かくもあらねば/23/03
「そういえば、Vaultに居たときに見た映画なんだけど……」
荒廃したWastelandでも閉ざされたVaultでも共通している常識から外れた、金属の壁面や床から生えている植物を眺めながら、Sumikaは言葉を紡いだ。
「植物と人間の合成怪人みたいなのが出てきたよ」
「ほぉ。で、その合成怪人ってのは何ができるんだ? 光合成とか?」
「人を襲って殺すの。それで、その死体を養分にしちゃうんだよ。その死体も起き上がって、怪人になるの」
「そりゃ怖いな。で、弱点はなんだ? 殺虫剤か? 風邪の菌か? コンピュータウィルスか?」
とSiは軽口を崩さない。彼を怖がらせようというSumikaの目論見は崩れ去ってしまった。
「変な処だね、ここ」とSumikaは話題を変えた。「砂漠だらけのMojaveで、こんな植物なんて………」
「まぁな」
Hildren博士から、Vault 22は植物が繁茂しているという話は聞いてはいたが、実際に見てみると驚くべき様相であった。200年前の核戦争で、多くの植物は死に絶えたか、変容してしまった。核の影響が弱かったMojave Wastelandでも、元が砂漠だったこともあるが、植物は上手く育たない。NCRでは畑を作って食糧生産に努めてはいるが、その効率はあまり良くない。
Siは破損していたエレベータの修理をし、地下へと降りた。警戒しながら、Keelyなる人物の名を呼ぶ。入り口は開きっ放しだったので、獣が入り込んでいる可能性がある。こう狭いと、Cazadorの心配はないだろうが、Nightstalkerのような小型の獣くらいならいるかもしれない。
「あれ?」
「どうした」
とSiがSumikaの言葉に反応して声をかけてくる。
「えっと……」
Sumikaは言葉に迷った。己の目が見た光景を、どう形容して良いかが判らなかったからだ。生態兵器として改造されたこの身体は、どんな生物であれ発している体温に対しては敏感だ。息を伏せている生物でも、体温は隠せない。
その体温センサーが、目の前の茂みの中に生物が居るということを捉えていた。体温センサーとは、いわゆるサーモグラフで、物体が発する放射のピークを見極めることで、温度を見ている。
●サーモグラフ
物体の放射の強度はその温度の四乗に比例し、放射フラックスは温度の四乗にステファン・ボルツマン係数を掛け合わせ、さらに射出率を掛け合わせたものとして表すことができる。この射出率が1の物体を黒体という。
また、黒体の発する放射のピークは、その物体の温度に反比例する。多くの物質は地球上の温度帯から発せられる放射に対しては黒体に近いため、この原理を利用して作られるのがサーモグラフである。
だが、奇妙なのだ。そのサーモグラフでは、植物が繁茂する中に何か、植物よりは温度が高い、人間のようなものが倒れているように見える。だが可視光を捉える肉眼で見ようとしても、茂みの中には植物しか見えない。それに人間にしては、体温が些か低すぎるような気がする。死んだばかりの死体か。
違う。
人の姿が動く。起き上がる。死んでいない。人間だ。
「おい、どうしたんだ?」
化け物だ。そう言いたかったが、あまりの状況に言葉が出ない。なんだ、これは。緑色の、緑色の、人間?
その頃にはSiも異変に気付いていた。振り返り、人型の植物に向けて銃を構えた。が、撃たない。彼も混乱しているのだ。もし明らかな敵意があれば、間違いなく撃っていただろう。だがSiにも、その相手が何か解らなかったのだ。
四つん這いになった緑色の人間が跳びかかってきて、ようやく敵意を理解したSi、跳び退りつつHunting Revolver+で撃った。が、狙いが外れた。緑色の人間の側頭部を擦るように当たったものの、弾かれた。Siの動揺がありありと伝わってきた。
誰よりも冷静だったのは、Rexだった。彼は跳びかかってきた緑色の人間に噛み付き、引き倒した。無防備になった緑色に向けて、SiはHunting Revolver+を連射した。弾倉が空になるまで。
「なんなんだ……、これは」
Siが呟いたが、Sumikaもほとんど同じ心境で、答えられなかった。
(これは、なに?)
Vaultで造られた生物兵器だ。間違いない。Vaultが生体実験の場であったことを、Sumikaは身を以って知っている。
だが改めてその異常さを見せ付けられては、言葉もなかった。元は、Sumikaと同じく人間なのだろうか。Vaultの中で本来の成長過程で造り出されたのか、それともVaultを開いた人間によって何らかの目的のために呼び起こされたのか。現在のVaultの惨状を考えれば、前者だろう。植物の力を借りて生態兵器を作り出す実験に成功したものの、人間はすべて死に絶えたというところだろう。人間と植物の合成怪人か。Sumikaの語った怪談が、そのまま真実になってしまった。
「Si、Silas……、開けないでよ」
Sumikaは己の震える声を自覚しつつも、Siに縋った。
彼が開けようとしているのは、Vaultの便所の個室のドアである。Hildren博士に頼まれたデータのダウンロードのためのコンピュータや、Angelaに頼まれたKeelyなる人物の捜索は、未だ続けられていた。
緑色の人間には、何度も何度も出くわした。皆一様に、Siを見るや否や襲い掛かってきた。理性など、期待できそうにもなかった。Siは念入りに弾丸を頭に叩き込んだ。他に、食虫植物を巨大化させたような植物も襲い掛かってきた。怖い。こんなところは、もう厭だ。
Siが個室の戸を開けると、中には予想通り、緑色の人間がいた。跳びかかってきた。撃った。緑色の血が飛び散った。
「Silas………」
もう止めようよ、という言葉がSumikaの口から漏れた。が、Siの歩みは止まらなかった。ひとつひとつの扉を開けていき、Keelyが居ないことを確認してから通路に出た。
「Keelyって人は、もう……、死んでいるかも。でなければ、あの変な緑色に………」
「確かめてみなければ、解らないだろう」
「わたし、怖いよ」
「言っておくけどな」とSiは歩みを止めて振り返った。「おれだって怖いんだよ」
彼の瞳には涙が浮いていて、その言葉が偽りでないということが理解できた。成る程、彼は幼い頃は怪談を聞くと、年上のAniseに寄り添って離れなかった。彼も怖いのだ。
だが、彼がここで進むのを諦めたら、Bitter Springsの孤児たちはどうなる。Hildren博士たちを満足させなくては、Crimson Caravanの仕事もこなせず、Bitter Springsには食料が届けられない。だから、進むしかないのだ。
Siの涙目を見て、Sumikaは失礼ながら笑ってしまった。
なんだ、と憮然とした表情のSiに問われ、「男でしょ、しっかりしてよ」と返す。
「おまえだって、おれより10は年上だろうが」
「年齢なんて関係ないもん。怖いものは怖いんだもん」
「何が、もん、だ。恥ずかしくないのか」
言葉を交わしながら、口元がにやけるのを感じる。びくびくと怖がってはいたが、所詮はただの兵器に過ぎない。たとえ元が人間であれ、いわんや、SiとSumikaはこれまで多くの人間を殺してきた。悲しむことはあれど、今さら恐れることはない。
「が、怖いものは怖い」
やはりびくびくと進まざるを得ないのは、生来の性格のせいだろうか。唯一、Rexだけが勇敢に煽動してくれた。
そのRexが、途中で或る兵器を見つけ出してくれた。
「これなら狙いを外す心配はないし、良いんじゃないか」
とSiが構えて見せたのは、射出口から可燃性瓦斯と炎を発射する火炎放射器、Flamerである。早速、出くわした緑人間に向けて放つ。が、燃えながらも緑人間は向かってくる。生木は燃えにくい。この緑人間が生物なのか植物なのかは判然としないが、どちらにせよ水分を携えていないわけがない。
結局、役に立ったのはRexの牙と、Hunting Revolver+の一撃だった。
地下5階にて、ようやくSiとSumikaはVaultの研究データを発見することができた。幸い、コンピュータは生きており、データのダウンロードは簡単に行えた。
「で、どうする?」
とSiが問う。
「Keelyを探すんでしょ。違うの?」
「怖いだろ。もう帰りたい」
「さっきと言ってることが違うんですけど」
「さっきから、ずっと、怖いっていうのは言ってる。データさえダウンロードすれば、Hildrenも納得するような気がするし、もういいような気がしてきた」
「Si、人助け、人助け。McCaran基地でもCrimson Caravanでも、人助けしたのが役立ったでしょ。頑張ろうよ。帰ったら、好きなもの作ってあげるから、ほら」
うん、と頷くSiが、まるで子どものように見える。Sumikaは久し振りに優位に立ったかのように感じられて、何やら心が嬉しかった。
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