(Dave共和国……?)

 なるほど子供の悪戯か、とLynnは思った。Dave共和国なんて国は聞いたことがない。
 つまり子供が「王様ごっこ」をやっているのだろう。共和国なら君主は存在しないはずなので王様ごっこではなく議員ごっこになるが。声は明らかに子供のそれだ。間違いない。

 Lynnはそう思ったので、ゆっくりと両手を挙げて声のしたほうに歩を進めた。風車の下、子供の作った秘密基地かごみ捨て場のような囲いがあった。
「子供がこんな夜中に……」

「勝手に動かないで」

 Lynnの目前の草を掻き分けて出てきたのは黒く長い銃身だった。
「動いたら撃つ」

 硬直した彼の前に出てきたのは想像通り、10歳かそこらといった年の瀬の少女だった。結んだ髪型や服装も年齢に相応なもので、唯一似つかわしくないのが手に握られているライフル銃だった。

「両手をゆっくり上に挙げて、挙げたら頭の後ろで手を組んで」
 少女の言うとおりにLynnは動く。信じられない気持ちだったが、目の前の銃は本物だと感じたので言うとおりにした。
もう一度訊く」少女がもったいぶった口調で言う。「Dave共和国に何の用? 移住? 観光? それともあんたは略奪に来たRaider?」
「銃を下ろしなさい」
 Lynnは少女の問いに答えずに言った。
「質問しているのはこっちだ」少女はLynnの胸元に向けていた銃口を頭のほうまで持ち上げる。「答えな」
「子供が銃を持つな。銃を下ろせ」
「撃つぞ」
「銃を下ろせ」
 少女は黙った。

「銃を下ろせ」

 Lynnの怒号に少女は泣きそうな表情になる。目端に涙の粒が浮かび、そこに月明かりが反射するのが見えた。

「銃を下ろせ」

少女が銃口を下ろしたが、Lynnは動かず姿勢を変えず、頭の後ろで手を組んだままでいた。

「怒鳴って悪かった。でも他人に銃口を向けないようにしなさい」Lynnは息を吐いた。正直なところ、非常に気を遣った。だがそれを悟られないように言葉を紡ぐ。「おれはDave共和国には移住で来たわけじゃない。ただ立ち寄っただけだ。この辺りには……、Dave共和国に立ち入るには許可がいるのかな?」
「大統領の……」少女は嗚咽を洩らしながら言った。「パパの許可がないと、駄目………」
「泣かせて、ごめん。手、下ろしても良いかな」
 少女が頷いたので、Lynnは頭の後ろで組んでいた手を解いて少女の頭を撫でた。
おれはLynnという。きみは?」
Rachel………」
「こんな夜中にまで友達と遊んでいたの? 銃はどこで手に入れた?」
「遊んでいたわけじゃない……。き、共和国の……」Rachelは肩を震わせながら答える。「警備……。銃は、パパから貰った………」
 Lynnは地面に片膝をついてRachelに視線の高さを合わせた。「パパっていうのは、きみのお友達?」
 Rachelは首を横に振る。
「お父さん?」
 Rachelは縦に振った。

(なんてことだ………)

 こんな幼い子供に銃を持たせるとは、親の風上にも置けない。しかもその子供に共和国だのなんだの、わけのわからない遊びにつき合わせているのか。

「おれもDave共和国に入って良い?」
パパの許可がないと………」とようやく落ち着いてきたRachelが言う。
「そのパパに許可を取る為に、一時入国させて欲しいんだけど」
「じゃあ、大丈夫……」Rachelは可愛らしく頷き、Lynnに背を向けた。「ついてきて」


(なんだここは……?)

 Rachelに案内されたDave共和国の入り口は、LynnとRachelが出会った場所から10メートルと離れていなかった。Lynnがごみ捨て場のようだと思った囲いがそれだった。
柵を開いてRachelが中に入る。Lynnもそれに続いた。

 入り口は粗末なものだったが、敷地の中は意外としっかりしているように見えた。金属の柵で囲まれた中に家屋らしきものが四つ、牛小屋のようなものや公園らしき場所、遊具まである。田舎の大規模家族の家のようだ。Lynnの見た風車もここで利用されているのだろう。

「パパは外の人が嫌いだから、変なこと言わないでね……」とRachel。


 Rachelの後について、四つある家屋の中のうち最も大きな家に入る。中からは明かりが漏れ出ていた。近づいてみると外見ほど小奇麗ではないことがわかる。木製の壁面は荒れ果て、黒く汚れ、腐れている。中に入ってみると、内装も同様だった。暗がりで見ればそこそこ見られるだろうが、壁面も、テーブルクロスも、食器も、何もかもが汚れている。明かりの元でRachelの服を見ると、こちらも普通の衣服と比べると些か汚れすぎているように見えた。

 家の中では二十代か三十代といった様子の女性が出迎えた。
「Rachel、そちらの人は?」とその女性が言う。
入国希望の人」とRachel。「パパは?」
「大統領、でしょう? 今は執務室」と女性は言い、RachelからLynnへと視線を移す。「お名前は?」
「Lynn」とだけLynnは答える。
「そう……。わたしはJessicaです。Lynnさん。大統領は外から来た人をあまり好まないから気をつけたほうが良いですよ」とJessicaと名乗った女性は言い、奥のほうへと去っていった。


 Rachelは左手の細長い通路のほうへと歩いていく。「わたし、あの人嫌い」
「なんで?」
「ママじゃないから」

 Rachelが案内したのは、確かに執務室といっても良い部屋であった。壁面には本棚やファイル棚が並び、頑丈そうな金庫が据え付けられている。その上にコーラの瓶が置いてあるのはアンバランスではあったが。
 中央の大きな執務机に座っていた男が立ち上がり、Lynnのほうへとやってきた。頭頂部の禿げた、だが身体はまだ衰えてはいないように見える中年の厳つい男だった。


ようこそDave共和国へ。おれが大統領のDaveだ」
「あなたがあの子に銃を持たせたのか」
「そうだが……」Daveと名乗った男は僅かに唇の端を持ち上げただけだった。「あんたは入国希望かな? 観光希望?」
「巫山戯るな。なにがDave共和国だ。子供になんてことをさせるんだ」

 Daveという男は一瞬背中のライフルに手をやりかけたが、Lynnの服を下から上まで見やると馬鹿にしたように笑った。

「なんだ」
「なんだとはなんだ」とDaveは肩を大袈裟な調子で竦める。「馬鹿なことを言い出すと思ったら、Vault野郎か。外のまともな世界に出てきたのはいつだ? え? 昨日今日か? 追い出されたのか?」
「おれのことはどうでも良い」
「どうでも良くはないさ。あんたは自分が正しいと思っているんだろうが、本当は何もわかっていない馬鹿なんだから」Daveは執務室の机に腰を下ろした。「良いか? このCapital WastelandはワシントンDCなんざとは全然違うんだ。外はミュータントした化け物だけじゃなくてRaiderの野郎共もうろついているし、地雷や汚染地帯がわんさとある。子供に銃を持たせるのは当たり前だし、か弱い子供を守るためにこうやって国を作るのは大人の義務だ。おれの、義務でやってやっているんだ。だからこうして7人の家族を守るために国を作っているんだ。わかるか?」
「Capital Wasteland?」
ここはもうワシントンDCじゃないってこった。核戦争でぐちゃぐちゃになった、放射能廃棄物だらけの都市だよ」Daveは背中の銃を手に取る。構えはしないがLynnのことを威嚇しているかのようだった。「ずっとVaultでぬくぬくしていた阿呆にはわからんだろうがな、ここはあんたが思っているような平和な土地ではないってことだ。失せろ。Vault野郎の入国を許可するほどおれは甘いやつじゃない
「あんたは……」
 Daveは言いかけたLynnを威圧するように銃把を握っていない側の拳を机に叩き付けた。


「Vault野郎の入国は認めない。24時間以内に出て行け」
 Daveは体格も良く、Lynnが戦って勝てる相手ではなさそうだった。元より暴力で解決する気はない。
 Lynnには彼に従う以外の選択肢はなかった。

「せめて朝まで泊めてくれないか?」
 LynnはDaveの言うとおりVaultを出たばかりで、辺りの土地勘がない。それにDaveの言うとおりに外が危険な場所であるというのならば、夜に闇雲に歩くのは避けたい。
Vault野郎を泊めるベッドはないね」とDaveは鼻で笑った。「外にベンチがあるからそこで寝るんだな。牛小屋とシーソーもある。好きなところを選べば良いさ。だが忘れるな。ここはおれの土地だ。おれの国だ。さっさと出て行くんだな


 取りつく島も無かった。LynnはDaveの家を出て、外のベンチで眠った。寒かった。

 朝日で目覚める。Daveの言葉ではワシントンDCは様変わりしてしまったとのことだったが、太陽は何も変わっていないらしい。
 身体の上に何かがかかっていた。毛布だ。子供用のものなのか非常に小さく、Lynnの胸から腰程度までしか覆えていない。しかし何もないよりはましだろう。毛布のおかげか、ベンチで寝たわりに体調も悪くない。
 Dave共和国の入り口にはRachelよりは少し年下に見える、花の飾りをつけた少女が立っていた。Rachelと同じく見張りなのか、銃を持っている。
「Rachelにありがとうと伝えておいて」


Lynnはそう言って毛布を少女に渡し、Dave共和国をあとにした。

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