かくもあらねば/00/03


なぜ襲撃者たちがCaeser's Legionだということを知っているのか。
なぜNCRがLegion討伐に出向かないということを知っているのか。

Silasはそれらの問いには答えようとしなかった。
少尉の男のほうはSilasにどうしても事の真相を確かめたがったが、医師がそれを押し留めた。まだ彼は精神不安定だ、詰問するのは彼の体調に関わる、というのが医師の主張だった。

夜、気分転換のためにわたしは外に出ていた。NCRの基地の屋根に登って夜空を見渡す。雲ひとつない夜空だった。空に輝く星々はまるで協調するのを厭うかのように別々に輝いている。ここから見る限りではまるで区別がつかないような星でもひとつひとつ形や大きさが違うのだろうな、とわたしは思いを馳せた。

外は寒かったが、冷気は火照った心にちょうど良く感じた。夕方からずっと、胸のどきどきが収まらない。

なぜSilasはLegionのことを知っていたのか。
なぜNCRがLegion討伐に赴かないであろうことを知っていたのか。

それは、その理由は、彼がわたしの言葉を聞いていたからではないだろうか。わたしは少尉の男と医師の話を聞いて、その内容をSilasのいる病室で喋っていた。彼は眠っているように見えたが本当は起きていて、わたしの独り言を聞いたのではないか、と。

わたしの姿が見てくれる人間が。
わたしの声を聞いてくれる人間が。
わたしの身体に触れてくれる人間が、現れたのかもしれない。

そう思って心は高鳴った。しかし頭は冷静になれと言っている。浮かれるな、思い込むな、喜ぶな、ぬか喜びすればするほど、あとで悲しくなるのだから、と。深呼吸をしてから羽ばたいて病室に戻り、窓を閉める。きっとSilasには急に窓が閉まったようにしか認識されないだろう。

今までもこういったことは何度かあった。わたしの姿を捉えているような、わたしの声を聞いているような人間と出会ったことはあったのだ。
だが彼ら彼女らはわたしの言葉を理解し、わたしの行動を受け止めはしたものの、わたしのことを認識しなかった

よく考えれば当たり前だ。わたしは実体のない幽霊ではない。しっかりとした肉体を持って存在しているのだ。だから声帯を震わせれば音の波を生じさせるし、身体を動かせば力積を伝えることはできる。だがわたしという存在は認識されない

Enclave。
わたしをこんなふうに改造した組織の名だ。

●Enclave
戦前に結成された、核戦争を生き延びて合衆国の再建を企む組織。
戦前の技術をそのまま保っているため、技術力・軍事力は非常に高い。

もともとわたしはVaultに住んでいた。核戦争から逃れるために戦前の人々が作った核シェルター、Vault。わたしはそこで産まれた。核汚染された外の世界とは隔絶された、安全であるが選択肢の少ない退屈な世界。それでもわたしは幸せだった。そこには父がいて、母がいた。友もいた。当時は幼いながらも、きっと愛する人を見つけ、結婚をし、子供を産み、幸せに暮らしていくのだと夢想していた。

ある日、核戦争の始まった日から開かれたことがないというシェルターの扉が開いた。入ってきたのは鋼鉄の鎧に身を包んだ兵士たち。それがEnclaveだった。彼らはVaultの住人を拘束した。反逆したものは殺された。わたしの母は兵士たちに犯された。父は激昂して母を助けようとして殺された。そしてわたしも
子供だったが、わたしにも好きな異性というものがいた。ひとつ年下の、やんちゃで明るく、たまに意地悪な、素敵な男の子だった。彼も殺された。わたしを助けてくれようとしたのだ。今思えば、彼もわたしのことを好いてくれていたのかもしれない。だからきっと、わたしが襲われたときに助けようとしてくれたのだ。

Enclaveに連れて行かれて、わたしはVaultの事実を知った。Vaultは市民が安全に避難するための核シェルターなどではなかった。核戦争を生き延びた亡霊たちがアメリカ合衆国を再建するための軍事力を養うため、人体実験やその被験者を閉じ込めておくための場、それがVaultだったのだ。
わたしたちは人間ではなかった。実験動物だったのだ

Enclaveという組織はしかし、当時既に壊滅状態にあった。Chosen Oneと呼ばれる人物によって、Enclaveの本隊はほぼ全滅してしまったのだという。Choosen Oneのいる西海岸から命からがら逃れ、東海岸に逃亡しようとしていたのがわたしの住んでいたVaultを襲撃したEnclaveだった。彼らは東海岸へと向かう道すがら、軍事力の強化のため、そして彼ら個人の楽しみのためにわたしたちを襲ったのだ。

●Chosen One
Enclaveと戦い、打ち滅ぼした人物。
かつて人類のミュータント化を企んでいるSuper Mutantを撲滅したVault Dwellerの子孫であるといわれている。

彼らはわたしたちを兵器として扱うつもりだったらしい。そのための手術が施された。ウィルスによるDNAの改変から、身体の一部を機械へと変える手術まで行われた。彼らが作り出したかった生物兵器は、スパイ兵器だった。彼らは3つの能力をわたしたちに与えた。

小さな隙間から建物に侵入するための小型の身体。
河や堀、塀などを乗り越えるための飛行能力。
そして敵に見つからないための存在希薄化。


僅かに生き残った友たちは肉体改造に耐えられなくなって死んだ。多くの友が、同胞が死んだ。そのたびに手術内容や改造項目が添削されていき、最後にわたしの番が回ってきた。
わたしの改造は成功した。それまでの多くの失敗によって、手術項目は初期に比べると大きく減少していた。そのため身体にかかる負荷も非常に減っており、それまでに死した多くの友の犠牲によってなんとか生き延びることができたのだった。
そこからは馬鹿な話だ。Enclaveは生体兵器の完成を望むあまり、大事なことを忘れていた。わたしには洗脳や脳改造といったものは施されなかったのだ。わたしは自分に施された能力を使って逃げた。その後、Enclaveがどうなったのかは知らない。西海岸からは撤退しつつあったとはいえ、強大な軍事力を持った組織だったのだから、東海岸で今頃猛威を振るっているのかもしれない。

とにかくわたしはEnclaveから逃げ切った。
そして自分の姿が誰にも認知されなくなっていることに気付いたのだ。

叫んだり、叩いたりすれば振り返ってもらえることもある。だがわたしという存在には気付いてもらえない。誰とも言葉を交わすことはできず、誰とも愛し合うことはできない。この存在の希薄化というものがいったい如何なる現象なのかはよくわからない。動物には感知されているようなので、おそらく人間の精神に作用するものなのだろう。

あれから11年経った。その間、わたしは何もしてこなかったわけではなかった。わたしの存在を感知してくれる人や、治療を行ってくれるかもしれないEnclave、もしくはそれに準じた科学力を有した組織を捜した。だがすべて無駄だった。ときたまわたしの言葉を聞いてくれる人間は確かに存在する。それは当たり前のことなのだ。わたしが言葉を発すれば、それは物理現象として空気を揺らす。それを認識することはあっても、わたしという存在が言葉を発したのだとは理解されない。何かしらの情報を得ることはあっても。
もう期待することに疲れてしまった。期待して、裏切られることには。わたしは窓辺に座り込んでSilasを見た。彼は起きて窓のほうを見てはいたが、わたしを見てはいなかった。ただ窓が急に閉まったからこちらを見ているだけ、わたしを見ているわけではないのだ。

誰からも認識してもらえない。誰からも愛してもらえない。ただひとりで死んでいくだけの存在。

ああ………
思わず言葉が漏れた。
寂しいなぁ………

なにが寂しいの?

言葉が返ってきた。震えたような声だった。

ずっとひとりだから」わたしの声も震えていた。怖かったのだ。「だから寂しかった………」
「きみは妖精なの?」Silasはいつのまにかわたしのほうを見ていた。窓のほうを漠然と、ではなくわたしを。「こんな基地の中だから、仲間がいなくてひとりなの?」
「違うの………」
わたしは窓辺から降りてSilasのベッドの上に降り立った。

あぁ………

怖い

わたしは今、期待している。彼がわたしの声を聞いているだけではなく、わたしを見てくれるのではないかと、わたしという存在を理解してくれるのではないかと、わたしを愛してくれるのではないかと期待している。

(神さま………)

「わぁ………、ちっちゃい
Silasが片手を伸ばしかけ、途中で留まる。触っても良いのかどうか考えているのかもしれない。

わたしはそれよりも、彼がもう片方の手に握っていたもののほうが気になった。彼が握っていたのは鉛筆だった。暗くて見えなかったが、彼は掌大の小さなノートのようなものも持っていた。

「それは……、なに?」とわたしは尋ねた。
Silasは少し恥ずかしそうな表情で「スケッチブック。貰ったの。絵、描いてた」と言った。
「Aniseがよく描いてたね」わたしは教会での生活を思い出して言った。「きみも絵、描けるの?」
「ううん、全然。でも描きたいものがあったから。暇だったし………。きみ、Aniseのことも知ってるの?」
「なにを描いていたか、見せてもらっても良い?」わたしは彼の質問には答えずに訊いた。
Silasはしばらく恥ずかしそうにしていたが、決心を決めたのか絵を見せてくれた。


そこに描かれていたのは窓辺に佇む少女の姿だった。鉛筆で描かれた荒い絵だったが、わかる。これはわたしだ。

絵を見てようやく確信できた。彼はわたしを認識してくれているのだ、と。緊張の糸が切れた。今までの11年間、ずっと抑えてきたものが溢れ出した。
「どうしたの?」Silasが急に慌てた声になっていった。「なんで泣いているの?」
わたしはこのとき思ったのだ。
今後どんなことがあろうとも、彼のために生きよう、と。わたしという存在は彼がいなくては存在しないも同然なのだから、彼のために尽くそう、と。

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