1-105U 《デス・ブリンガー》
そう、あなたたちにとって非業の死とは、いつでも他人の身に降りかかる運命の悪戯に過ぎない……私に出会うまでは。


「己が《疫魔の獣 イルルガングエ》を討ち取ったならば、フィルメリア姫の伴侶にさせてほしい」
 ウーディスは黒の覇王に、そんなことを嘆願してきたのだという。

「条件というほどのものではございません。承諾していただかずとも、《疫魔の獣 イルルガングエ》は自分が必ず討伐します。
 ですから、これはただ、自分の願いのようなものなのです」
 ともウーディスは語ったという。

「おれはあの男のことが気に入っている。顔を見せたことさえないというのに、馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、あの男、なかなかの気骨者。
 何より、時空魔術を嗜んでいると言うではないか」
 黒の覇王が言いたいのは、つまり、病によってフィーの身体に異常が起きても、時空魔術師が伴侶としてついているのであれば心配ないだろう、ということらしい。

「フィー……、姫さまは、なんと?」
 アロンドはようやく声を発することができるようになった。われながら情けないほどの、震えた声だた。
「縁談話はしておらんが、フィルメリアもウーディスを気に入ってはいるらしいな。もちろんおれとしては、フィーが厭だというのなら、無理強いはすまいが……、娘の様子を見るに、拒絶はすまい
「では………」
 自分にいったい、何を訊きたいのだ。何を言わせたいというのだ。黒の覇王の視線を前にして、アロンドは言葉を叩き付けたくなった。
「おれは、フィルメリアの具合についておまえに訊きたいのだ。あの子の主治医は、おまえだからな。
 ダークエルフの呪いはだいぶんマシになったとはいえ、あの子の身体は弱いままだろう? 結婚だのなんだのにあの子が耐えられると思うか? どうだ?」

 ただ言えば良い。フィーの身体は丈夫ではありません、と。結婚だの懐胎だのは無理です、と。
 でなくても、自分が傍に付き従ってやらなければ体調が悪くなります、と。ほかの時空魔術師などには任せられません、と。
 だがアロンドの喉からは、声が出なかった。



 所々に篝火が掛けられているとはいえ、夜中である。螺旋階段は暗かった。
 一歩一歩、アロンドは松明を持って進んだ。

 場所はバストリア王都の一角。ウーディスが住んでいる塔である。かつては見張り塔として使われていた場所であるが、老朽化に伴い使用されなくなっていた場所を、最近になってウーディスが気に入り、住めるようにしたのだ。宮仕えの騎士となれば、相応の屋敷が用意されるものではあるが、ウーディスはこちらを好んだらしい。

 ふと立ち止まり、かつて師と旅をしている途中で出会ったダークエルフに教えてもらった雷魔術を試してみることにした。魔力を雷力に変換し、細い糸を張り巡らせる。
 ウーディスは騎士団とともに、《疫魔の獣 イルルガングエ》討伐出立前の記念式典に出ているはずだ。式典とはいうが、要はパーティーだ。酒でも飲んでいる頃合いだろう。しかし警戒しておくにこしたことは無い。
 これでアロンド以外の者がこの先に立ち入ろうとすれば、それを感知できるようになった。もっとも、相手も魔術師なら、結界を破ったことを知覚してしまうだろう。もっと熟練すれば、立ち入った相手に気取られないようにもできるらしいが、いまのアロンドにはこれが限界だ。

(ぼくはいったい、何をしに来たのだろう)
 アロンドはそんな問いを自身に投げかけたくなった。
 黒の覇王に、アロンドは何も言えなかった。何も。それは、フィーが望むならば、ウーディスとの婚姻を阻止すべきではないと思ったからだ。フィーが常日頃、ウーディスを情愛の籠った視線で見ていることは知っていた。
 アロンドには、止められない。

 だが、だがもしもウーディスが害悪ならば、話は別になる。
 敵ならば、結婚なんて馬鹿話は阻止できる。アロンドはそう思い、未だ名前以外は正体不明のウーディスという人物について、探るつもりで彼の住居にやってきたのだ。
 念のためにと武器は持ってきてはいるが、アロンドが握っているのは剣でも弓でもなく、注射器である。形状だけは小剣に近い。
 日頃運動をしないアロンドは、通常の武器は使いこなせないので、使い慣れた道具を護身用に持ってきたのだが、実際にこんなちゃちな道具を握っている状況になると、不安で堪らない。相手は覇王の護衛騎士だ。

 木製の扉を開ければ、小さな部屋があった。元は見張りの兵が寝泊りするはずの宿直室だ。古い見張り塔なので、これ以外の部屋は無い。ウーディスの秘密が隠されているなら、ここ以外にあり得ない。
(意外と小奇麗だな………)
 円形の小さな部屋であるが、簡素な寝台のほかは、机と本棚があるだけだ。本棚に収められているのは、魔術所の類らしく、アロンドが持っている時空魔術関連のものもあったが、外国語や古代文字で書かれているものもあった。ウーディスはこんなものまで読めるというのか。
「これは………」
 もうひとつの家具である机に近寄ったアロンドは、思わず驚きの声を漏らした。

 机の上には汚れた紙が幾つも並べられている。変色したそれらは、《疫魔の獣 イルルガングエ》について書かれたものだった。

 《疫魔の獣 イルルガングエ》については、その存在と《疫魔の眷属》を産み出していることはわかってはいるものの、その詳細については不明である。
 しかしウーディスの部屋にあったこの紙片には、《疫魔の獣 イルルガングエ》の体長や弱点、行動パターンなど、《疫魔の獣 イルルガングエ》に出会った者しかわからない、いや、もっと深くイルルガングエと関わって来た者にしかわからない情報だらけだった。
(あの男は、まさか………!)

 背中に大きな衝撃を感じた。

「おまえは邪魔だ」
 低い声が響いた。
 己の腹に視線を向ければ、噴き出す鮮血とともに巨大な剣の切っ先が見えていた。

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