42日目

勝った。
傭兵が、正式な軍隊に。しかも2倍近くの兵数を抱く軍勢に、勝利した。数の差をものともせずに、蹴散らした

それは時と場合によっては輝かしいことではあったであろう。
しかしここはベージャー王国の領土であり、敵はベージャー王国の貴族であった。

追撃の手から逃げ切るのに、道を選んでいる暇はなかった。
ベージャー王国のメリガ卿との戦から1週間後、セドたちはノルド王国の街、ティールの宿酒場に身を寄せていた。彼女は元がノルドの寒村の出身であるという。風土も食べ物に対しても気安く、過ごしやすいのだろう。

だがいつまでも安穏とはしていられない、とレザリットは思う。なにせ金がない。世の中、生きるだけでも金がいる。
折り良くサルゴスでトーナメントの開催予定があった。セドに出場するよう急き立てる。

「わたしは?」
と言ったのはクレティだった。彼女も腕に自信のある人間だ。あるいは部隊の金が足りていないのならば、自分が稼いでやろうと、そう思ったのかもしれない。
「サルゴスのトーナメントで使用するのは木斧と盾だ。おまえじゃあ不利だろう」
レザリットがそう教えてやると、なるほどと頷いてクレティが引き下がった。彼女は馬とナイフと馬の扱いは特異でも、重い手斧の扱いに関しては不得手である。一方でセドならば、なにせ馬の扱いはまだまだ怪しいところがあるものの馬鹿力だ。

セドは危なげなく優勝した。嬉しそうな表情で、賞金の袋を持って宿に戻ってきた。
「600が、一気に3000だ。これで当分はどうにかなるな」
レザリットがそう言うと、セドはばつの悪そうな顔になった。「いや、優勝賞金はそんなに高くないよ。200ディナルなんだけど……」
いや、3000だ、とレザリットはどっさり貨幣の詰まった袋を見せてやる。セドの持ってきた袋の5倍はあろうというその中身は、トーナメント賭け試合で得た金である。賭けた総額は600ディナル。それが遂には3000ディナルである。

クレティがトーナメントに出るのを避けさせたのも、賭け試合での儲けを見据えてのことだった。何しろふたりとも手加減というものを知らない。セドのほうが有利なことは確かであるが、かち合ってしまったらどちらが勝つかわかったものではない。危険なリスクは冒せない。

「まぁ、それはそれとして、だ」レザリットはクレティのことはさておき、セドに向き直って言った。「今、サルゴスじゃあ祝宴が行われている。それに行ってこい」
「祝宴?」
もしかしてトーナメントの祝勝パーティーか、と頓珍漢なことを言うセドに言ってやる。「そんなわけないだろう。ノルド王国の祝宴だ」
「ノルド王国のって……、貴族が集まって、あれ?」
「そうだ」
「あの、何の意味もなく集まって騒ぐ、あれ?
「そのあれだ」
「無理だよ」とセドは言う。だって、そんな、貴族の集まりなんか行けるわけないじゃない、と。
そこは問題ない、とレザリットは言ってやった。トーナメントの優勝者は、無条件で祝宴に招かれることになっている。

ドレスも髪結いもあったものではないが、とにかく挨拶の言葉だけ覚えさせて、セドを祝宴に向かわせる。

彼女が宿に帰ってきたのは夜も更けてからだった。
「どうだった?」と疲れた表情の彼女にレザリットは声をかける。
セドはぶつぶつと聞き取れないほどの声量で何か言った。
何しろ元が一介の猟師である。貴族の祝宴に参加するなど、彼女にとっては頭に鏃を向けられながら食事をするようなものだったに違いない。ほとんど死にそうな表情をしていた。
しかし何があったかは重要である。もう一度、何があったかと尋ねると、泣きそうな表情で彼女は言った。
「わたしのこと、傭兵だって知ってて……。次の戦役のためにノルド戦士を7人、鍛え上げてほしいって、頼まれちゃったよ」
「なるほど、誰に?
「緊張した……。ああ、もう、あんなの、厭だよ」
誰にだ?」
「だって、だって、王さまと話すのなんて初めてだったんだもん」
「よし、上出来だ

ほとんど会話にならないようなセドのことはクレティに任せ、レザリットは宿の自室に戻って訓練計画を立て始めた。
目論みは完璧なまでに当たった。今日の祝宴にセドを出席させた目的は、貴族とのコネクションを作ることであった。
カーギット、ベージャーと来て、ようやくノルドで運が回ってきた。コネクションを作る相手が王ならば、言うことなしだ。せいぜい恩を売ってやる。兵を鍛えることにかけては、まさしくレザリットの出番である。

レザリットの立てた計画に従ってノルド戦士の訓練が終了したのは、トーナメントから約一ヶ月の後であった。
幸運なことに、兵の引渡しのためにノルド王国、ラグナール王のところに向かったとき、王の軍はベージャー王国の軍と野戦の直前であった。兵は多いほど良い、さすがだ、とラグナール王は喜んだ。
「さて、報酬だが……」
言いかけた王を制し、レザリットは先んじて言う。「ラグナール王、こちらの要求を聞いていただいてもよろしいでしょうか」
聞こう、と頷いたラグナール王の前にセドを押し出す。
彼女はほとんど頭が回っていないようだが、何とか覚えこませた文章を声にすることに成功した。

「女の身でありながら、家臣になりたいと?」ラグナール王は怪訝な表情でレザリットに視線を移した。「そちらのおまえではなくて、か?」
「そうです」
セドに代わってレザリットは頷いてやった。
改めて考えてみると、自分は兵を率いるのに向いていない。ほとんど何も考えていない、本能で動いているようなセドにこそ、兵はついてくる。レザリットもクレティも、そうして彼女についてきたのだから。

難しいな、とラグナール王は腕を組んで考え込んだ。「カルラディアの歴史を紐解いても、女性に封土を与えたという例はない」
難しいと考え込ませた時点でこちらのものだ。レザリットは心の中で笑った。「では封土は頂かなくても構いません。代わりに、実力で城を勝ち取った場合に、その城を頂ければ
「うむ……」ラグナール王は逡巡した様子だったが、やがて顔をあげて決断した。「なるほど、それなら良かろう。よし、そなたをノルドの家臣と認めよう。実力で城を勝ち取ってみせよ

こうしてようやく、セドたちに士官の道が開けたのであった。


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