展覧会『死印』

12月 29, 2022


 『死印』はやたら物理攻撃を多用する怪異によって付けられた死の印(作中では単純に「シルシ」と呼称)をつけられた者たち、印人がやはり物理的防御を多用しつつその怪異に立ち向かうホラー・アドヴェンチャーである。

 なお、本レビューは1章(体験版)の中盤程度くらいまではネタバレの可能性はあるが、それ以上のネタバレは行わない。また、ショッキングな画像や巨乳の画像も含んでいない。






■都市伝説に立ち向かう

 物語は印人のひとりである主人公、八敷一男(記憶喪失につき仮名。任意設定可。変態オジサンとか)は死印の影響による記憶喪失の状態で霊障診療家の自宅である九条邸にたどり着き、そこで意思を持った人形メリイと出会い、死の印から逃れるために怪異に抗うところから始まる。


生き人形のメリイ。本作のヒロイン。かわいい。



 怪異というのは単純な幽霊、化け物といった存在というよりは都市伝説のような存在となっている。たとえば第1章の怪異『花彦くん』がどのような存在であるかというと、


  • 学校の鏡を覗くと現れる
  • 「ぼく、きれい?」と訊かれたら「いいえ」と答えなくてはいけない
  • 「はい」と答えると「赤いのちょうだい」と言われて消える(その後どうなるかは不明)
  • 質問された人物が大人の場合、身体中の血液を抜かれて殺される


というものだ。


 つまり学校の怪談の常連である「花子さん」に「赤マント」「口裂け女」などの都市伝説を組み合わせたような存在なのだが、立ち向かう怪異が都市伝説のようなものであるという設定は後述のデッドリーチョイスや怪異に立ち向かう『死印』のシステムとよく合っている。


探索画面。素直に怖い。



『死印』は十数〜三十程度の区切りのあるマップを同行者とともに歩き回りながら、懐中電灯で気になった場所を照らし、手に入れたアイテムを使用して手がかりを得ていくという、ポイントクリック形式のADVとしてはオードソックスなシステムとなっている。ただし、特徴的な点として、


・ところどころで失敗すれば致命的なダメージを受けうるデッドリーチョイスという選択肢がある

・章の最後では怪異に立ち向かう


というものがある。


 デッドリーチョイスは、質問に対して3つの選択肢のうちからひとつを選ぶという選択を2-4度程度繰り返す、というものだが、このとき正しい回答を出せば何も起きないが、それ以外を選ぶと霊魂(他のゲームでいえばライフと制限時間に相当するもの)を削られる。場合によってはこの削られる量は非常に大きくなり、一度間違えただけで主人公は死亡してゲームオーバーになってしまうこともある。


 ありがたいことに、『死印』はゲームオーバーになっても選択肢の直前からやり直せるようにはなっているが、それでもまったくの手探りのような問いを突きつけられて、当てずっぽうに答えを選ぶなどというのは面白くはない。

 だが『死印』はそうはなっていない。問いに対する答えは、常にそれ以前に情報収拾で得ることができるからだ。


収集した情報は勝手にメモに纏めてくれるので便利。



 そもそも都市伝説というのは人の噂に上る存在である。ということは、人に聞けば情報が収集できる。

 たとえば作中1章のデッドリーチョイスでは以下のようなものが存在する。


Q. あなた(主人公)はオジサンか?

A1. まだ20代

A2. クラスで一番背が高い

A3. そういう歳かもしれない


 先に述べたように、これまでの情報だと怪異「花彦くん」は大人を嫌う。だからここでA1やA3を選ぶと、不適切な答えとして霊魂を大きく削られ、死亡してしまう。正しい回答はA2で、自分はいかにもオッサンの外見ではあるが、子どもだという嘘を吐かなければならないのだ。


デッドリーチョイス。20代はおじさんじゃないし、30代もおじさんじゃありません。


 あるいは情報収拾ではなく、その場その場での状況把握をして判断するべき場合もある。たとえば以下のチョイスだ。


Q. 幽霊に掴まれた! どうする?

A1. 振り返って確かめる

A2. 強引に振りほどく

A3. 同行者に声をかける


 こんなもんわからねぇだろ花彦くん関係ねぇし、と思われるだろうが、このシーン、実はその直前に「飲み込まれてはいけない」という主人公の地の文があり、しかもその文が黄色になっていて重要なことであるということが示唆されている。

 余談だが『金田一少年の事件簿』ではファンブックで「『!?』がコマの中に書かれているとき、そのページに太字がなければ事件との関連性0%、そのページに太字があれば80%、同じコマに太字があれば関連性100%」というような(割合は正しくないかもしれないが)話があった。これに近いかもしれない。

 飲み込まれるなということは、怪異を相手にしないことが正しいということである。なので怪異に対して行動するのではなく、無視して同行者に声をかけるA3が正解だ。



 このように、ヒントはそれまでの情報収拾で得られていたり、その場に表示されていたりする。さすがに全てノーミスは困難だろうが、多少霊魂を削られつつも大半のデッドリーチョイスは初見で突破することができるだろう。


 章の最後では怪異に立ち向かうのだが、このときはこれまで集めたアイテムを使い分けながら怪異の攻撃を避け、何をすればよいかということを思案していくことになる。もちろんこの正解も、これまで集めてきた情報にすべて示されている。怪異との対決ではタイミングが重要なため、デッドリーチョイスよりは難易度は高まるかもしれないが、死亡しても再開しやすい点は嬉しい。


1章タイトルでは花彦くんが薔薇の蔓で人を引き摺る様子が描かれているが、基本的に本作での怪異の攻撃はやたら物理的であり、防御手法もやはり物理である。ただし最終的な決定打は背景を汲み取った非物理的なアクションでしかありえない。



 第1章での立ち向かう相手はもちろん「花彦くん」だ。怪異はグロテスクなものの、極端に醜悪というよりは、不気味な姿をしており、遠距離から徐々に接近してくる。近くにつれてその姿も明らかになっていき、視覚的な不気味さは増大する。




■予想できる物語は駄作ではない


『死印』は5章(DLCを含むと6章)構成になっているが、5章では驚かされた。


 驚いたのは、物語の結末ではない。話の結末はきちんと物語を追っていけば予想できる範囲であり、一種のドンデン返しではあるものの、まったく予想できない展開ということではなかった。


 むしろその逆で、『死印』5章の展開はまったく予想可能な展開なのである。


 これは非常に素晴らしいことだ。起承転結がしっかりしている物語が宣伝されるとき、その「転」がいかに予想外であるか、いかに真相を予想することが難しいものであるか、ということを主張する謳い文句は多い。


 しかしながら、解答を与えられるまで予想外の物語が面白いかというと、わたしはそうは思わない。予想外な結末を書きたければ、荒唐無稽な、まったく情報を与えない、繋がっていない、ただその場凌ぎの結末を作り出せばいいだけだ。


 むしろ面白いのは、予想——あるいは推理ができる物語だ。


主人公に付けられた死の印、死印。



 丁寧に伏線が張られ、物語が進むにしたがってその伏線への理解が進み、朧げだった風景が徐々に形を持ち始める。急に明るい場所に引きずり出されて、無理矢理瞼を開かされたのではない。自分で物語を推理させてくれる。


『死印』はそんな点で、素晴らしく「予想ができる」物語であった。それを紡ぐ展開の丁寧さに驚かされたのだ。

 こういった「単純に面白い」以上に示しようがない物語部分というのは強調するのが難しく、なかなか語られないものであるが、本作が良質なストーリーテリングであることはここに述べておきたい。


 また、物語を彩るキャラクターの良質さも見逃せない。

 キャラクター性から見た物語性はたいていの場合、追従しないものである。特異なキャラクター性だけで押し進めるのであればそれは「キャラもの」となり、物語は捨て置かれる。しかし良質な物語を彩るためのキャラクター性であるなら、キャラ性と物語性が相反しない。本作は後者である。


 本作のキャラクターの丁寧さを示す好例が栄太である。


栄太。無職のオタクの33歳。


 いや駄目だろこいつは。


 パンツ盗んで爆殺されそうな見た目のヌルカポゥしそうなドゥフフフ男だが、彼も主人公と同様に怪異によって死の印をつけられた重要人物(印人)のひとりである。雑誌の投稿欄で知り合った小学生女児の印人、すずを深夜に連れ回しているときに主人公に遭遇していや駄目だろこいつは。


 見た目も設定も説明すればするほど駄目だが、実は自己犠牲精神の持ち主である正義漢……かというとそんなことはなく、見た目どおりの男である。オタクだし無職だしネットの知識をひけらかすし怪異には怯える。

 怯えるのだが、基本的に本作ではみんなちゃんと怪異に怯えるわけで、特に栄太だけがおかしいわけでもないし、必要なときは怯えつつもちゃんと動く。

 オタクでネットの知識をひけらかすのはそうなのだが、本作は時代設定が携帯電話を誰しもが持っておらず、ネットもそこまで普及していない平成一桁程度と思われる時代であり、実際彼の知識は有用だったりする。

 無職なのは、まぁ無職(33歳)である。


 つまり、何度も言うが見ての通りの男なのだが、だからといって「こういうやつはすぐ死んでもいいように配置された物語に都合が良い人物ですよ」という立ち位置ではない。話の都合で怪異の脅威を伝えるために殺される人物ももちろんいるにはいるのだが、ちゃんと選別しているし、過剰な味付けはしない。

「こういう書き方すれば面白いんじゃろ?」とメタ的に物語を書いている人間の顔が思い浮かばない、ということでキャラクターは良質なシナリオを展開できているのである。




■素晴らしい物語といまひとつ届かないシステム

 ほとんど手放しに褒めてきた『死印』だが、もちろん欠点もある。


 テキストの色が薄くて見難く、オート読み進めもバックログもない。移動のテンポは悪く、スチル(一枚絵)もさして多くはない。クリアしても章を別個に始めることはできず、最初から読み進めていくしかない。


 欠点は物語に対してではなく、システムに対するものばかりだ。ありがたいことに、テキストやバックログの問題は、アップデートで解決している。スタート前にアップデートは忘れないようにしたい。




■巨乳体験版

 もうひとつ書いておきたいのは体験版についてである。

 本作は1章である『花彦くん』編を体験版でプレイできる。最初の章であるが舞台が夜の学校という不気味さすごい勢いで走ってきて死ぬモブ(上で書いたとおり、すぐ死ぬ人はちゃんと死にます)、怪異との物理攻撃の応酬などエッセンスは体験できる。


 が、一箇所だけ謎の箇所があり、それは中盤のスチルだ。

 1章の協力者である印人のひとり、女子高生の萌が怪異である花彦くんに襲われてスチルがある。生前の花彦くんの背景事情で萌は制服を奪われていてまぁそれはいいのだが、なぜかスチルだと萌が巨乳なのである。


 ものすごく巨乳なのである。


 めちゃくちゃ巨乳なのである。


 ちなみに立ち絵の萌はこのような姿である。やたら黒目がデカいこと以外は普通の女子高生なのだが、なぜかスチルだとおっぱいがデカいのである。


印人のひとり、渡辺萌。ちなみに本章にはもうひとり男子小学生のつかさという仲間キャラがいてやけに顔が似ているのだが、特に関係はない。


 勝手な邪推なのだが、おそらく体験版をプレイしたエロ人(エロい呪いを受けた人)がエロに期待して製品版を買ってくれることを期待してエロスチルにしたのだろうと思っている。実際はこれ以後、ほとんどエロはない。


 なお、実際にどういうスチルなのかは本記事には載せないが、→GameSparkの吉田輝和レビュー の終わりのほうに載っているのでエロ人の方はぜひご覧ください。



■おわりに

 本レビューは実は『死印』が出て間もない2018年に書いたのだったが、当時はだいぶん忙しかったので投稿を忘れていた。

 本作はシリーズものになっていて、いまのところ外伝的な『NG』、そのまま八敷が主人公の直接的な続編の『死噛 シビトマギレ』と繋がっており、最近に『死噛』をプレイしたことで本レビューを思い出して投稿した次第である。良質な恐怖を。


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