アメリカか死か/08/02 Scientific Pursuits-2

 Rivet Cityの警備員の男はこちらにライフルの銃口を向けていた。引き金に指をかけているわけでも、狙いを正確に急所に向けているわけでもなかったが、やはり銃で狙われている以上は緊張してしまう。
人を探しに来たんですが………」
「人? 名前は
Jamesという中年男性です」
「James? 知らんな。もしここの住人だったら、おれが知らないはずがないんだが………」
 言いながら警備員の銃口が持ち上がる。
 背筋に汗が流れる。「えっと、彼はここに住んでいるというわけじゃなくって……、その人もここに人に会いに来たらしいんですけど」
「そのおっさんが会いに来たやつの名前は?」
「えっと、Dr……」Lynnは必死にThree Dogから聞いた名を思い出そうとした。
「Dr?」
Dr. Liだったかと………」
「なるほど、Li博士の知り合いか」警備員の男は銃口をLynnから逸らし、肩に担ぐ。「いや、知り合いの知り合いか。おれはHarknessだ」


Lynnです」
「Li博士に用があるんなら、直接彼女に訊くんだな。たぶん研究室にいるだろう」
「信用してもらえて何よりです」
 そう言ったLynnの頭に、Harknessはライフルの銃口を突きつけた。「勘違いするな、信用はしていない。何かあったらこいつを頭にぶち込んでやるから、せいぜいここじゃあ大人しくしてるんだな」

 Lynnは制止してひたすら頷くしかなかった。Harknessという男は一切無駄のない筋肉をしているように見えた。まるで精巧なロボットのようだ。少なくとも変身していない状態のLynnでは、殴り合いに持ち込んでも勝てはしないだろう。
 これ以上彼を刺激しないうちに、Lynnは逃げるようにLivet Cityに入った。Harknessが言った研究室なる場所を探す。

 十分後。


(迷った………)
 Livet Cityは外観通りに船を改造した街らしく、どこも似たような通路が迷路のように広がっていて、Lynnはすぐに迷子になった。いちおう壁に案内らしき標識はかかっているのだが、今のところ研究室に向けられた矢印は見ていない。もっと奥深くにあるのかもしれないが、ややもすると外に出れなくなりそうだ。

「Lynn?」
 誰かに尋ねようと辺りを見回していたときに、聞き覚えのある高い声が聞こえた。視線を少し下げると、GrayditchのBryanの姿があった。
「Lynn!」と彼はLynnの足元に抱きついてきた。「無事だったんだね、良かった」
「Bryanも」Lynnは彼の頭を撫でてやった。

 LynnはMarigold地下鉄駅の探索を行った結果、女王蟻を見つけそれを倒した、と話した。
Leskoは……、亡くなっていたよ。やっぱりLeskoはFire Antを研究していたみたいだ。彼の研究結果がなかったら、女王蟻は倒せなかったし、どうすれば蟻を全滅させられるかわからなかった
 Lynnの言葉はすべてが嘘というわけではなかった。Leskoは死んだし、彼がFire Antの研究をしていたのは本当だ。彼がいなければ、Fire Antの女王の居場所はなかなか見つからなかったに違いない。

「そう………」Bryanは視線を下げ、悲しそうな顔になった。
「でも、もう大丈夫だ」とLynnは慌てて言う。「あんな蟻はもう出てこない。ここの暮らしはどうだい?」
「うん、Veraはすごい良い人だよ。すっごい美人だし……」Bryanは明るい表情に戻ってきょろきょろと辺りを見回し、Lynnにしゃがむように促すと、耳元に口を近づけて囁いた。「おっぱいもでかいし」


「あ、そう」Lynnは苦笑いした。これだけ冗談が言えるようなら、確かに彼の今の環境は良いものなのだろう。「今はどうしてるの?」
「Veraはさぁ、美人だしおっぱいもでかいけど、けっこう人使いが荒いんだ。ぼくは部屋の掃除とか、ホテルのボーイみたいなことやってる。きちんと働くと、すっごく褒めてくれるんだけどね。あ、Lynn、Livet Cityにはなにしに来たの?」
Jamesが会いにきたというDr.Liなる人物を探していたが、迷ってしまった、とLynnは正直に伝えた。
「ここって迷いやすいもんね」とBryanが笑う。「ぼくはもう全然大丈夫だけど。鬼ごっことかかくれんぼしてたら、すぐに道なんて覚えちゃったし」
「友だちはできたのかい?」
「うん」満面の笑みでBryanは頷いた。「全部……、全部Lynnと……、それに、Ritaのおかげだよ。ふたりとも、ほんとにヒーローだよ」

 彼がLynnのことをヒーローと呼んだのは、LynnがFire Antの女王蟻を倒したというのもあるだろうが、彼がLynnの変身を見たからだろう。Lynnの姿や変身能力は、確かにヒーローそのものだ。
 だがもしそんな力もなく、ただ自分の身と技術ひとつで脅かす敵を退け、自分の正義に従って怯むことなく行動し、悪を殺すことよりも弱きを守ることを優先する人間がいるとすれば、その人間のほうこそがヒーローと呼ばれるべきだろう。Lynnはそう思った。

Ritaはどうしたんだい?」とBryanに案内してもらいながら、Lynnは尋ねた。「まだRivet Cityにいるの?」
「ううん、もう行っちゃった。ぼくをここまで送ってくれて……、あ、Ritaも研究室に行ったって聞いたなぁ。で、マーケットに行った後にすぐ出てっちゃったよ。えっと、Jefferson記念館に行くって言ってたかな」
「Jefferson記念館?」
「Livet Cityの南西にある建物。ぼくはまだ行ったことないけどね」
「そこに何かあるの?」
「そこまでは聞いてなかったなぁ……」

(Jeffeson記念館か………)
 もしLi博士から碌な情報が引き出せなければ、そこに行ってみようとLynnはその名前を頭に刻み込む。
「LynnとRitaってさぁ」とBryan。「恋人同士なの?」
「なんで?」急な言葉に、Lynnは動揺した。
「ふたりとも強いし、なんか仲が良さそうだったから」
Grayditchでのあのやり取りを聞いてLynnとRitaが仲が良さそうに見えたのだとすれば、Bryanは大物になるかもしれない。
そのような事実は一切ない、とLynnは否定した。
「ふぅん………。あ、ここがLivet Cityの研究室だよ。Liって人も、ここにいる」
 Bryanの言うとおり、確かにその扉の傍には研究室を示すプレートが下がっていた。
 Lynnは重厚なドアノブに手を掛け、それを下げる前に訊いてみることにした。「ちなみに、Li博士ってどういう人?
Veraと正反対の人」すぐさまBryanは答えた。
「おれはまだ、そのVeraさんに会ってないんだけど」
「Veraは美人で、優しくて、柔らかくて、おっぱい大きくて、はきはきしてて、近くにいると元気になる感じの人だよ」
 つまり美人とはお世辞にも言えず、厳しく、硬く、近くに居るだけで元気がなくなりそうなタイプということか。Lynnは会う前から気分が落ち込んだ。


 研究室で会ったLi博士は、だいたいBryanが言ったとおりの人物だった。

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