天国/05/0日目
0日目
蠍、蠱毒にて育つこと
フライチン女伯は馬に乗ったまま丘の上から破壊された村を一望していた。
ハワハという、サラン朝の小さな村である。首都であるシャリズにほど近いながら、ロドック王国との国境沿いにあるため、戦となるとしばしば戦場となる村だ。今日もすぐ傍でロドック王国とサラン朝の争いがあり、その余波とその後の略奪行為によって、男は殺され、女は犯され、家畜や食料は盗まれ、家には火がかけられ、村は壊滅状態にあった。
自分が男だとすれば、この風景を見て心が躍るのだろうか。
フライチン女伯はそんなことを思った。兵士による略奪は珍しくないことだ。ほとんどの兵士は男で、ならば男の性がこの略奪に表れているのかもしれない。
何気なく、彼女は丘を降りて村々を見て廻った。既にほとんどの兵士は略奪を終えていて、村に残されているのは死体と瓦礫の山ばかりである。
が、その中に、ふと動くものの姿を見つけた。女伯が近づくと、その影はびくりと震えた。
「あ、ああ………」
言葉にならぬ声をあげるその生き物は、ひとりの子どもだった。年端もゆかない少女だというのに、略奪を行った兵士たちはまさしくあらゆるものを奪っていったらしい。馬に乗り、鎧を着込んだ女伯に怯えていた。
たとえ幼い子どもであっても、略奪の対象となることは珍しいことではない。
しかし女伯は兜を脱いで自分が女であることを示し、何もしないから怯えるなと言ってやった。
惹き付けられたのは少女の美しさだった。煉瓦色の肌に黒の髪は、サランの人間としてけして珍しいものではないが、その容姿は均整がとれたものであり、特に翡翠色の瞳の美しさは都でも類を見ないほどだった。なるほど、怯えるほどに陵辱されたというわけだ。
女伯は持っていた布地で少女の身体から体液をふき取り、身体に巻いてやった。農民では一生かかっても買えないほどの高価な布地ではあったが、この少女にくれてやるなら惜しくはない。そんなふうに思った。
「ハキム帝が憎いと思わないか」
女伯はそんな問いを投げかけてみた。
が、少女は呆然としていて答えなかった。
ハキムだ、ハキム、と言ってやる。「なんだ、おまえは自分の国の王の名前も知らないのか。ハキムだ。おまえの王の名は」
「名前は、知ってる」
少女はか細い声で応じた。
「でも、悪いのは王さまじゃなくって、敵の王さま」
「グラヴェスだな。ロドックの王は」女伯は自分を指差し、「わたしもロドックの人間だぞ」と言ってみる。
びくと少女は震えたが、逃げ出したりはしなかった。
「でも、酷いことしないから………」
(ふむ)
少女の言葉を聞きながら、女伯の頭にはある計画が出来上がっていた。
「ハキムは酷いことをしなかったか」
「酷いこと? 何も、してない。したのは敵の兵隊さんで……」
「何もしなかった。それだ」と女伯は得たりと、少女を指差す。「何もしなかった。なんで何もしてくれない。守ってくれたって良いじゃないか。おまえの母親や父親は、一生懸命に働いて年貢を納めていた。ハワハはハキムの直轄の領土だからな。それなのに、なぜ守ってくれない。農民は働き、聖職者は祈り、そして貴族は守る。これがカルラディアの理想のはずだ。貴族は騎士だからな。なのに、何故守ってくれない。ハキムの怠慢だろう」
少女はじいと話を聞いていた。話の内容が理解できたわけではなかろうが、女伯の言葉に惹き付けられているであろうことは確かだった。
「なぁ、ハキムに復讐したくはないか」
女伯はそんなことを言って、手を差し出した。元はといえば略奪したのはロドック兵なのに、われながら酷い言い草である。
しかし少女は手をとった。
その日から、女伯は少女を育てることに力を注いだ。格闘術や武器の扱いのみならず、馬の乗り方や文字の書き方、食事の作法や寝物語に至るまで、少女に叩き込んだ。
調べてみれば、少女はまだ処女だった。どうやら彼女を陵辱したのは、よほど酷い相手だったらしい。しかしその事実は、女伯にとってはこれ以上ないほど好都合だった。
幾年もの月日が流れ、少女は女伯の想定どおりの美しい女になっていた。容姿のみならず、その頃には騎馬試合で女伯に勝利して優勝するほどの腕前になっていた。
「なるほど」と首都ジェルカラの城で言ったのは、ロドックの王であるグラヴェス王である。「これがきみの言っていた女かね、女伯?」
「その通りです」と女伯は頷く。「彼女なら必ずや任を達することができるでしょう。その暁には……」
「ああ、わかっている。きみの功績を讃えて城を領土として進呈しよう」
ふたりのやりとりの間で、女はただ黙って立っていた。心の中で何を考えているかは定かではない。
「しかしこれでは、サランの王にくれてやるのが惜しいな」とグラヴェス王が言った。「なぁ、女伯よ。任に当たる前に一日だけ、この女をわしに貸してもらえぬか?」
「いえ、王よ。任を達成しやすくするには、穢れなき身体のままでいてもらわなくてはなりません。申し訳有りませんが……」
「ぬぅ、そうか、まだ初物のままか……。やはり惜しい。まぁそれだけ期待できるということか」
「まったく、あの助平親爺め……。ここまでの苦労を水の泡にするつもりか」
満足そうなグラヴェス王が離れてから、フライチン女伯は舌打ちした。
「女伯」と女がぽつりと呟いた。「出立は今日で?」
「ああ、そうだ。行って来い。「わかっているな、ラナ……」
ハキムを殺せ。
その命を受け、ラナはサラン朝へと旅立った。
Name: Rana
Sex: Female
Descents:
【Pedigree】盗賊
【Childhood】街の悪童
【Splingtime】貴族の侍女
【Ambition】敵討ち
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