「なぜおれがプライス卿に金を返さなきゃならん? それも4000ディナルも
「それはあなたが彼からそれだけの金額を借り入れているからです」



目の前の金髪の男の言葉を聞きつつ、ランは少しほっとしていた。いちおう貴族でも金は渋るらしい。金銭感覚はおかしいが、感覚そのものはずれてはいない。もっとも感覚がずれていたほうが交渉は楽だっただろうが。

テヴァリン城へ赴き用件を伝えると、城の中庭に通された。トレディアン卿は金髪をオールバックにした濃い肌の色の男で、若々しい声の男だった。戦いに通じていることは鎖帷子の下の筋肉や立ち振る舞いでわかる。
借金の取立てに来た旨を伝えると、トレディアン卿は露骨に厭そうな顔をした。彼によれば、4000ディナルは借りたわけではなく、以前にプライス卿の手助けをしたときの正当な報酬で、返す謂れはないのだという。

ランは辛抱強く説得を試みたが、トレディアン卿は頑として話を聞こうとしなかった。面談の時間が終わっても返金の取り付けはできなかった。
依頼を受けておいて約束を果たせなかったのはいかにも不味い。しかしトレディアン卿の代わりに4000ディナルも肩代わりできるほどの財産はランにはない。

結局、ウヌズダク城に戻ったランはプライス卿に正直に話した。


「なるほど……、仔細はわかった。まぁあの男のことだ。仕方ない」
プライス卿はそうは言ってくれたが、彼を失望させたのは明らかだった。

失意の中でプライス卿の隊列を離れようとしたときに話しかけてきた人物がいた。髯を生やした腹の出た男で、デリナルド卿だと名乗った。品位は見受けられないが、やはり貴族だろう。
プライス卿の任務に失敗したようだな
デリナルド卿はにやにやしながら言った。どうやらプライス卿とランの話を聞いていたらしい。
「期待に沿えなかったようで申し訳ありません」
プライス卿とデリナルド卿の関係はわからなかったが、ともにウヌズダク城を包囲しているくらいなのだから、共同戦線を張る程度には関係は悪くないのだろう。ランはそう思って謝っておいた。
「雇い主の期待に沿えなかったというのはあんたにとっても困ることだろう。だが」とデリナルド卿は顎を持ち上げる。「おれだったら彼をとりなしてやることもできる
「ご用向きはなんでしょうか」
ランが言うと、話が早い、とデリナルド卿は笑って依頼を伝えてきた。暗殺依頼だった。


「暗殺といっても貴族や大臣といった人間を殺してほしいわけじゃない。相手は犯罪者だ。ウェルチェクのプタールという男がおれの家臣を殺して逃走した。今はノマールという村に逃げ込んでるという話だ。あの男の首を取ってきてくれれば、300ディナル出そう。プライス卿にもあんたの活躍は伝えておいてやる。どうだ、悪い話じゃあないだろう?」

確かに悪い話ではなかった。少なくとも借金の取り立てよりはランに向いている。
二つ返事で依頼を請け負ったランは、すぐにノマールの村へと向かった。



プタールという男を村人に尋ねてみても通じなかったが、村を回ってみるとすぐに怪しげな男は見つかった。服装は農民か修道僧といった様子だが、ただひとりだけ剣を腰に差していたので目立っていた。顔もデリナルド卿から受け取った人相書きと一致している。



ウェルチェクのプタールだな
ランは男に近づいて言った。
男はあからさまに狼狽した様子を見せたが、自分は善良な一般市民だと主張した。しかし手が腰元の剣に伸びるのをランは見過ごさなかった。
剣を捨てろ
ランは男に向かって切っ先を向ける。
しかしプタールはランが女だったために侮ったのか、剣を抜いた。「くそ、誰だか知らんがぶっ殺してやる

剣の扱いは弓や馬の扱いより劣るとはいえ、そのへんの兵士や犯罪者に負ける腕前のランではない。
プタールが剣を構えきる前に、ランは剣を振り抜いていた。

プタールの死体から持ち物を探り、確かにウェルチェクのプタールであることを確認すると、殺したことを証明する品だけ奪い、あとは傭兵たちと協力して死体とともに土の中に埋め、埋葬した。殺人犯とはいえ、放置していくには忍びない。

いつか自分もこうやって死ぬのかもしれない。
傭兵たちの文句の声が聞こえたが、ランは手を合わせずにはいられなかった。

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