80日目

「おまえらごときに城を明け渡すことになるとはな」
トレディアン卿は拘束されてなおも不遜な態度を崩さなかった。
「おまえは甘く見ていたな、わたしを、ウルギッドを、そしてっ」イソラは親指を立てて自身を指差す。「スワディア解放軍をなっ」

トレディアン卿はしばしの間イソラを見ていたが、やがてスワディア王国軍で数日前まで仲間であったウルとグラインワッド卿を一瞥して言った。「だれだ、この頭の悪そうな商売女みたいなのは」
「自称、スワディアの正式な皇女イソラ」とウルが答えてやる。
「おまえらは、まさかこの女の戯言を信じているのか?
「あんまり」
「わたしはウルどのに無理矢理仲間に入れられたんですが」とグラインワッド卿。
「城持ちにさせてやると言ったら仲間になると即答しただろうが」とイソラがグラインワッド卿に素早く言う。

「こいつが本当にスワディアの女王かどうかなんてどうでも良い」どうでも良くない、と憤慨するイソラを押さえ込んで、ウルは言った。「おれはハルラウスが気に入らないだけだ」
「あなたもともに戦いますか、トレディアン卿?」
グラインワッド卿が差し伸べた手を、トレディアン卿は払った。「おれはごめんだ。こんな女、信用できるか」
「じゃあデルキオス城はわたしのものですね」とグラインワッド卿が嬉しそうに言う。
「待て、なんでそうなる」
協力したら城をくれるという約束でしょう」
「だからといってデルキオス城をやるとは言っていない。ここは戦略上、重要な拠点だ。しばらくは持ち城が少ないんだから、計画的に行く必要がある。おれも城が欲しい
「それが本音ですか」
「そうだ、わたしも城が欲しいぞ」と横からイソラが言う。
「おまえはやめとけ」ウルは彼女を押さえ付ける。「城にはたいして面白いもんもないぞ。ディリムとか、街のほうが楽しい」
「なるほど、確かに言われてみればそうか」イソラはあっさりと納得した。
「よし、これでおれかあんたか、どっちかだな」ウルはグラインワッド卿に向き直って言った。
「どうやって決めるんです?」
じゃんけんだな」
「待ってください、ちゃんとルールを確認しておこう。カーギットだと手の出し方によって勝敗が逆だったとか言い出さないように」
「言うか」
「最初はぐーからで良いんですか?」 
「カーギット式だと、グから始まる名前のやつはぐーしか出せないというルールがある。破ればその時点で負けだ」
「スワディア式で」

ウルは大人しくしているトレディアン卿に違和感を感じた。拘束され、目の前で自分の城の所有権をじゃんけんで奪い合われているというのに、彼の目はどこか不敵で、何かを企んでいるように見えた。
「申しあげます!」
彼が何を考えているのかウルが気付くと同時に、城の中庭に偵察兵が駆け込んできた。
「距離は?」ウルは何も聞かずにそれを尋ねた。イソラとグラインワッド卿に、行くぞ、と声をかける。
一刻ほどの距離です」
「なんだ?」とイソラ。
「数は?」ウルはイソラの言葉を無視して、偵察兵に訊く。
「少なくとも、250。しかも」彼は言い辛そうだった。「どうやらハルラウス王率いる本隊のようです」
イソラとグラインワッド卿の表情が驚愕に包まれる。

トレディアン卿が笑い出す。

「聞いたな、逃げるぞ」ウルは厩へ足を向けようとする。
しかしイソラは動かない。「逃げるのか、ウルギッド?」
「当たり前だ。250だぞ」
「敵の本隊だ。ハルラウスを倒せば、われわれの勝ちだ
「あんたが殺されれば、こっちの負けだ」
「ウルギッドが守ってくれるだろう」
「いいか、こっちはただでさえ数で負けているのに、その上城攻めの後で疲弊しきっている。矢も槍も、馬も足りない。しかも向こうはおそらく敵の本隊だ。スワディアの騎士隊だろう。錬度が違う。たとえ平原だろうが、勝てない。幸いなのは、おそらくトレディアン卿が急使を送って駆けつけてきた軍だということだ。食料庫に火を放ってから逃げれば、兵糧がなくなって追いかけられなくなる。逃げるんだ」
「ハルラウスがいるんだぞ」
イソラは食い下がる。

「ふたりとも、早く行きましょう」先に逃げ出していたグラインワッド卿が叫ぶ。「ウルどの、イソラ皇女を引き摺ってでも連れていってください」
「わかってる」
ウルはイソラを担いだ。見た目どおり、軽い。中身が詰まっているのか怪しいくらいだ。
「降ろせ」
「降ろすか」
「戦うんだ」
「逃げる」
「逃げたらもう、取り戻せないんだぞ。二度と取り戻せないんだ」
これから取り戻すんだろうが」


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