《メリナ・エモンス/Melina Emons》、
月影の暗殺者と遭遇すること

 夢の影と美しい歌声。どんな夢想よりも〈月の梯子〉は美しい光景を繰り広げさせていました。最初の一歩を踏み出して木の階段を登り始めた《メリナ・エモンス/Melina Emons》は周囲の風景を見物しながら歩み続けました。雲の上の人魚たちは彼女を歓迎し、毛のついた亀は星屑の海の中を泳いでいました。飛び回るクリームケーキがチェリーを投げ、真っ白な雲は甘い綿菓子に星屑をばらまきました。

「危険よ」

 突然聞こえてきた声に、メリナは驚いて身構えました。声を発するような者は周囲にはいなかったはずです。では幻聴でしょうか?
「危険? 危険だと? 何が? わたし? それとも〈月の梯子〉が? それとも……いったい何が危険だというの?」

5-0-5EL《見えない者 月影/Moonshadow the Unseen》

 シュウク。
 その息を吐き出したかのような返答の直後、メリナの髪を掠めていく短剣が白い星を粉々にしました。それでようやく、メリナは己を取り戻すことができましたが、考え事を呟いて口述することしかできませんでした。相手は青いマントを押し付けて顔を隠していましたが、その短剣が正体を教えてくれました。

「月影か……? 暗殺者がナイフ投げを外すとはな………」
 夢に酔ったメリナは、星屑とともに飛んで来る短剣をぼんやりと眺めることしかできませんでした。



《セルヤ・タスデレン/Serya Tasdelen》、
ドライアドとナガの仲裁を試みること

 森の入口を挟む両陣営の間に流れるのは混沌だけでした。森の中ではカイデロンに対抗するために、一時的に内乱を停止することに合意した種たちの長がいました。しかし彼らが止めようとしたにもかかわらず、未だ争いを続けていた者もいました。兵の間にエルフらと森の獣たちが立ちふさがりました。《アニル・ルーレシ/Anil Luleci》、《ミュラ・タスディバル/Murat Tasdivar》、《ナーガ女王プナル/Pnar, Queen of Naga》が共にいまいた。

5-0-3EL《ナーガ女王 プナル/Pnar, Queen of Naga》

「森の中に入ってくるまでは待たなければいけない。森が壊れるのが厭だというのは理解できるが、それを覚悟してでもカイデロンに二度とシエリオンに侵攻するなどという馬鹿な考えは起こさせないべきだ――あの程度の兵力ならば、我々が協力すれば十分に対抗できるだろう」
「何が言いたい? あの程度は我々ドライアドの戦士だけでも十分だというのは当たり前だ。カイデロンの全兵力が来ているわけではないのだから、自慢にもなるまい」
「ドライアドの女王よ、今は自尊心を立てたり、敵を見くびっている場合ではない。わたしたちの真の敵は、この森の外にいるのだ。砂漠では蔓を育てることもできないんだぞ」
「我はドライアドの女王である。そして、我々ドライアドの蔓が咲かない場所はない。ドライアドはもう行く」
「ドライアドの力は認める。でも、勝手な動きはやめて。力が分散されれば、この戦争は負けるかもしれない。わたしたちは、シェイクの援軍が来るまで待てばいいだけなんだから」
「敗北の危惧など必要ないということを証明してやろう。我々は出発する」

5-0-58EP《セダ・アーズ/Seda Arzu》

 ミュラはアニルとドライアドの女王のやり取りを静かに聞いていました。彼にはアニルの手助けをすることはできませんでした。
「セルヤ、いる?」
「はい、アニル」
「エルフたちを連れて、ドライアドのあとについていってちょうだい。森の入口を確保して、ドライアドが後退するときに助けてあげて。シェイクやエスファイアの援軍が来るまで持ちこたえるのが最優先だよ。わたしはドライアドが交代した時に備えて、森の中での戦闘を準備しておく。エルフたちも」
「了解、アニル」



《夢の吸血鬼 アリス/Alice, the Dreamvampire》、
シエリオンを遊び場にすること

 統率する者のいないカイデロン陣営は、森の中よりも混乱に包まれていました。というのも、森の入口の前、最前線に立っていたのはミケイラ家とアルゼン家のふたつの一族だったからです。《死の花 ミケイラ/Mikhaila, Flower of the Dead》は暴走しないようにと前線に立つことを許されず、代わりに《夢の吸血鬼 アリス/Alice, the Dreamvampire》が彼らを指揮しました。彼女の愉快趣味を満たすために僅かな事件は起きましたが、大事にはなりませんでした。

「うん、面白い、面白い、面白いなぁ。あの子はあなたはこれからどうなるのかなぁ? 暫くの間、退屈することはなく過ごせそう。これだから、子どもって大好き」
「アリスさま、シエリオンの先制攻撃がありました。現在、ドライアドが森の入口で我々に向かい飛びかかってきたそうです」
「オーケィオーケィ。さぁ野郎ども、さっさと行ってあの木を千切っちゃおうぜ」



《ゼダ・アーズ/Seda Arzu》、
砂漠に蔓を広げること

「ドライアドよ、わたしたちに力を見せておくれ。今後カイデロンが二度とシエリオンの地に踏み込むなどという暴挙を思いつかないようにしてやろう。ドライアドの女王である《セダ・アーズ/Seda Arzu》が命じる。わたしの呼びかけに応えよ、出陣!」
 砂漠に出陣したドライアドの女王、セダは砂漠に森を作り始めました。砂の中から湧き出してきた木樹は急速に広がり、カイデロン兵の死体と魂を襲い、森に取り込みました。ドライアドの先制攻撃で戦争が始まったのです。

5-2-82R《自然の守護蔓/Protecting Vine of Nature》

 伸びていく蔓と肥大化していく幹、視界を遮る葉にカイデロン兵は慌てたように大きく後退せざるをえませんでした。この様子を見守っていたセダの口元に満足気な微笑が浮かびました。しかし、その笑顔は長くは続きませんでした。

 急成長した不安定な森の木樹はたちまち腐り始め、その樹から伸びる蔓は簡単に切断されました。蔓に縛られていたゾンビや吸血鬼は歯で蔓を千切りはじめました。その鋭い武器は、最終的に丈夫なドライアドの皮膚を裂き初め、ドライアドは後退せざるをえませんでした。

5-3-127U《死体食いゾンビ/Corpse-Eating Zonbie》

 セルヤの助けを借りてようやく後退に成功したセダは森の中のどこかに逃げてしまい、残りのドライアドは森の住民とともに森の中でカイデロン兵と再度闘う決意を固めました。泥の中に埋もれゾンビと同じ死体となりつつあるエルフと、魔法を使いながら焼かれていったナガ、蔓に首を締められ死んでいく血族、全身から血の気が失われたドライアド。つるに首締め死んでしまった血族と全身に血の気が消えてしまったドライアド。アニルは忙しく飛び回りながらも、森のなかに黒い影が覆い始めたことに気づきました。
 その時でした。

「シェイクだ! シエリオンの支援に馳せ参じた! 闇の根源であるカイデロンを共に撥ね退けよう! 突撃!」



《アイリン・ベル/Irene Belle》、
勝利と敗北を知ること

《アイリン・ベル/Irene Belle》の叫びを魁とし、〈羽〉たちは森の中へと突撃していきまいした。森の外では《イエバン・ナイト/Yevan Knight》がカイデロン兵を攻撃し、森の中ではシエリオンもカイデロンに反撃を開始し始めていました。
《夢の吸血鬼 アリス》は既に森を抜けだしており、援軍として駆けつけてきた〈羽〉を目にした血族たちもまたアリスに続きました。
 オベリスクの命令のみを聞いていたゾンビたちはばらばらに引き裂かれ、もはや再生することはできませんでした。聖女が戦場に到着する黒い雲は消えていき、こうして森の戦争は集結しました。

 森での戦いは終わりを告げましたが、アイリンは不穏な空気を感じ取っていました。戦争を起こしたにしてはカイデロン兵の力はあまりにも弱く、悪魔はおろか血族も多くはなく、兵はゾンビばかりでした。

「奇妙だ。カイデロンの悪魔が見当たらないなんて……何か騙されたような気分だ。もしこれが何かの策略ならば、カイデロンの他の戦力はシエリオンの街道ではなくエスファイア側に来ているのかもしれない。だが、エスファイアが何か火急の事態を察知していたならば何かがあるはずで…………」
 アイリンはここまで考えて、すぐに聖女を探して飛び上がりました。聖女、《エイミー・ファニング/Amy Fanning》は《フローレンスホワイト/Florence White》やアニルとともに負傷者の治療にあたっていました。飛んできたアイリンを目にしても、彼女は負傷するエルフの治療を優先していました。

5-0-59EP《エイミー・ファニング/Amy Fanning》

「聖女さま、戦闘は終了しましたが、何か奇妙です。我々の予想よりもカイデロンの兵力が少なすぎます。アニルさま、よろしければ、カイデロンが森の入口に姿を現したときにその数を確認した偵察兵を呼んでいただけませんでしょうか?」
「その必要もありません。既に偵察兵からは話を聞いています。彼女に初めて聞いたときよりも、軍隊の規模が明らかに減っているのはわたしもおかしいと思っていました。ですが、斥候を出しても周辺に隠れている悪魔の姿はありませんでした」
「やはり何かがおかしいということですね……。フローレンス、少しの間、この現場はお願い致します。わたくしは直接アイリンに同行して見回ってきましょう。アイリンがわたくしを抱いてくだされば、すぐにひとっ飛びできますから」
「あの赤いリボンのついた手紙が来るのを見ると、その必要はないかもしれませんね。負傷者は森の中で治療を続けさせてください。残りの者は移動の準備を」
「おそらく、急を要する内容です。シエリオンの者も、我々と同行するつもりなら、速急に準備をする必要があります」
 フローレンスが指す方向にはリボンをついた文書を携えたエルフがおり、そのエルフの表情はあまりに緊迫していました。



《エロン・ホワイト/Eron White》、
期せずして訪れた実戦に怯えること

 聖都セノトは燃えていました。誰もが予想だにしなかったカイデロンの襲撃だったのです。山脈と大河に挟まれた天然の要塞であるセノトでしたが、殆どの兵がシエリオンの救援に出払ってしまっていたため、魔王《ベリアル/Belial》は簡単に防衛のイエバンナイトを殺害し、聖都セノトを燃やし尽くすことができたのです。

5-3-133C《荒廃の大地/Destroyed Land》

 カイデロンの強襲に、《エロン・ホワイト/Eron White》は悪魔に吶喊してその身体を両断することで対応しました。ですが彼ができることはただそれだけでした。
 イエバを捨ててアゼルに仕える《堕天使/Fallen Angel》たちが先頭に立ち、《ゾンビ天使/Zonbie Angel》たちを指揮し、悪魔との契約者は己の悪魔を召喚してシェイクを蹂躙しました。結界はなんの意味も持たず、聖域は悪魔に蹂躙されました。シェイクの空は黒い翼の天使と悪魔に染め上げられました。

5-1-85U《ゾンビ天使/Zonbie Angel》

 不幸中の幸いは、聖女がシエリオンの支援のためにシェイクの外に出ていたことで、彼女の命だけは救うことができました。彼女を探すために血眼になっているカイデロン兵の隙を突き、逃げ惑うシェイクの市民を助け、エロンは己の身体も崩れた建物の下に隠れることしかできませんでした。



《メリナ・エモンス/Melina Emons》、
愛弟子に助けられること

 星屑を超えて、《月影/The Moonshadow》の短剣はメリナの眉間めがけて飛んできました。メリナはそれを避けることができませんでしたが、短剣はひとりでにメリナを避けて飛んでいってしまいました。

「ミアさまのおかげか………」

 メリナが未だ呼吸をし続けられていることは、ミアの奇跡としか表現しようのないことでした。月影が投げるナイフはすべて彼女の目の前で星屑に逸らされ、月影が彼女に近づこうとすればそのぶんだけ星屑の道は広がりました。
 しかし、ようやく注意力を取り戻すことのできたメリナが魔法を使うまえに月影は目の前から消えてしまい、逆に逃げようとすれば道は戻ってきてしまいました。どうすることもできず、ふたりは迷子の星と化していました。飛んでくる星に触れたメリナの服は焼け焦げ、短剣を持って飛び交う月影はさらに速い速度で追いかけてくる星を避けなければいけませんでした。
 冷静沈着であるはずの月影さえも、怒りで興奮し始めました。彼は持っている短剣が残りふたつしかなかったにもかかわらず、何があってもメリナを殺してやろうと決意を固めました。そして飛んでくる星をメリナに向かって逸し、それを避けようとしたメリナが倒れた隙に最後の2本の短剣を携えてメリナの首を掻き切るために跳躍しました。
 そのとき、何者かが彼の後ろに現れました。

「おまえがこれまで殺した者たちの復讐だ! 消えろ!」

 頭に血が昇っていた月影には、己の後ろに接近していた少女に気づきませんでした。飛びかかってきた月影を、少女は雲の下へと突き飛ばしました。

「先生、大丈夫ですか? あんなやつに苦戦するなんて、先生らしくないですね」
「マリー?」
「はい、マリーです。さぁ、行きましょう。時間がありません。新しい階段を登らなければ……、先生、手を離さないでくださいね」
 ふたりはお互いに助け合いながら、新しい階段に向かいました。しかし、考える余裕を失っていたメリナには、愛弟子である《星砂の逸材 マリー/Marie, Jewel of Starsands》の腹から流れ出る鮮血には気づきませんでした。



《リハルト・フォン・シュバルト/Richard von Schbart》、
大陸の戦力バランスをとること

 セノトに設置されたエスファイアの臨時テントでは、大将軍《リハルト・フォン・シュバルト/Richard von Schbart》と副官である《レオン・クラウゼ/Leon Krause》が現状の確認をしていました。

「リハルトさま、カイデロンは既にセノトから撤退した模様です。我々との戦闘を恐れたのでしょう。アルケンへと向かっているようです」
「そうか。では、ゆるゆると進行しよう。シェイクがこれだけ破壊されたのだ。アルケンもある程度被害があってこそ均等といえるだろう。我々もここまで駆けつけるのに疲弊している。休息を取ってこそ、十分に戦えるのだから」
「ですが、いますぐ追いかけなければなりません。でなければ、状況を知らないアルケン市民が人工島に逃げる隙もなくなってしまいます」
「それは我々エスファイアが気にかけることではない。レオンよ、きみにもわかるだろう。他国の悲しみは、我々にとっては利益になるのだ。きみは正しく、そしてそれは問題だ。時には己のために何を優先すべきか考えなければならないのだ」

5-3-120H《大将軍 リハルト/Great General Richard》

 リハルトの言葉に、レオンは頷くしかありませんでした。しかし《初代騎士団長 ベン・クローゼ/《Ben Klose, the First Knight Captain》》は違いました。怪奇な仮面の下の赤く染まった目と薄い髪、血に染まった赤鉄剣は、誰から見ても狂人のように見えました。リハルトが薄暗い幕を出て行くと、彼の身なりはよりいっそう奇怪になりました。

「残りの兵士だけでもそのようにする。皇帝騎士団は皇帝に仕えている。敵であるカイデロンを追う」
「あえてそのようにする必要はない。カイデロンの残党はいまだこの周囲に留まっている。いまはあいつらの処理のみをするべきだろう。皇帝が望まれることだ。たった今許可を受けてきただろう?」
「ここでの待機が皇帝のためだと? 皇帝の望まれることだと? まだ周辺には倒すべきカイデロンのオベリスクがあるだろう」
「あえて今、我々皇帝騎士団にそのようなくだらぬ命令をするか」
「ないね。しかし皇帝の体外的なイメージは、聖女の急場に駆けつけたエスファイアとしたほうがイメージがより良くなるだろう。万が一、オベリスクが処理できずに皇帝が怪我をされてはいけないから、事前に入念な準備が必要だ。皇帝を保護するために作られたのが皇帝騎士団であるならば、何も問題はあるまい?」
「そうか。今はそうしよう。だが覚えておけ。戦らしくない戦だけでは、わたしは満足できないということを。こんなことが続くようなら、あなたのその滑らかな舌を切り落とすぞ」
「ありがとう、ベン。はは、すぐにご希望の戦闘が起きるだろう」

5-2-67C《王の決定/King's Resolution》

 仮面でさえ隠すことのできない、彼の狂気じみた目を見て笑うことができるのは、リハルトくらいのものでした。戦場で誰よりも勇敢なベッカーでさえ、ベンが出るまで息を殺して事の推移を見守ることしかできませんでした。
「以前より騎士団長の思考は――その、より攻撃的になられたようですね」
「狂気に染まればあのようになる。以前はああではなかったんだが……それでも、皇帝のための心だけは残っているのだから幸いだ……はぁ」


《ピエトロ・フリゴ/Pietro Frigo》、
戦争には向いていない男のこと

 カイデロンの軍勢はアルケンに向けて疾走していました。

 メリナが席を外している間、《ピエトロ・フリゴ/Pietro Frigo》は何事も起きていないかのように行動していましたが、彼が立てた計画は悪魔を召喚する契約者によって失敗し、シェイクでカルペンまでのあらゆる村は破壊されました。ピエトロがどうすることもできない間に、悪魔たちはカルペン湖に到着してしまいました。

 アルケンの首都ラプリタは巨大な湖カルペンに浮かぶ人工島なので、入るためには船に乗る必要がありました。そのため、カイデロンの兵たちは島に入る船を得るために周辺の村々を襲ったのです。村に十分な船がなければ、それは逆にラプリタにとっての希望になりました。船を探し続ける悪魔たちの様子を島の上から見守っていたラプリタの防衛隊長《魔力の支配者 シェンマ/Sciamma, Ruler of Spell》は憂いに沈んでいました。

5-3-155H《魔力の支配者 シェンマ/Sciamma, Ruler of Spell》

「既に死んだ人間を生きかえらせることはできない。こうなった今、カイデロンを防ぐことができる唯一の方法は、水際でやつらを防ぐことだけだ。だがどんなにわたしの魔力があろうと、この湖を操縦することなどできやしない。ああ、メリナはいつになったら戻ってくるの?」
 混沌とする頭でカルペン湖を見つめる彼女の目の前で、黒い嵐が影を落としていました。

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