天国の前に/06/28日目 臥龍、弟子を取ること
1245年4月19日
28日目
臥龍、弟子をとること
名 黒川十兵衛
性 大柄な男
力量 10
属性
体力18, 敏捷11, 知性7, 魅力6
技能
【体力】 鋼の肉体1, 強打3, 強投1, 弓術6
【敏捷】 武器熟練2, 盾防御0, アスレチック1, 乗馬3, 馬上弓術2, 略奪2
【知性】 訓練0, 追跡術0, 戦略0, 経路探索1, 観測術0, 荷物管理0, 治療0, 手術0, 応急手当0, 技術者0
【魅力】 仏門4, 芸能0, 統率力2, 取引0
熟練度
弓154, 長柄武器104, 投擲74
具足 錆びた二十四間笠綴筋兜, 足軽胴, 重厚な小手, 粗雑な脛臑当
武装 十文字槍, 精巧な鎖鎌, 重藤弓, 大袋入りの雁股矢
馬 気性の荒い鹿毛馬
仲間 文左衛門, 柳生宗厳
敗北数 1
「これで最後じゃな」
と弓を射た黒川十兵衛は顎を掻く。
「さすがは先生! お見事な腕前です!」
と手を打ったのは、榛色の着物を着た若者である。
それに対し、十兵衛ははぁと息を吐いて、言い返してやる。「馬鹿垂れが。おまえの矢は何本当たった?」
「それは……、一本も当たりませんでしたが………」
「わしの弟子なら、もう少し腕を磨いて欲しいものだな」
「先生、お言葉ですが、わたしが弟子入りしたのは弓ではなく、剣の道です」
「わしは弓一本じゃ」
「槍でも刀でも見事な捌きではありませんか」
「あんなもの、忍びであれば当然の技よ。わしの腕が優れているのではない。おまえの腕が劣っているのだ。さぁ、戻るぞ」
そう言って、十兵衛たちは森を出で、久留里城まで戻った。
先の戦闘は、久留里城からの依頼で、狼藉を働く盗賊たちを退治したのである。報酬を受け取り、旅籠へ戻る。
千葉家との戦での大敗北から、ひと月。
先の戦いで、十兵衛と文左衛門は迅速に逃げたため、肉体的な被害は無かった。だが負けは負けだ。忍びの技、個々人の技量が通用しない数の暴力の前に、十兵衛は打ちのめされた思いだった。
そこに声をかけてきた若者があった。
「黒川十兵衛先生ですね? わたしを弟子にしてください!」
旅籠を訪ねてきたその若者は、急にそんなことを言い出した。その元服したての若者こそが、柳生宗厳である。
「以前、あなたが江戸城で賊をのしているのを拝見したのです。見事な刀捌きでありました。雑用でもなんでも致しますので、どうか弟子にしてください!」
と、彼曰くそういうことであった。
「子どもは家に帰れ」
と十兵衛はすぐに言ってやった。
「帰れません。わたしは大和国(現在の奈良県)より剣の修行のためにやって参りました。これまで十兵衛先生ほどの鋭い剣術をお持ちの方は見たことがありません。どうか!」
「あんちゃん、やめとけ、やめとけ。こいつは忍びだとか言うぞ」
と文左衛門が茶化すが、十兵衛は無視した。気になる言葉があった。
「大和国だ?」
大和国といえば、甲賀のある近江国の隣国である。
近江を出てきてから一年。西の世情には疎くなった。十兵衛の脳裏に浮かぶのは、甲賀卍谷に残してきた女、お雪であった。
「近江は、何か動きがあるか?」
「弟子にしていただけますか?」
「わかったわかった。弟子にしてやるから、近江のことを話せ」
「はい。ありがとうございます、十兵衛先生! ところで路銀が果ててしまい、1800文ほど足りていないのですが、融通していただけないでしょうか?」
やれやれ、と頭を掻きつつも、十兵衛は頷いてやった
「わかったから、疾く話せ」
それが一週間ほど前の話。
十兵衛は任地である東金と、里見家の巨大な街である久留里城を往復する日々が続いていた。ときに暇を見ては、こうして依頼を受けて、賊などを対峙する。千葉家との戦いが終わったため、戦が無いのだ。ほかにすることがない。
旅籠で酒を飲みながら思い出すのは、先日の柳生宗厳との会話である。
近江にも大和にも、特に動きが無い、というのが宗厳の話であった。戦が無いのは何よりだ。戦となれば、甲賀忍びも駆り出されてしまう。
ただ、と宗厳はしかし、一瞬だけ暗い顔になった。
「ただ、なんだ?」
「あ、いえ……、これは大したことではないのですが………」
「話せ」
「しかし……」
「勿体ぶるな」
「その……、松永久秀という男を知っておりますか?」
「松永久秀?」いや、知らんな、と十兵衛は首を振る。「大和国の者か?」
「いえ、阿波国(現在の徳島県)の三好の部下です。しかし、以前に大和国を訪ねてきたことがあり、そのときに、わたしの父が、彼に反骨の相があると」
「阿波国のことだろう。大した問題では無いな」
「はぁ……。まぁ、そうですな」
そんな会話があったのだが、振り返って思えば、大和国の人間である宗厳の父親が気にするほど、松永久秀なる男は不審だったということだろう。
(まぁ、裏切りが起こるのなら、最初の標的は阿波国自身だろう)
甲賀まで被害が出ることはあるまい。十兵衛はそう思うことにして、己のことに思考を変える。
北条家との戦が始まろうとしていた。
「北条か………」
小田原城での苦い記憶が蘇る。お雪に似た、あの風魔忍びの女の記憶が。
(あの女が出てきたら、撃てるか)
いや、いや。あの女は忍びだ。十兵衛とは違う。戦線に出てくることはあるまい。
「兎角、戦いだ」
戦いでしか、十兵衛は己を証明できない。忍びの技は戦場では役には立たないかもしれないが、それでも戦い方というものがある。それを試さねばならない。
早速その機会が巡ってきたのは、里見領の小弓城の近くの村、亥鼻にてであった。亥鼻の村を、北条家の軍勢が襲おうとしていた。
「待たれよ!」
と軍勢に対して、十兵衛は大声を張り上げた。相手の数は、百名ほどか。こちらとほぼ同程度の軍であるが、兵の質は明らかに良い。
「拙者、里見家の家臣で黒川十兵衛と申す! そちらは!?」
北条家の軍は行進を止め、しばらくしたのち、鋭い大声が返ってきた。
「北条家の臣下、直江景綱!」
「直江どの!」と十兵衛も大声で返す。「名のある武士とお見受けするが、村を襲うとは何事か!? 略奪をするなら、こちらも容赦はせぬぞ!」
「黒川どのとか言ったか、この戦、勝てると!?」
「こちらのほうが人数が多い!」
と十兵衛ははったりをかます。いちおう、嘘ではない。兵士の数は同程度でも、亥鼻の農民に槍でも持たせれば、いちおう相手の数を上回る。
が、読まれていた。
「先ほどまで農具を持っていた村民に槍を持たせたとて、使い物にはならん」
だとしても、戦う以外に選択肢は無い。
野戦
里見家(179名) 対 千葉家(122名)
勝利
十兵衛は槍を持たせた農民を前に立たせた。
次の歩兵を。
そして最後尾に弓兵を立たせた。
馬を止め、槍を止める肉の壁である。弓を生かすための、生きた壁である。
100名近い損害を受けながらも、十兵衛は勝利をつかみ取った。人を犠牲に。命を糧に。
(こうでもしなければ、勝てん)
十兵衛が武士になって知ったのは、忍びよりも遥かに軽い、人の命の重さであった。
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