アメリカか死か/16/05 The Pitt -5

 Ritaの銃口の向けられた先には、ほかの奴隷たちと同じように肌がひび割れつつある女の姿があった。口を真一文字に固めたそのさまを見れば、彼女の意志が固いことはわかる。それでも彼女以外に、手掛かりはないのだ。だから問う。
「Lynnはどこだ」
 Mediaは不審げな表情で、眉根を寄せた。「Lynn?」
「黒いスーツの……、Masked Raiderだ。あいつはどこへ行った!?」


 Marieを誘拐したLynnのあとを追おうとしたRitaだったが、変身した彼に追いつけるはずもなく、すぐに見失ってしまった。
 でなくとも、Pittは酷い有様だった。奴隷たちが反乱蜂起したのだ。混乱しており、Lynnを探すのは容易なことではない。

 だからRitaは、Mediaのところに来た。なぜなら、Lynnが彼女と、正確にはWernherと繋がっていることは間違いないからだ。Mediaの隠れ家には、おそらくは踏み込んできた直後にLynnに倒されたのであろう、奴隷監督官たちの死体が転がっていた。


 彼は奴隷商人からRitaの行き先を聞き、Pittにやってきたと言っていた。それは嘘ではないだろうが、しかし言わなかったこともあるのだろう。Pittに来てから、Wernherに会ったのだろう。そこで、Marieの誘拐の話を聞いたのかもしれない。
 Marieは、Lynnと似ている。世界を変えるだけの力を、汚染に打ち勝つだけの力を持っている。
 彼女の免疫がPittの汚染のみに作用するのか、それともアメリカ全土の放射能汚染に対抗しうるのかはわからない。だがもし後者ならば、Lynnの力を利用する必要がなくなる。

(あいつは………)
 厭なのだろう。己の立場が。
 彼の力のみを抽出できなければ、待ち受けるのは実験台としての人生だ。いや、既にCitadelではそれに近い扱いなのかもしれない。Marieをその代わりにできると思っているのかもしれない。
 
「彼は……、確かに来たわ」Mediaはゆっくりと頷く。「不思議なひとね」
「どこへ行った」
「Wernherの隠れ家の場所を教えた」
「それはどこだ」
「教えられない」
「撃つぞ」
「どうぞ。もう自由にして」
「あんた、治療法ってのが赤ん坊だって知ってたな?」

 Ritaの言葉に、はじめてMediaの表情が変わる。ひびが入った肌に、血の赤の色と、血が抜けた蒼の色が重なる。

Challenge: Perk (Child at Heart)

「あの子を傷つけようなんて思ってたわけじゃない……。それに、この地獄から抜け出すための、唯一の方法なの」


 Mediaは己に言い訳するように言ったが、自身を誤魔化せていないことは明らかだった。
 もう一度、Ritaは言った。Wernherの隠れ家を教えろ、と。「あの子を無事で助けるために」


 奴隷と奴隷監督官とTrogが三つ巴になって争うPittを、Ritaは駆け抜けた。


 向かうはSteelyard。インゴット拾いの仕事で行った場所だ。そこに、Wernherの隠れ家がある。

「WernherはSteelyardに隠れてる。南西にある家屋の屋上から入れるはず」
 そうMediaが教えてくれた通りの場所のドアを、蹴破る。


「Wernher! 出てこい!」
 Ritaは叫んだ。発電所の一角らしきWernherの隠れ家の中を、Ritaの声が反響する。
「おぅおぅ、威勢が良いねぇ」
 硬質の足音を立てて、Wernherが階段を降りてくる。その背後には、Marieを抱きかかえたLynnの姿。
「自分の手を汚すのを恐れて何もできなかったやつが、今さら何の用だ?」
「あんたは、治療法を探せと言っていた。赤ん坊を誘拐しろなんて言わなかった」
「あんたに躊躇されると困ると思ったんでね」Wernherは愉快そうに肩を竦める。「いやあ、思った通りだ。あんたは駄目だな。代わりにLynnがやってくれたよ」


「Lynn!」無駄だと理解しながらも、Ritaはもう一丁の拳銃を変身したLynnへと向ける。「その子を持ったまま、こっちへ来い」
「無駄だよ」Wernherがにやにや笑って、背後のLynnへと振り返る。「なぁ、Lynn?」
「あんたには聞いてない。Lynn、もうやめろ。赤ん坊なんか利用して、どうなる。後悔するだけだぞ」

「おれは……」
 Lynnの声が響く。黒いMasked Raiderのスーツ越し、彼の表情は知れない。
「おれは、実験動物にはなりたくない」
「だからって、その子を犠牲にするのか」
「それでも構わない」
「一生後悔するぞ」
「後悔するほど長くは生きられない」

 Lynnの言葉が胸に突き刺さる。
 Ritaと別れ、Citadelで検体になってから、彼は己の身体に関して、どれだけの事実を知ったのだろう。どれだけの苦しみを味わったのだろう。
 それを想像すれば、身体が強張り、前が見えなくなっても仕方が無かった。
「話は終わりか? じゃあな。おまえはもう用済みだ」
 だからWernherが銃を構えたときに、咄嗟に反応ができなかった。遅れて銃を抜くが、間に合わない。


銃声が2発轟いた。どちらもWernehrの銃から発射されたものだ。
 1発目の弾は、Ritaの脚を貫いた。反射的にほとんど跪く格好になり、頭を曝した。
 2発目の弾は、しかしRitaには当たらなかった。Ritaの前に立ちふさがった黒い影によって、銃弾は遮られた。
「きさま……」

「Ritaを傷つけるな」
 LynnはWernherの言葉を遮ると、その腕をWernherの顔面へと叩き込んだ。Wernherの身体は一回転しながら壁まで吹っ飛び、頭がぐちゃりと潰れる音がした。動かなくなった。


 すべては元通りだ。
「Marie……、良かった………」
 Sandraは傷ひとつなく、無事に戻ってきたMarieを抱きしめた。そして、ありがとう、ありがとう、と何度もRitaに礼を言った。Ashurも、自分の眼は曇っていなかった、と言っていた。


 RitaはHavenをあとにする。外ではLynnが待っていた。
 すべては元通り。
 奴隷たちはすべて奴隷のまま。監督官は監督官のまま。Lynnは実験動物のまま。すべてが元通り。
「帰るか」



 収穫は何も無かった。Capital Wastelandに戻るため、ふたりでPittを歩いていく。とりあえずは、これでいい。まだRitaもLynnも、生きているのだから。

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