天国の前に/06/73日目 臥龍、水を出で若き侍を救うこと

1245年6月3日
73日目
臥龍、水を出で若き侍を救うこと

名 黒川十兵衛
性 大柄な男
力量 16
属性
体力21, 敏捷13, 知性8, 魅力6
技能
【体力】 鋼の肉体1, 強打3, 強投1, 弓術7
【敏捷】 武器熟練2, 盾防御0, アスレチック1, 乗馬4, 馬上弓術4, 略奪4
【知性】 訓練0, 追跡術0, 戦略0, 経路探索1, 観測術0, 荷物管理1, 治療0, 手術0, 応急手当0, 技術者0
【魅力】 仏門4, 芸能1, 統率力3, 取引0
熟練度
弓173, 長柄武器145, 片手武器81
具足 傷んだ星兜, 錆びた大立拳臑当, 重厚な小手, 粗雑な脛臑当
武装 十文字槍, 鍛え抜かれた神楽, 重藤弓, 大袋入りの腹繰矢
馬 気性の荒い鹿毛馬
敗北数 2

 黒川十兵衛と北条家の戦のあと、600を超える兵が戦い、死屍累々たる戦場で蠢くものの姿があった。
 黒川十兵衛である。
「おらんな」
 応えるものがある。
「おらんか」
 文左衛門である。

 200に満たぬ里見兵は、400近い数の兵の北条兵を切り殺した。が、負けは負けだ。やはり十兵衛は数の戦に勝てなかった。
 忍びの俊足を生かし、十兵衛は撤退することができた。文左衛門も、そのあたりは慣れたものだった。
 だが若き侍、柳生宗厳はそうはいかなかった。

 十兵衛たちは死体を検分するために、戦場に戻ってきたのだ。だが死体のどれひとつとも、柳生宗厳には合致しなかった。
「とすると、江戸城だな」
 と文左衛門が言う。そうだろう。戦場からもっとも近いのは、江戸城であった。捕虜にされ、捕えられたのだろう。


 十兵衛は顎を撫で、己の馬に乗り、馬首を返す。
「おい、何処へ行く」と、咎めるように文左衛門。
「里見どののところへ」
「宗厳は?」
「どうにもできん」
「十兵衛、おれは……、もうおまえにはついていけん」
 十兵衛は笑ってやった。「そうじゃろう。わしもじゃ」

 文左衛門とはそこで別れた。
 十兵衛は馬を走らせた。朝も、夜も。里見義堯のいる、久留里城まで一直線に。

「里見どの、それがしを臣下の誓いから解き放ちください」
 久留里城の近くで行軍中であった里見義堯を見つけた黒川十兵衛は、開口一番そう言った。
「いきなり、なんだ。黒川十兵衛よ」
「解き放ちください」
「臣下の誓いから解き放つなど、世には聞かぬ話よ」
「存じております。しかし、お願い申し上げます」
 十兵衛は馬から降り、平伏した。お願いします、と。
「頭を上げよ、黒川十兵衛よ」と溜め息を吐いて里見義堯。「わかった。そなたには臣下の誓いなどというものは邪魔のようだな。解き放とう。そなたは自由じゃ」
「ありがたく存じます」
「ではな、黒川十兵衛よ。そなたの幸運を祈っておるぞ」


 馬に乗り直し、里見義堯に背を向ける。
(幸運を祈っておる、か………)
 良い君主だった。得体の知れぬ黒川十兵衛を武士として取り立て、任地まで与えた。身勝手に臣下の誓いを反故にしようとすれば、それに従ってくれた。ああ、良い君主だった。
「だから、良かった」
 臣下の誓いを反故にして良かった。十兵衛はそう思った。


 丸一昼夜駆けて、ふたたび江戸城。
「江戸か……、つくづく縁ある場所じゃな」
 ぽつりと十兵衛は呟いた。北条家に挑む前に御前試合に臨んだのは江戸城だったし、文左衛門と出会ったのも江戸城であった。柳生宗厳が十兵衛の戦いを見たのも、江戸城だったという。


 そしてこの城に、おそらく柳生宗厳はいる。
 が、400の兵が篭る江戸城を相手に戦うのは容易なことではない。
 だから、と十兵衛は牢の番をする兵に十文字槍を突き刺した。鍵を奪う。


「おい、宗厳、いるか」
 と暗い牢に入って問えば、見覚えのあるやつれ果てた若者の姿がひとつ。
「十兵衛先生………」
「いかんなぁ。わしの弟子なら、この程度の牢くらい自力で抜け出て見せろ」と言いながら、刀と弓矢を渡してやる。「牢破りじゃからな。わかっているとは思うが、目立たぬようにわしの後ろに隠れておれ。たまには目の前で見本を見せてやる」

 宗厳を連れて牢を出れば、北条の兵たちが牢の前に群がっていた。
「牢破りだ!」
「見ればわかるだろうに」
 と十兵衛は返してやる。
「牢破り! そなた、どこの家中の者か! 何が目的か!」と兵たちは問う。
「家中? 知らんなぁ」にやりと笑って、十兵衛は弓を構えた。「わしはただの忍びよ」


 そして目的は、家のためではない。女のためではない。主のためでもない。
 己のため。
 弟子である柳生宗厳を見捨てては、己の名が廃るから、だから捨ててはおけなかった。
 最初から、そうだった。旅に出た理由はそうだった。女を捨てた理由はそうだった。
(すべてわしの為すことは、わし自身のためよ)

 矢は狙い違わず、兵士の眉間に突き刺さった。

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