ケデルケの村から逃げ出すように、ランは近隣の城まで馬を走らせた。カーギット=ハン国の軍旗がはためくウヌズダク城だ。

まだ朝早かったため、城の中に入るのは難しいだろうと思ったランは、野外で食事をすることにした。といってもケデルケの村にほとんどのものを置いてきてしまったせいで、ろくな食べ物がない。矢で鳥を射ることにする。



弓と馬術は子どもの頃から大の得意だった。馬に乗ったままでも飛ぶ鳥を落とすくらいならできる。

女だてらに大きな弓を背負っていると思ったが、なるほど良い腕前だ」

射落とした鳥を回収していたランに話しかけてくる人物がいた。ふたりの従者を連れた明らかに貴族だとわかる中年の男だった。頭には鉄兜を被ったその男が背負う盾にはスワディア王国の紋章が描かれている。

黒い髪に黒い瞳とは、珍しい容姿だな……」貴族の男はランの全身を上から下まで眺めた後に言った。「この土地の者ではないな。どこから来た?」
ここより遥か東国から来ました」ランは答える。「ランと申します」
「わたしはスワディア王国、ウクスカルを治めるプライスだ」

スワディア王国はカーギット=ハン国とは敵対している。どうやらプライス卿はウヌズダク城を包囲しているようだ。兵士たちの駐屯地も遠くに見えた。

「きみの盾に描かれている紋章は見覚えのない紋章だな」
です。これはわたしの家の家紋です」
「ふむん、燕が雁を射落とすか……。なるほど面白い。わたしは今、ハルラウス王の勅命で次の遠征に参加する傭兵を集めているところだ。どうだ、わたしの元で働く気はないか?



思わぬ展開にランは耳を疑った。

ランの目的はだ。没落した貴族である主人の家を立て直すためには莫大な金がいる。戦うことしか能のないランにとって、もっとも確実な金を稼ぐ方法は仕官して戦場で功績を立てることだ。

スワディア王国が稼ぐにもっとも相応しいかというと、ランにはよくわからない。しかし一城の主であるプライス卿から声をかけられたということがチャンス以外の何物でもないということは、ランには理解できた。

プライス卿の出した提示額のうち、契約金の100デナルは大金とはいえない。しかし戦争に参加して功績を立てれば、他の貴族や国王から目をかけてもらえることになるかもしれない。ランには時間がない。国に忠誠を誓わなければいけないのは面倒だったが、ランはスワディア王国への帰順を決意した。
ついでに城攻めに加わろうとも思ったが、プライス卿によればまだランの力を入用とするほどの段階ではないらしい。

代わりに、とプライス卿は別な用件を依頼してきた。別な貴族に貸した借金の取立ての依頼だった。

トレディアン卿の若造め、貸して何ヶ月も経つのに1デナルたりとも返してこん。まったく、けしからんやつだ」とプライス卿は立腹の様子だ。
「ちなみにその貸した金額とはおいくらですか?」
「およそ4000デナルといったところだな」

プライス卿は何でもないことのように言ったが、ランは声をあげそうになった。4000デナルというと、先ほどのランの契約金の40倍だ。そんな金額をぽんと貸すのだから、貴族というのは恐ろしい。

しかもプライス卿によれば、トレディアン卿から4000デナル取り立ててくれば、その5分の1である800ディナルを報酬として授けてくれるらしい。
貴族の金銭感覚に改めて閉口しながらも、ランは借金の取立てのためにトレディアン卿の領地であるテヴァリン城を目指した。トレディアン卿なる人物が物分りの良い人間であることを祈りつつ。

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