3-067R 《風雷の剛勇》
シグニィの加護を受けるとき、ゼフィロンの戦士の繰り出す刃は風のように鋭く、雷のように避けようがなくなる。


 巨大な災害獣を目前にして、ひたすら緊張感の無い3人の男たちが、手に手に斧を、槍を、戦槌を持って軽口を叩きあっていた。

 部族の象徴たる大角を失い、それでもなお長として君臨し、あらゆる外敵を薙ぎ倒すミノタウロス。
「おい、イェルズ、ベルトラン。勝負といこうや。誰があいつを倒せるかってな」
 暴風。《折れ角の暴風 モル・ガド》

 ゼフィロンの雷と同様に、飛竜ゲルトワースとともに大陸全土にその名を響かせる竜騎士。
「そんなの勝負しないでもわかるだろ。モル・ガド、あんたは休んでてもいいんだぜ」
 迅雷。《竜騎士 イェルズ》。

 鎧を着た豚と罵られた容姿を漆黒の鎧で包み、味方を死なせることなく数多の戦に勝利してきた召還英雄。
「確かに勝負しなくてもわかるな。だから無駄なことしないで、あんたらふたりとも下がってなって」
 軍神。《ベルトラン・デュ・ゲクラン》。

 3人は言葉通り、協力して作戦を立てるでもなく《壊嵐の獣 オグ・シグニス》へと向かってゆく。
(こ、こいつらは馬鹿なのか………)
 この危機的状況だというのに、ニコレアナは頭を抑えて唸らずにはいられなかった。

 ちらと横を見れば、エルトラというスワントは戦いには参加してはいないものの、目の前で《壊嵐の獣 オグ・シグニス》が暴風を巻き起こし、《壊嵐の眷属》が襲い来るこの状況で逃げ出すでもなく、平素な表情で負傷者を救護しようとしているのだから、まともとは言い難い。
 また彼が連れていた少女も、負傷した兵士の傍に跪いて手当てをしているのは、脚を怪我していてひとりでは動けないから、という理由だけではないのだろう。災害獣と戦っている3人のことを、信じ切っているようだ。

『成る程……、こうなったか………』
 低いながら、女性のような硬さを持つ声が空気を震わせた。
「バルヌーイ、目覚めましたか」ニコレアナは安堵の息を吐いた。「良かった……」
『ああ……、なんとか生きてるよ』
「今の状況を説明します。雷力砲が跳ね返されたあと、《折れ角の暴風 モル・ガド》、《竜騎士 イェルズ》、《ベルトラン・デュ・ゲクラン》が救援に駆けつけました。現在、時間稼ぎを行っています」
『あれが時間稼ぎに見えるか?』
 バルヌーイの言葉に釣られ、オグ・シグニスのほうを見る。巨大な災害獣相手に、モル・ガドは足を攻め、ベルトランは鉄扇を振り下ろした瞬間に腕に登り、イェルズは飛龍ゲルトワースとともに頭を攻撃していた。迫り来る眷属相手のことは、まるでついでのように薙ぎ払っている。
 雷を湛えた積乱雲の内部のような音がした。どうやらバルヌーイが笑ったらしい。

『男というのは不思議なものだな』
「は?」 
『あんな巨大な異世界の化け物と無数の獣相手に、たった3人だというのに、どうにかなりそうな気がしてくる』
「それは……、男尊女卑の発言では?」
『そう思うんだから、仕方あるまい。男と女なら当然の感情だ』
「バルヌーイ……、ずいぶんとロマンチックなことを言いますね」
『わたしだって、そういう心持ちになるときはある』
 と言って、バルヌーイはまた笑った。
 ニコレアナも微笑みかけて、いまはそんな状況ではないと思い直す。危なかった。自分もベルトランたちのような根拠のない自信と虚勢で溢れかえるところだった。気を引き締めねば。

「バルヌーイ、それで、あの災害獣なんですが……」
『ああ、雷力砲を跳ね返されたことでわかった。あれはどうやら、宝樹の力を得ているらしい』
 ニコレアナもそれには気づいていた。雷力師であるニコレアナには周囲の電磁場のベクトルが感じ取れるのだが、オグ・シグニスの左手の指輪の周りだけ、電磁場が異常な密度となっていた。
『ニコレアナ、まだ魔力は残っているか?』
「なんとか。稼働する《サンダーブースター》があれば、収束リングのひとつくらいなら作れます」
『核の位置が、おおよそ掴めた。わたしとおまえだけでは雷力砲の威力はだいぶん落ちるだろうが、核を撃ち抜ければおそらくは倒せる。だから問題は、こちらの攻撃を弾くあの指輪だけだ。
 逆にいえば、指輪がなければ攻撃が通じる』
「つまり、あの3人に頼るってことですか」
『そういうことだ』

ニコレアナが周囲を見渡せば、拡声器が落ちていた。外殻が破損してはいるもの、装置そのものは壊れてはいない。スイッチを入れる。
『3人とも、聞こえますか!? いまから重要な情報を伝えます』


『聞いてください!』と拡声器で拡大された《雷力師団長 ニコレアナ》の声が響き渡る。『オグ・シグニスを構成している大部分の粒子は雲と同じ、水滴に過ぎません。しかしそれら一粒一粒が強力な電磁場によって、オグ・シグニスという災害獣を形作っています。ですから、剣で攻撃してもすぐに再生されてしまいます。
 雷力術なら通用しますが、先ほどのを見ての通り、濃密な電磁場によって跳ね返されてしまいます。ですが、その電磁場の発生原因がオグ・シグニスの手、正確には左手の指輪であることはわかっています。そこで……』

「おい、ニコレアナがなんか言ってるぞ」
 と飛龍の上からオグ・シグニスの巨体の上に飛び移ったイェルズが言った。
「聞こえてるよ。でも、何言ってんのか、さっぱりわからん」とオグ・シグニスの肩からベルトランが応じる。
「おい、モル・ガド。あんたわかるか」
「おまえは馬鹿か」と遥か下方、オグ・シグニスの足元から、モル・ガドが叫び返す。「訊く相手を間違えてる」
「そういえばそうだった」
「あのねぇちゃん、ちょう切れてるっぽいんだけど」
「ニコレアナは怒りっぽいんだよな。美人なのに」


「なんでうちの英雄は馬鹿しかいないんだろう………」
 全く情報が伝わっていない様子の3人にニコレアナが落胆すると、バルヌーイが緊張感無く笑った。
『ニコレアナ、いまのはおまえの伝え方が悪いな』
 平素は雷帝として、威厳に満ちた姿で知られるバルヌーイの、こんな屈託の無い笑いを見るのは初めてだった。

***
***

「それで、どうなったのですか、ニコレアナ?」
 静かな女の声が飛雷宮に響いた。
 災害獣との戦いから3日後、ニコレアナはシグニィ聖殿の飛雷宮に召集をかけられた。戦後の忙しい時期に何かと思えば、目の前で災害獣との戦いを見たニコレアナに、当時の状況を語ってほしい、という飛雷宮の巫女の要望であった。
 くだらないといえばくだらない話だが、飛雷宮の巫女の命令は殆ど絶対のものだ。
 何より、いつもは氷河のように感情を表さない巫女が、不思議と嬉しそうにお願いしてくれるのだから、ニコレアナとしては悪い感情は持たなかった。

 ニコレアナはどう答えれば良いのか少し考えたのち、どんなに言葉を尽くしてもあの3人の戦いぶりを正確に伝えることはできそうになかったので、見たままを語ることにした。
《竜騎士 イェルズ》、《折れ角の暴風 モル・ガド》、《ベルトラン・デュ・ゲクラン》の3将軍は、《壊嵐の獣 オグ・シグニス》の指を4本まで切り落としました。イェルズが2本、ほかのふたりが1本ずつ」
「つまり、イェルズが勝ったわけですね」
「モル・ガド将軍は、イェルズはゲルトワースに乗っているので、2人で2本で、つまり全員1本ずつなので引き分けを主張しました」
 と教えてやると、飛雷宮の巫女は鈴のように笑った。
 巫女とニコレアナとの間には薄布が張られているため、布の隙間から時折見える白い脚以外には、巫女の姿は影しか見えない。だが、巫女がこれまでにないほど愉快そうにしていることはわかった。

「指自体はすぐに再生されましたが、落ちた指輪は地面に触れると、すぐに砕けました。
 宝樹で張られた防御壁が弱まるのを感じたため、わたしとバルヌーイは雷力砲を撃つ準備を始めました。しかし5本目の指を落とされるまえに、あの災害獣は雲散霧消してしまいました」
「そのようですね。おそらくは、次元の狭間に逃げ込んだのでしょうが、もう戻ってくることはないでしょう」
 と巫女は言った。何の根拠も無い発言だったが、不思議とニコレアナはその言葉が信じられた。

「クロノグリフの記述が変わったようですね。《雷帝 バルヌーイ》が生き残ったのは僥倖でした」
「クロノグリフが?」
 不意に出てきた単語に、ニコレアナは思わず訊き返す。ゼフィロンではイースラのようにクロノグリフを研究しているわけではないし、ガイラントのようにクロノグリフを崇めているわけではない。ただ、そうしたものが存在しているのを知っているだけだ。
「わたしたちにとって、ザインの使徒のクロノグリフは、いってみれば地を這いずる蛇にとっての天上のようなものです。厚い雲に覆われれば、上空の風景は想像もつきませんが、それでも雲を突き抜けてくる僅かな光で、天上の光景は幾らか想像することができます。
 今回の闘いでは、バルヌーイは死んでいておかしくありませんでした。というより、ずっと以前からその予兆はあったのです。ですがそれは、外れた。ならばクロノグリフの記述が変わったと判断すべきでしょう。
 そしてクロノグリフの記述は独立のものであはりません。ひとつの記述が変われば、波のように伝播する。だから、ほら………」

 巫女が薄布の間から白い手を伸ばしたとき、「失礼致します」との声がニコレアナの背後からかかった。振り返れば、《飛雷宮の衛士》が跪いていた。
「斥候からの報せがふたつ、届きました」
「良いタイミングですね」と今度は声はたてなかったおのの、巫女はまた笑ったようだった。「良い報せ悪い報せがあるのでしょうか?」
「は……、いえ」
 と冗談の通じなさそうな《飛雷宮の衛士》は少し戸惑ったようだったが、気を取り直した様子で報告を読み上げる。
「ひとつは、グランドールの災害獣、ニルヴェスが撃退された報せです」
「もうひとつは?」
「災害獣との戦いの最中、討魔軍アリオンの指導者でもあった《聖王子 アルシフォン》が死亡しました

「なるほど、やはり悪い報せ良い報せでしたね」
 薄布の狭間から見えた飛雷宮の巫女の表情は、同性のニコレアナから見てもぞっとするほど妖艶な笑顔だった。

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