大きな損失を背負い、盗賊のようなことをするようになったのだという。
「確かに知ってる知らないでいえば知らないわけじゃないかもしれないけど、あなたが責任を感じることでもないでしょう?」とカトリンが優しい声で言う。「危ない橋を渡ることはないよ」
「でも………」
「まだなにかあるの?」
「あと100ディナルくれるって」
セドが先日売らされた馬は、売ったときには50ディナルにも満たなかったのに、今では432ディナルもの値段がついていた。これまでの賃金や盗賊のアジトを襲撃して手に入れた金で、現在の所持金は353ディナル。あと100ディナルあれば453ディナル。馬を買うのに十分な金が集まる。
カトリンが大きく溜め息を吐いた。レザリットも首を振る。
ふたりとも嫌々に見えたが、もう受けてしまった以上は仕方がないということでセドとともに屋敷襲撃作戦に加わってくれることになった。いちおう少し前までサラン朝に士官していたレザリットによれば、シャリズの商人の人間としての評価はそう悪くはないらしい。良くもないから油断はできない、ともレザリットは付け足していたが。
襲撃作戦は真昼間に行われた。この時間帯のほうが下手に同士討ちにならないし、相手も油断しているだろう、というのがシャリズの商人の主張だった。
万が一すべてがシャリズの商人の勘違いだったり、彼の姦計だったりしてはいけないと思い、セドは殺さぬよう長柄の棒で戦った。しかしシャリズの商人に協力しているという市民や警備兵は剣やナイフを使っていたので、殺さぬようにという手加減は無用だったかもしれない。
襲撃そのものは成功したものの、警備隊長の盗賊仲間や盗賊行為の証拠がきちんと見つかったのかどうかまではセドにはわからなかった。
襲撃後、シャリズの商人の家で待機していたセドは、少し時間が経ってから戻ってきたシャリズの商人から、いま警備隊長に拷問をしているから、じきにすべて吐くだろうという話を聞いた。本当に彼の言っていることが正しいのかどうかわからなかったが、何はともあれ100ディナル手に入った。これで馬が買い戻せる。また次なる厄介ごとを背負い込まされないうちに、セドは商人の家を退散した。
閉店間際の馬商に行き、馬を買い戻す。
「おかえりっ」
セドは鞍もつける前に馬の背に抱きつき、チョコレート色の鬣を撫でてやった。馬は鼻を鳴らし、彼女の髪の匂いを嗅いできた。
「おめでとう」とカトリンが追いついてきて言った。「買い戻せたのは良いけど、わたしの分の給料は忘れないでね」
財布にはもう19ディナルしかない。カトリンの言葉はセドの財布事情をよく知ったものだったといえる。
「これからどうするんだ」とレザリット。
「いやぁ……」セドは首を回し、馬に視線をやった。「どうしましょう」
「なにも考えてないのか」
「えっと、とりあえずお金を稼がないと……、この子の食い扶持も稼がなきゃですし、とりあえず隊商の護衛とか、行商とか、そういう簡単なお仕事やってお金を稼ごうかな、と」
「だったらちょうど良い仕事があるぞ。ナッラへの隊商の護衛だ。無事に送り届ければ167ディナル」
カトリンが口を挟む。「ナッラだったら、ついでに羊毛を運べば1つあたりだいたい11ディナルになるね」
「ふたりとも……」セドはカトリンとレザリットの顔を交互に見た。「まだいっしょに来てくれるんですか?」
翌日から、セド、カトリン、レザリットたちは買えるだけ羊毛を買い上げ、隊商とともにナッラへ向かった。
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