78日目

城壁にかけられた梯子を登ろうとしたものには、いっせいに弓矢や投げ槍が撃ち出された。前後に動くことさえもままならず、しかも踏ん張りが利かない梯子の上、我先にと駆け上がろうとした兵士たちは敵兵と剣を交える前に貫かれて死んだ。
梯子ではなく壁面を攀じ登ろうとした兵もいたが、城壁からは熱した油や馬糞、火のついた棒が投げかけられ、兵たちは地面に叩き落された。

トレディアン卿の守るデルキオス城を攻めたスワディア解放軍のウルたちは、夜襲を仕掛けたにも関わらず、それを察知して防備を固めていた守備兵になすすべもなく敗退した。戦線から逃れてみると死者よりも負傷者の多く、それはつまり圧倒的な兵力差のせいで負けたわけではなく、士気と戦意を挫かれた上で負けたのだった。戦力差に著しい開きがあれば、こうはならない。死者多数で壊滅している。

「負けたな」
デルキオス城から一行軍分離れた駐屯地のテントで、イソラは項垂れていた。口調はいつもと変わらないが、珍しく意気消沈しているというのは表情でよくわかる。
70対100、そこまで圧倒的な戦力差でもなかったと思うが………、ううむ」
「圧倒的じゃなかったから、負けていられる。そうじゃなかったら、死んでいる」とだけウルは疲れた口調で答えた。戦闘で傷は負わなかったが、夜駆けは楽ではない。「それに城攻めにはふつう相手の3倍の戦力がいるのが常識だ」
「そうなのか? だったら最初から言ってくれ」
意外そうな表情のイソラを見て、ウルの口からはもう一度溜め息が出た。仮にも軍を率いる人間なら、それくらい当たり前のことだと思っていて欲しかった。70対100の戦を仕掛けようというのも正気ではないとは思うが。

とはいえ彼女だけの責任ではなく、ウルのほうにも慢心があったことは確かだ。夜襲ならば落とせると踏んでいた、が、読まれていた

馬が使えないというのは痛いな」イソラは腕を組んで唸る。
ウルの軍は騎馬軍が中心だ。騎馬は平原なら一騎で10の歩兵に相当する。平原における馬の機動力は高く、矢や投げ槍を簡単に回避する。四足は歩兵を蹂躙し、生半可な反撃は筋肉の鎧が通さない。馬に乗る騎兵の位置は高く、歩兵から急所となる胸や首を狙うのは難しい。一方で騎兵からすれば簡単に歩兵の首を落とせる。これが平原の戦いであれば、30程度の戦力差ならば10人以下の被害で敵を壊滅させることができただろう。
だが城攻めではその騎馬軍も運用できない。だからこそ奇襲で決着をつけようとしたのだ。それこそ相手の思う壷だった。

「やはり人数を集めたほうが良いんじゃないか」イソラが指を立てる。「クライス卿の軍やヴィンクード城の守備兵も城攻めをさせよう」
クライス卿の軍が約100、ヴィンクード城の守備兵隊も約100。ウルの本隊と併せれば、250は動員できる。
だが敵の軍がいるのはデルキオス城だけではない。ディリムやリンダヤール城にも敵はいる。

「じゃあ先にディリムかリンダヤール城を攻めよう」とウルに反論されたイソラが次の案を出す。
理想的なのはまずデルキオス城とリンダヤール城を奪取し、その後に防備の固い都市であるディリムを包囲することであった。
ディリムの防備は固い。スワディアの都市なのだから、当然だ。梃子摺っている間にデルキオス城やリンダヤール城から派遣された兵に挟撃される。とすれば攻められるのは残るリンダヤール城だが、位置的にはここデルキオス城からディリムを挟み、反対側にある。行軍だけでかなりの時間を使うだろうし、減った兵士を補充しなければ少ない兵で戦うことになりかねない。

城の外に誘い出して騎馬軍で攻撃を仕掛けるのはどうだろう」イソラはさらに別の案を出す。「もし誘いにかからなければ、兵糧攻めに切り替えるという手もあるな」
トレディアン卿はウルの軍が騎馬中心だと知って夜襲を警戒していたくらいだ、平原まで誘いだされることは確実にありえないだろう。兵糧も十分に蓄えがあるはずだ。最低でも30日は持つだろう。その間にディリムからの軍と挟撃される。

「否定ばっかりして、おまえは何か案があるのか」イソラは膨れた。

実はある。

が、面倒くさい。疲れる。
しかしそれを実行しなければ、城攻めもままならない。ウルは作戦を説明した。

まず足りないのは戦力だ。敵の三倍とはいかずとも、同程度の戦力は欲しい。しかしウルひとりで統率できる兵士は70程度が限界だ。クライス卿は守備を頼んでいるため、動かすわけにはいかない。他の人間がいる
この辺りはノルド、ロドック、ベージャー、スワディアの国境地帯だ。概ねベージャーとスワディアの領域ではあるが、ノルド、ロドックもこの辺りの土地に手をつけようとしている。ゆえに戦は多い。総勢200も越えない解放軍とスワディア王国の戦いは、スワディアにとっては小競り合いに過ぎず、王国は他の国々とも戦っている。

その行軍中の隊を狙い、攻撃を仕掛ける。戦前だろうが後だろうが関係ない。平原ならば勝てる。まずは懐柔を試み、失敗したら戦闘に勝って捕虜にし、解放軍に無理矢理にでも敵将を加える。
人数さえ動員できれば、デルキオス城は落とせる。確かに騎馬軍は動員できないが、弩弓で攻め続ければ城は落ちる。攻める側が有利なのは、守る側と違っていつ攻めるかを決められるからだ。遠距離から攻め続ければ、心が折れる。

「なるほど、よし、それで行こう」
「本気か」
「なにか問題なのか?」イソラは首を傾げる。
当たり前だ。昼夜を問わずに駆け続け、片っ端から攻撃を仕掛けていくのだ。野戦で100からなる敵を倒すのは簡単なことだが、数が増えるとそうもいかない。それにこちらに必要なのは解放軍に加わってくれる将なのだ。ハルラウス王への忠誠心が高い相手とばかり当たった場合にはまたすぐ次に攻撃を仕掛けねばならなくなる。
城攻めなら、勝利した場合は城という場所なり、城に眠る宝物なり、守備兵なり、相応の対価がある。しかし野戦を仕掛ける場合はその対価の保証もできない。
他に手がないのだから、仕方あるまい
説明を聞いたイソラがあっさりとそう言い切ったため、ウルは従わざるを得なかった。

数度の野戦を経た早朝、スワディア国、グラインワッド卿に接触、解放軍に引き入れる。
同日夕刻、グラインワッド卿の軍とともにデルキオス城を制圧したウルは、夕日の眩しさに思わずくしゃみをした。






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