3-023C 《輝きのアミュレット》
絶望の闇を照らすささやかな光が、勇者に大いなる道を指し示すこともある。
それを古の人々は希望と呼んだ。


『こちら、《雷力師団長 ニコレアナ》です』
 女の声が響き渡る。
 あまりに巨大な声だったので、はじめエルトラは、その声が《雷帝 バルヌーイ》のものなのかと思ってしまったほどだった。

『《ベルトラン・デュ・ゲクラン》どのと、彼に従軍していた兵たちにお伝えします。災害獣が狙っているのはアル・テトラの森の奥に生えている《紫の宝樹》です』
 ニコレアナの声を聞きながら、エルトラは少女を抱えて走っていた。迫りくる《壊嵐の眷属》たちはベルトランが薙ぎ払ってくれるため、もはや隠れて進む必要はない。
「声のでけぇねえちゃんだな」
 と襲い来る化鳥どもを障害とさえ感じぬ様子で、ベルトランが呟く。
「たぶん、雷力術です」
「雷力術?」

『これ以上、あれに思い通りにさせるわけにはいきませんが、災害獣の巨体に剣や槍は通用しません。つきましては、相手はわれわれがします。だからあなたがたは負傷者とともに本陣へ戻ってきてください』
「やるっつって、やれんのかよ」
「雷力師団は、軍の中でも機密扱いの師団です。普通の雷魔術とは違う魔術を使うと聞いていますから、もしかすると、戦う術があるのかも。それに……」

 それに、とニコレアナはまるでエルトラの言葉を継ぐように言った。
『われわれには、雷帝がついています』
 
 これまでゼフィロン各地で暴挙を行ってきた災害獣に対し、雷帝の咆哮が響き渡る。


『師団長、《サンダーブースター》の起動完了です。16番、17番が不調で出力が最大の20%以下ですが、1番から15番、18番から23番はすべて出力80%以上を維持しています』
「よろしい」
 頷いて、ニコレアナは拡声器のスイッチを切る。

 ゼフィロンの召還英雄は《ベルトラン・デュ・ゲクラン》だけではない。
 召還されて以来、さまざまな発明を続けてきた男がいた。《サンダー・ブースター》も彼のおかげで完成したようなものだが、その副産物として、幾つかの機械も発明された。この拡声器も、そのひとつだ。

 ニコレアナは敵、《壊嵐の獣 オグ・シグニス》に視線を向ける。最初の一撃を受けて倒れ伏した巨大な災害獣は、ゆっくりと起き上がるなり、バルヌーイと雷力師団を最大の敵と認めたようで、ゆっくりとした歩みでこちらに近づいてきた。《壊嵐の眷属》たちも徐々に集まりつつある。
「作戦通りですね。師団各隊、予定通りに準備を。バルヌーイも、お願いします」
 ニコレアナが号令をかければ、雷力師たちが規則正しく動き出す。

 《壊嵐の獣 オグ・シグニス》の正体が、異世界から来た生物であるということは、既に飛雷宮からの情報で判明している。いや、生物というのは、正しくないかもしれない。
 飛雷宮の巫女によれば、オグ・シグニスというのは「一種の自然現象」のようなもので、つまりは台風のようなものらしい。触れられはするものの、それは本体ではなく、だから剣や槍での攻撃は無意味だ。もともと、剣が通じる規模の相手ではないが。

 しかし魔法で攻撃をしようにも、やはり構成する一部分が欠けるばかりで、すぐに再生してしまうから、決定打にはならない。自然現象なのだ。まさしく雲を掴むようなもので、一部を攻撃しても無駄だ。
 中心には核となる存在がある可能性が高いが、具体的な位置は不明で、それを貫くのは容易ではない。

「師団長、1から6番中隊まで準備完了です」
『ニコレアナ、こちらも良いぞ』
 部下とバルヌーイが、それぞれ報告してくる。ニコレアナは雷力デバイスである杖を掲げ、指令を出した。
「雷力砲、発射!」

 だから、吹き飛ばす。
 雷力師団の作戦は単純なものだ。《雷帝 バルヌーイ》の雷力を纏った咆哮を、《サンダーブースター》で増幅させた雷力師によって収束。通常なら拡散してしまうエネルギーを一点に集約させ、《壊嵐の獣 オグ・シグニス》を構成しているものそのものをぶっ飛ばす。
 いってみれば、雷雲の中に爆弾を投げつけて、雲そのものを吹き飛ばしてしまうような作戦である。

 空気を揺るがすバルヌーイの咆哮によって生じた雷撃が、雷力師たちが作った収束リングを駆け抜ける。リングをひとつ、ふたつと通り抜けるにつれて、稲妻は明るさを増してゆく。
「雷力砲、直撃します!」
 ゴーグルをつけた観測手が叫んだ瞬間、《壊嵐の獣 オグ・シグニス》に異変が起きた。正確には、その手に。その手の指輪が、紫色の光を発した。
『いかん!』
 バルヌーイが叫んだ刹那、災害獣を貫くはずだった稲妻は、まるで鏡で跳ね返ったかのように反転した。

 爆音が巻き起こる直前、ニコレアナは雷帝の巨体が、雷力師団たちを守るように立ち塞がるのを見た。
 轟音と砂煙で視界が塞がれる。
 ニコレアナも軽々と爆発で吹っ飛ばされた。背中から硬い地面に叩き付けられ、一瞬呼吸が止まる。

(くそっ………!)
 痛む身体を押さえて、ニコレアナは立ち上がろうとする。腕も脚もついている。自分は大丈夫だ。
 だが周囲に転がる雷力師団の中には、腕だの脚だの首だのが捥げているものたちがいた。破壊された《サンダーブースター》があった。全身が赤く爛れて苦悶の表情を浮かべる《雷帝 バルヌーイ》がいた。

 雷帝と雷力師の力を結集した雷力砲は、確かに災害獣の身体を貫くところだった。だが直撃する直前に、異様な力で跳ね返された。
(あの力は………)
 思考しかけたニコレアナは、目の前が暗くなっていることに気づいた。頭から失血したわけではない。急に夜になったわけではない。
 太陽を翳らせるほどに巨大な災害獣、《壊嵐の獣 オグ・シグニス》が目の前に佇んでいた。
 ゆっくりと、その左手が持ち上がる。鉄扇を持った左手が。各々の指に指輪を嵌め込んだ左手が。
(あれは、宝樹の………)
鉄扇が振り下ろされた。

 その扇が振り切られる以外の情景を、ニコレアナは想像していなかった。だから、躍り込んできた全身鎧の影が戦槌を振り、鉄扇を跳ね返したのが、まったく信じられなかった。
「あっぶねぇ……、間に合った間に合った」
 男の軽い口調には聞き覚えがあった。召喚英雄、《ベルトラン・デュ・ゲクラン》。壊滅した雷力師団とバルヌーイを守るため、丘を駆け昇って来たらしい。

 ベルトランの部下のスワントが丘の下でオグ・シグニスに襲われたとき、彼が槍で鉄扇を受け止めた光景は見てはいた。
 だがそのときは、槍を地面に突き刺して力を逃がしていたのだ。いまのように、戦槌で打ち返したわけではない。
 しかし本当は、あのときも受け止められたのだろう。武器の耐久度さえ十分ならば。戦槌なら、問題無いようだ。
「馬鹿力………」
 ニコレアナは殆ど独り言のように呟いた。

「エルトラぁ! そこのねえちゃんとか息あるやつ連れてさっさと逃げろぉ!」
「わかってます! でも、バルヌーイが………」
 ベルトランの怒声に答えたのは、スワントの男だった。確か、ベルトラン付きの兵士で、エルトラとかいったか。年若い少女を抱え、さらにニコレアナをも持ち上げようとする。
「自分で立てます……」ニコレアナは杖を突き、自力で立ち上がる。持ち上げられてもらえず、無駄に少女との体重を比較されたくはなかった。「それより、バルヌーイを………」
「雷帝を運ぶのは……」
「さっさとしろぉ!」
 再度鉄扇で打ちかかってきたオグ・シグニスの一撃を、ベルトランは戦槌で返す。このまま雷力師団とバルヌーイを守るために、巨大な災害獣の前で時間を稼ぐつもりのようだ。
 恐るべきはその膂力。そしてそれを実行するだけの度胸であった。

 だが災害獣は、僅かな時間稼ぎさえも許してはくれなかった。
 オグ・シグニスの左手がゆっくりと動き、帯に差していたもう一本の鉄扇を掴む。
「だからさっさとしろって言ったのに……」
 緊張感の無い口調でベルトランが呟いた。

 振り下ろされるのは二振りの鉄扇。
 ベルトランはひとりしかおらず、部下の雷力術師たちは傷つき、雷帝も未だ立ち上がることさえできない。どちらかの鉄扇が、《雷帝 バルヌーイ》と雷力師団たちを断ち切ることになってしまう。
 自分がどうにかしなくては。
 そんな考えは、しかし巨大な鉄扇の前に吹き飛んでしまった。ニコレアナは恐怖に立ち尽くすことしかできなかった。

 鉄扇が振り下ろされる瞬間、ニコレアナは恐怖で目を瞑ってしまった。
 だがいつまでも経っても、鉄扇に押し潰されることはなかった。
「やれやれ」
 その声は、高い位置から聞こえてきた。
 恐る恐る目を開けば、目の前にあったのは、ゼフィロンの誰よりも巨大な体躯。黄金色の羽をあしらった軽鎧に身を包み、人ひとりよりも巨大な斧を腰に下げた、ミノタウロス。その右角が根元から折れているからには、該当する人物はひとりしかいない。

「やはりおれさまがいないと駄目なようだな」
 《折れ角の暴風 モル・ガド》が、その剛腕で災害獣の鉄扇を受け止めていた。

 そして左の扇をベルトランに、右の扇をモル・ガドに抑えられ身動きの取れなくなった災害獣の胸を、閃光が貫く。
「ふたりとも、時間稼ぎご苦労さん」
 災害獣の胸を突き破り姿を現したのは、ゼフィロンに轟く雷光、《竜騎士 イェルズ》であった。
「なぁにが時間稼ぎだ」と鉄扇を放り出して、モル・ガドが鼻を鳴らす。「おれさまが仕留めてやっても良かったんだぞ」
「あんたじゃあ、おれのように華麗に仕留めるのは無理だね」
「おい、仕留めきれてないぞ」
 とこちらも余裕綽々の調子でベルトランが言った。指し示すところでは、飛龍が通り抜けられるほどの穴が胸に空いていたはずにも関わらず、既にオグ・シグニスの傷は塞がっていた。

「うーむ、おかしいな。ちゃんと心臓っぽいところを狙ったんだけど」とイェルズが首を捻る。
「こういうときは頭を狙うのが定石だろ」
「頭だと髪が絡み付いてゲルトワースが厭がりそうだったんだもん」
「だもんじゃねぇ」とモル・ガド。「だからおまえは詰めが甘いのだ」
「いや、再生とかずるくね? そういう能力はバストリア行けよ」

 巨大な鉄扇を拾い直し、《壊嵐の獣 オグ・シグニス》の周囲に紫電が走り始める。今度は鉄扇を振り回すだけではなく、雷による攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。
 だが《竜騎士 イェルズ》、《折れ角の暴風 モル・ガド》、そして《ベルトラン・デュ・ゲクラン》の3人は一歩も引かずに、各々武器を構える。

「うーむ、しゃあない。もうひと働きするか」
「今度はおれさまがやってやる」
「たまには真面目に働くかね」
 己より遥かに巨大な災害獣を前にして軽口を叩く3人の男たちを見て、ニコレアナは開いた口が塞がらなかった。

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