和英文珎/祭りのあと

 生の叔母に、葉月さんという人がいます。彼女の夫は東日本大震災で亡くなりました。
 震災からひと月が過ぎた四月、東京から高速バスでやって来た夏生は、仙台駅の停留所に降り立ちました。
 彼が仙台にやって来たのは、この四月から東北大学に通うためです。仙台は一ヶ月ぶりですが、以前と殆ど変わっていないように見えます。
「ここは被害が大したことなかったのかな」
 と独り言を呟いて、辺りを見回します。
「なっちゃん!」
 と可愛らしい声が聞こえたので、夏生は振り向きました。道路の反対側で、小さな女の子が手を振っています。葉月さんの一人娘の陽菜子ちゃんです。信号が青に変わるや否や駆けて来ます。
「久し振り! お母さんは仕事で忙しいから、わたしが案内するね」
 と小学生の陽菜子ちゃんは元気良く言葉を紡ぎます。
 ふたりで手を繋いで、駅前から十分ほど歩いたところにある商店街へ向かいます。葉月さんは仙台の商店街で、弁当屋をやっています。夏生は叔母の葉月さんところでアルバイトとして働く代わりに、下宿させてもらうことになっているのです。
「なっちゃん、久し振り」
 と店で出迎えてくれた葉月さんは、太っていて、いつも笑顔を絶やさない人です。夏生のことを快く受け入れ、家族の一員として迎え入れてくれました。
 ある日、夏生が大学から帰ってくると、膝の上で何かを作っている葉月さんの姿が目に留まりました。
「何を作っているんですか?」
「七夕の飾り」
「七夕の、飾り?」
 夏生は首を傾げました。というのも、普通の七夕の飾りというのは、笹に短冊を付けるだけの簡単なものだからです。しかし葉月さんの作っている飾りは、とても手の込んでいるように見えます。
「仙台の七夕は他とは違うんだよ。日程も八月だしね」
 と葉月さんは笑って答えました。

 く観察してみると、葉月さんは暇さえあれば、七夕飾りを作っているようです。朝も、昼も、夜も。風邪をひいて、店を休んだ日も、布団に入ったまま飾りを作っていました。
「七夕の飾り、大変そうだね」
「今年はちょっと遅れてるから」
 と答えるのは陽菜子ちゃんですが、こちらもやはり暇を見ては飾りを作っています。
「どうして?」
「いつもはもっと前から作ってたけど、途中で地震で壊れちゃったから」
 夏生は陽菜子ちゃんに頼んで、制作途中の七夕飾りを見せてもらうことにしました。
 飾りの保管場所は、葉月さんの亡くなった旦那さんの部屋でした。畳張りの部屋に、丸いくす球の下に吹き流しや折鶴などの装飾がついた飾りが置かれています。立派なものですが、まだ未完成のようです。
 隣には、しゃぐしゃになった飾りがあります。地震で壊れたもののようです。
 夏生はその壊れた七夕飾りに、明るく笑顔を絶やさない葉月さんと陽菜子ちゃんの中に残る、震災の爪痕を感じました。
 その日から、夏生は七夕飾り作りを手伝い始めました。

 月、六月、七月と月日が過ぎていきます。八月頭の七夕に向け、必死で葉月さんと陽菜子ちゃんを手伝います。
 その結果が実り、なんとか飾りを完成させることができました。
 八月。仙台七夕が始まると、葉月さんの弁当屋は忙しくなります。夏生も陽菜子ちゃんも店を手伝うので、お祭りを見に行く暇はありません。
 ですが三日続く七夕の最終日になると、葉月さんはこんなことを言いました。
「今日はおばさんひとりで大丈夫だから、なっちゃんは陽菜子と遊びに行って来なさい」
 その厚意に甘え、祭りを見に行くことにしました。人ごみの中、陽菜子ちゃんと手を繋いで歩きます。出店で買い物をしたり、踊りを見物したりしながら、目指すは自分たちが作った七夕飾りのあるところです。
 沢山の飾りがあるのですが、自分たちの作った飾りはすぐに見つけられました。大通りの入口に飾られています。
「綺麗だね」
「頑張って作ったもんね」
 そんなやりとりを交わしながら、夏生は葉月さんのことがふと心配になりました。
 というのも、飾りが完成してから、葉月さんの元気が衰えていくのを感じたからです。まるで七夕飾りを作ることに生きる力のすべてを費やし、七夕が終われば死んでしまうのではないかと思われるほどでした。

 火が打ち上がる頃に、夏生と陽菜子ちゃんは家に帰ることにしました。出迎えてくれた葉月さんは、やはり幽霊のように生気がありません。それは七夕飾りが家に送り届けられたときも、同じでした。
「あっ!」
 翌日、起床して外に出た夏生は思わず叫び声をあげてしまいました。
 葉月さんが、あんなに一生懸命作った七夕飾りを火に焼べてしまっていたからです。
「葉月さん! どうしてこんなことを!?」
「今年の祭りが終わらないと、次の祭りが始まらないからね」
 葉月さんは灰を片付けて立ち上がります。
「さぁ、今日からは来年の七夕飾りを用意しないと」
 そう言った葉月さんは、元気で明るい、いつもの彼女に戻っていました。

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