アメリカか死か/13/03 Trouble on the Homefront -3
どうやって入って来たのか、これで解決したな。おまえは昔から、どこかに忍び込むのが得意だったものな。Gomezという男は柔和な笑みを浮かべて言った。
「こっちの彼は?」と彼はLynnを一瞥した。
「こいつは……」
とRitaが顔を歪めたので、勝手なことを言われては堪らないと思い、Lynnは自分で名乗った。Lynnという名と、Vaultの出身であるということ、Jamesに恩があり、Ritaに同行しているということを告げた。
「そうか。よろしく。わたしはGomezだ。Vault 101でOfficerをやっている」
差し出された手を握る。がっしりとした手だった。警備員たるOfficerの手だ。
「それでRita、戻ってきたってことは、Jamesは見つかったのか」
「父さんは」Ritaは眉を僅かに落として答えた。「死んだ」
「そうか……」Officer Gomezの沈痛な表情は、ヘルメット越しにもわかった。「それは、すまなかった」
「いや……、ううん、大丈夫」
とRitaは小さく頷く。少なくとも瞳は濡れていないし、頬も赤くはなっていない。それでも、LynnにはRitaの精神状態が、彼女が言うように「大丈夫」だとは思えなかった。
で、Gomez、とRitaは話を戻そうとする。「わたしがここへ戻ってきた理由だけど……、ふたつあるの。ひとつは、ほかのVaultの情報が知りたいの。ここ以外のVaultの情報って、どこかにある?」
「それは……、わからない。少なくともわたしは聞いたことがないな」とGomezは首を振る。「Overseerの端末ならわかるかもしれないが……」
「成る程、やっぱりそうか」とRitaは頷く。「で、もうひとつは……、Vault 101から発信されたメッセージを受け取った……、みたいなんだけど。わたしは聞いてないけど」
と言って、RitaはLynnを一瞥した。頷いて、「Amataという女性が出したものだと思うんですが………。救援を要請するものでした」
「Amataか」成る程な、とOfficer Gomezは踵を返して、ドアに向かう。「彼女は……、というか、このVaultはいま、トラブルの只中にいるからな。きみの助けが必要だと思ったんだろう。ついてきてくれ、Amataのところまで案内する。歩きながら話そう」
「案内なんて、必要ないよ」
とRitaは笑ったものの、Gomezは笑わない。「ああ、そうだったな。間違えた」と訂正するだけだ。「護衛だ」
Gomezは既に銃をホルスターに収めてはいたが、すぐにでも抜けるようにはしていた。彼の護衛という言葉は、それだけに真実味を持っていた。
「護衛って?」
とGomezについていきながら、Ritaが問う。
「きみたちが出て行ってから、いろいろあってね……。あの日、多くの人命が失われた。Amataも、ほかの人も、家族を失った」
Vaultの硬質の床を進んでいく。Vault 101ではないが、Vaultで生活をしていたLynnにとっても、懐かしい光景であった。
「その結果として、いまのVaultは、ふたつの勢力に分かれている。Amataを中心として、Vaultを開いて外の世界との交流をしようとする改革派と、Overseerを中心としてあくまでVaultを密閉して保とうとする保守派だ」
「そういえば、いまのOverseerは?」
「Allen Mack」
「うぇ」
とRitaは口を捻じ曲げて舌を出した。
ふたりのやり取りを聞きながら、Lynnは幾つかの推測を重ねる。Amataという、Ritaの友人らしき人物はVaultでは権力を持つ立場であるということ。彼らの言う「あの日」というのが、RitaとJamesがVaultを出て行った日であるということ。その日、Radroachが湧き出したり外へ脱出しようとした人間がいたりして、Vaultの人口が減ったこと。RitaがVaultに居た頃のOverseerは、そのときの混乱の最中に死亡したこと。
「ちなみにわたしも保守派だ。Officerだからね」とGomezは肩を竦める。「だから、わたしはきみのような侵入者を見れば、逮捕しなくてはいけないわけだ」
「でも、そうはしない」とRitaが笑いかける。
「きみは自由にさせておいたほうが良いだろうからね。そうそう、きみのお友だちは、みな改革派だよ。Amataと一緒にいるはずだ……、と」
Gomezが立ち止まったのは、VaultのOverseerの部屋の下層にある小ホールであった。彼の肩越しに覗き込めば、その場所は酷く汚れている、というよりは物が集められてバリケードが築かれているようだった。そのバリケードのところに、ひとりの老人の姿がある。Gomezと同じく、101の文字の入った防弾チョッキを着ているからには、Officerなのだろう。
彼は銃を構えていた。
その銃口の先には、Jumpsuitの上にジャケットを着た若者の姿があった。手にはナイフを持っているようだ。
「Taylor、やめろ!」
とOfficer Gomezが制したときには、既に遅かった。Taylorと呼ばれた老人の銃口から、火が迸っていた。
小さな叫び声が聞こえた。撃たれた若者が発したものらしい。いや、撃たれてはいない。弾丸が壁にめり込んでいるし、彼の身体には傷一つない。それでも、若者は腰が抜けているらしかった。四つん這いになって、殆ど這いずるように逃げていく。
「あんた、いまFreddieを撃ったな?」
GomezがTaylor老人に詰め寄っていた。
「う、撃つつもりはなかった。最初は威嚇のつもりだった」とTaylor老人は震える声で言った。実際、銃を握る手は震えていた。当たるはずがない。「だがあの小僧、ナイフを抜いて……」
Freddieという若者の姿は既に無かった。無事、逃げ去ったらしい。
Taylorを落ち着かせてから、Gomezは案内を再開した。
「Taylorも、あの日に奥さんのAgnesを失った」と彼は沈痛な面持ちで語る。「だから、怒っているし、悲しんでいる。それ以上に……、怯えている」
Gomezは小ホールを進んだ先の階段の手前で立ち止まり、振り返った。
「Rita、Officerであるわたしが案内できるのはここまでだ。Amataたち改革派が根城にしているのはあの階段の先、Jamesの仕事場だった医務室付近だ」
「うん、ありがとう……、Gomez。気をつけてね」
「気をつけるのはきみのほうだ、Rita」と言ってから、GomezはLynnに向き直る。「Lynn。きみとRitaがどういう関係なのか、詳しい詮索はしなかったが……、Ritaのことを頼むよ」
そう言い残して、Gomezは去って行った。なぜかそのあと、Ritaに睨まれた。
Gomezに言われた通りに階段を上る。バリケードが築かれているその先には、ひとりの若者が立っていた。先ほどのFreddieという男と同じジャケットを着た、頭を前時代的なリーゼントにしている男である。年齢は、LynnやRitaと同じくらいだろうか。
「久しぶりだな、Rita」と男は言った。「助けに来てくれたのか?」
「なんでわたしが助けに来る必要があるんだ、Butch?」とRitaが受ける。「もうVaultに居場所の無いわたしが」
「そんなことを言って、あのときも、おれとママを助けてくれただろう?」
Butchと呼ばれた男がそう言うと、Ritaは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。「Amataと話し合いに来たんだけど、ここにいる?」
「ああ、奥の部屋にいる」
「ちょっと行ってくるから、そいつのこと、足止めしといて」
と言うなり、RitaはButchの横をすり抜けて歩き出す。
「あんた、Ritaのこれかなんかか?」
残されたのはLynnと、小指を立ててそんなふうに問うButchだけであった。
RitaはVault 101の通路を歩いていた。
辛かった。
心細かった。
怖かった。
平和だったはずのVaultで、たくさんの人が死んだから。知人だったはずの人々から銃を向けられたから。家族のように思っていた人が死んだから。見つかれば殺されてしまうから。
だから見つからぬよう、足音を鎮めて歩いていた。
窓から、親友であるAmataと、それに相対する男たちの姿が見えたとき、やはりRitaは恐怖した。ここで飛び出せば、きっと見つかってしまうと思った。怖かった。
それでもRitaはあのとき、思ったのだ。
助けなければ、と。
全ての事が終わってみれば、目の前にはRitaが殴り殺した男に追いすがる、Amataの姿があった。
「こっちの彼は?」と彼はLynnを一瞥した。
「こいつは……」
とRitaが顔を歪めたので、勝手なことを言われては堪らないと思い、Lynnは自分で名乗った。Lynnという名と、Vaultの出身であるということ、Jamesに恩があり、Ritaに同行しているということを告げた。
「そうか。よろしく。わたしはGomezだ。Vault 101でOfficerをやっている」
差し出された手を握る。がっしりとした手だった。警備員たるOfficerの手だ。
「それでRita、戻ってきたってことは、Jamesは見つかったのか」
「父さんは」Ritaは眉を僅かに落として答えた。「死んだ」
「そうか……」Officer Gomezの沈痛な表情は、ヘルメット越しにもわかった。「それは、すまなかった」
「いや……、ううん、大丈夫」
とRitaは小さく頷く。少なくとも瞳は濡れていないし、頬も赤くはなっていない。それでも、LynnにはRitaの精神状態が、彼女が言うように「大丈夫」だとは思えなかった。
で、Gomez、とRitaは話を戻そうとする。「わたしがここへ戻ってきた理由だけど……、ふたつあるの。ひとつは、ほかのVaultの情報が知りたいの。ここ以外のVaultの情報って、どこかにある?」
「それは……、わからない。少なくともわたしは聞いたことがないな」とGomezは首を振る。「Overseerの端末ならわかるかもしれないが……」
「成る程、やっぱりそうか」とRitaは頷く。「で、もうひとつは……、Vault 101から発信されたメッセージを受け取った……、みたいなんだけど。わたしは聞いてないけど」
と言って、RitaはLynnを一瞥した。頷いて、「Amataという女性が出したものだと思うんですが………。救援を要請するものでした」
「Amataか」成る程な、とOfficer Gomezは踵を返して、ドアに向かう。「彼女は……、というか、このVaultはいま、トラブルの只中にいるからな。きみの助けが必要だと思ったんだろう。ついてきてくれ、Amataのところまで案内する。歩きながら話そう」
「案内なんて、必要ないよ」
とRitaは笑ったものの、Gomezは笑わない。「ああ、そうだったな。間違えた」と訂正するだけだ。「護衛だ」
Gomezは既に銃をホルスターに収めてはいたが、すぐにでも抜けるようにはしていた。彼の護衛という言葉は、それだけに真実味を持っていた。
「護衛って?」
とGomezについていきながら、Ritaが問う。
「きみたちが出て行ってから、いろいろあってね……。あの日、多くの人命が失われた。Amataも、ほかの人も、家族を失った」
Vaultの硬質の床を進んでいく。Vault 101ではないが、Vaultで生活をしていたLynnにとっても、懐かしい光景であった。
「その結果として、いまのVaultは、ふたつの勢力に分かれている。Amataを中心として、Vaultを開いて外の世界との交流をしようとする改革派と、Overseerを中心としてあくまでVaultを密閉して保とうとする保守派だ」
「そういえば、いまのOverseerは?」
「Allen Mack」
「うぇ」
とRitaは口を捻じ曲げて舌を出した。
ふたりのやり取りを聞きながら、Lynnは幾つかの推測を重ねる。Amataという、Ritaの友人らしき人物はVaultでは権力を持つ立場であるということ。彼らの言う「あの日」というのが、RitaとJamesがVaultを出て行った日であるということ。その日、Radroachが湧き出したり外へ脱出しようとした人間がいたりして、Vaultの人口が減ったこと。RitaがVaultに居た頃のOverseerは、そのときの混乱の最中に死亡したこと。
「ちなみにわたしも保守派だ。Officerだからね」とGomezは肩を竦める。「だから、わたしはきみのような侵入者を見れば、逮捕しなくてはいけないわけだ」
「でも、そうはしない」とRitaが笑いかける。
「きみは自由にさせておいたほうが良いだろうからね。そうそう、きみのお友だちは、みな改革派だよ。Amataと一緒にいるはずだ……、と」
Gomezが立ち止まったのは、VaultのOverseerの部屋の下層にある小ホールであった。彼の肩越しに覗き込めば、その場所は酷く汚れている、というよりは物が集められてバリケードが築かれているようだった。そのバリケードのところに、ひとりの老人の姿がある。Gomezと同じく、101の文字の入った防弾チョッキを着ているからには、Officerなのだろう。
彼は銃を構えていた。
その銃口の先には、Jumpsuitの上にジャケットを着た若者の姿があった。手にはナイフを持っているようだ。
「Taylor、やめろ!」
とOfficer Gomezが制したときには、既に遅かった。Taylorと呼ばれた老人の銃口から、火が迸っていた。
小さな叫び声が聞こえた。撃たれた若者が発したものらしい。いや、撃たれてはいない。弾丸が壁にめり込んでいるし、彼の身体には傷一つない。それでも、若者は腰が抜けているらしかった。四つん這いになって、殆ど這いずるように逃げていく。
「あんた、いまFreddieを撃ったな?」
GomezがTaylor老人に詰め寄っていた。
「う、撃つつもりはなかった。最初は威嚇のつもりだった」とTaylor老人は震える声で言った。実際、銃を握る手は震えていた。当たるはずがない。「だがあの小僧、ナイフを抜いて……」
Freddieという若者の姿は既に無かった。無事、逃げ去ったらしい。
Taylorを落ち着かせてから、Gomezは案内を再開した。
「Taylorも、あの日に奥さんのAgnesを失った」と彼は沈痛な面持ちで語る。「だから、怒っているし、悲しんでいる。それ以上に……、怯えている」
Gomezは小ホールを進んだ先の階段の手前で立ち止まり、振り返った。
「Rita、Officerであるわたしが案内できるのはここまでだ。Amataたち改革派が根城にしているのはあの階段の先、Jamesの仕事場だった医務室付近だ」
「うん、ありがとう……、Gomez。気をつけてね」
「気をつけるのはきみのほうだ、Rita」と言ってから、GomezはLynnに向き直る。「Lynn。きみとRitaがどういう関係なのか、詳しい詮索はしなかったが……、Ritaのことを頼むよ」
そう言い残して、Gomezは去って行った。なぜかそのあと、Ritaに睨まれた。
Gomezに言われた通りに階段を上る。バリケードが築かれているその先には、ひとりの若者が立っていた。先ほどのFreddieという男と同じジャケットを着た、頭を前時代的なリーゼントにしている男である。年齢は、LynnやRitaと同じくらいだろうか。
「久しぶりだな、Rita」と男は言った。「助けに来てくれたのか?」
「なんでわたしが助けに来る必要があるんだ、Butch?」とRitaが受ける。「もうVaultに居場所の無いわたしが」
「そんなことを言って、あのときも、おれとママを助けてくれただろう?」
Butchと呼ばれた男がそう言うと、Ritaは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。「Amataと話し合いに来たんだけど、ここにいる?」
「ああ、奥の部屋にいる」
「ちょっと行ってくるから、そいつのこと、足止めしといて」
と言うなり、RitaはButchの横をすり抜けて歩き出す。
「あんた、Ritaのこれかなんかか?」
残されたのはLynnと、小指を立ててそんなふうに問うButchだけであった。
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RitaはVault 101の通路を歩いていた。
辛かった。
心細かった。
怖かった。
平和だったはずのVaultで、たくさんの人が死んだから。知人だったはずの人々から銃を向けられたから。家族のように思っていた人が死んだから。見つかれば殺されてしまうから。
だから見つからぬよう、足音を鎮めて歩いていた。
窓から、親友であるAmataと、それに相対する男たちの姿が見えたとき、やはりRitaは恐怖した。ここで飛び出せば、きっと見つかってしまうと思った。怖かった。
それでもRitaはあのとき、思ったのだ。
助けなければ、と。
全ての事が終わってみれば、目の前にはRitaが殴り殺した男に追いすがる、Amataの姿があった。
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