かくもあらねば/05/02
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「あぁ……、良いお天気………」
KutoはNovacモーテルの部屋を出て、二階のベランダから太陽を見上げた。時刻は9時前後といったところだろう。太陽光線を直視して、思わずくしゃみが出る。くしゃみに驚いたのか、ED-Eが小さな電子音をあげた。
Novacという町は中央にある戦前のモーテルの看板から名づけられた町らしい。幾分の戦火と月日の流れによってだいぶん薄汚くはなったものの、モーテルはまだ営業を続けている。
KutoはMojave基地にてLegionの伝言を伝えた後、Novacへと向かうために再度Niptonへと向かった。Legionは去ったものと思っていたが、Nipton集会場前に残っていたのは物言わぬ死体の群れだった。死体はLegionとPowder Gangersのもので、最初はPowder GangersがLegionに対し反撃に出て相打ちになったものと思っていたが、どうもそうではないような気がする。Legionは武装しているにも関わらず、Powder Gangersはまったく武装していない。それにPowder Gangersは全身傷だらけなのに対し、Legionは頭や胸を撃ち抜かれているだけだ。どうにも第三者がこの場に存在していたようだ。
何はともあれ憂いはなくなった。KutoはNiptonから東へと向かい、大通りのところで北へ向かうのだという商隊と出くわした。Novacにも寄るというので同行させてもらった。道中何度かLegionやRaiderらの襲撃に遭ったが、商隊の傭兵が退治してくれた。一人旅も良いが、こうやって連れあう相手がいるというのも楽で良いな、とKutoは思った。
Novacに到着した後はモーテルの部屋を取り、そこで休んだ。少し小汚い部屋だったが、久しぶりのベッドは嬉しい。
モーテルの前の敷地を恐竜型の土産屋のほうから歩いてくる人の姿があった。
「Booneさん!」Kutoはベランダから身を乗り出して手を振る。
名を呼ばれた男は一度立ち止まってKutoのほうを見たが、すぐに視線を戻してモーテルの一階の部屋のほうへと行ってしまった。
「ああ……、行っちゃった。冷たいね、Booneさん」とKutoはED-Eの丸いボディに抱きつく。「でもそういうところが素敵」
部屋に戻ってから、起き抜けで服を着ていなかったことに気付く。Booneすぐ目を逸らされたのはこれが原因だろうか。
BooneはNovacの警備員だ。NovacはLegionの集落であるNelsonという町に程近い。襲撃は実際にはそうそうあるわけではないだろうが、住民の不安を和らげるために警備員が必要なのだそうだ。仕事場はモーテルの前の土産屋の展望台。毎日二十一時から翌日の九時まで働いているのだという。
昨日Novacにやってきたときに出会った。そして一目惚れした。
なにせ格好良いのだ。筋肉質だし、声は低いし、顎は広いし、頭は刈り込んでいるし、手の甲に血管が浮き出ているし。そっけない物言いも素敵だ。
彼は結婚しているのだろうか? そんなことを考えながら服を着た。
Novacに来た目的はPlatinum Chipを奪ってNovacへ向かったという縞のスーツの男とGreat Khanを追うことだ。当初の目的は忘れない。
まずは聞き込みだ。さて何処から行くべきか、と考えて、Booneが出てきた土産屋に向かった。別に土産を買う目的ではない。この二階が展望台になっており、そこが町を守るスナイパーの仕事場なのだ。Novacには警備の仕事をするスナイパーが2人いる。ひとりがBooneであるということは知っているが、もうひとりには会ったことがない。
「うん? なんだ、あんた」
展望台にいたのは顎鬚を蓄えた中年の男だった。55点くらいかな、とKutoは心の中で勝手に評価を下す。
「あぁ、もしかしてBooneの言っていた女か」
「え? Booneさんがわたしのこと、何か言っていたんですか?」
Kutoは話に食い付いた。昨日の晩にBooneと初めて会ったときは一方的に話しかけて、しかしほとんどは何の反応もなくあしらわれたのだが、自分のことをちゃんと見ていてくれたようだ。ちょっと嬉しい。
「まぁ、町に新入りがやってきたってことくらいは」と髯の男は少し気圧されたように言った。「おれもBooneも警備員だからな、新しく町に来た人間のことくらいは話す。で、あんた、何者だ?」
Kutoは自分の名前を名乗る。
「Kutoね……。おれはMannyだ」と髯の男は名乗った。「見ての通りのスナイパーだよ。で、あんた、何しに来たんだ?」
「Booneさんのことを訊きに」口を開いてから、そうではなかったと気付く。縞のスーツの男のことを訊きに来たというのに。まぁ良い。どうせBooneのことも後で尋ねようと思っていのだ。順番が前後するくらい問題ない。「来たんですけど……」
「Booneのこと?」Mannyは怪訝な表情となる。「Booneのことって、なんだよ」
「そうですね……、たとえば趣味とか、好きな食べ物とか……、女性のタイプとか、そういうことをば」
「あんた……」と呆れた顔になるManny。「なんだ、Booneに惚れてるのか?」
「そうかもしれません」Kutoは首を傾げてみせる。「それで、何かないですか?」
Mannyは仕事場である土産屋の二階の展望台、町のシンボルでもある恐竜の口の歯の部分を指で叩く。「おれとBooneはNCRにいた頃からの仲だが……、最近は碌に会話もしない。そういうんだったら、他を当たってくれ」
「仕事の同僚で、友達じゃあないんですか?」
「昔は、な」
「何かあったんですか?」Kutoはちょっと突っ込んで訊いてみる。
「あいつの女房のことでな……」
「奥さん、いるんですか」
「まぁ……」とMannyは言いかけてからKutoの顔を見て、「あんまり残念そうじゃないな」と言った。
「え? どうしてですか?」とKutoは先ほどとは反対に首を傾げてみせる。「だってBooneさん格好良いじゃないですか。奥さんのひとりやふたりはいても全然不思議じゃないです。むしろいないとおかしいです。わたしは奥さんがいても気にしませんから、問題ないですし」
Mannyは何か言いかけ、しかし言葉に詰まったように首を振ってから、「いるというか……、正確には、いた、だな。今はもういない。いなくなっちまった……。それからだな。特に仲が悪くなったのは……、いや、それ以前からか。あいつの女房とはもともとよく口論になったし。何でも反りが合わなかったからな。おれはVegasの北の生まれで……、いとこと一緒にチンピラ紛いのことをやっていた、Great Khanにもいたりsちえな……」とMannyは急に自分のことを語り出した。「その生活は気に入っていたが、そうしてもいられない出来事があってな……。それでいろいろあって、NCRに入隊した。そこでBooneに出会って……、まぁいろいろ、だな。軍じゃ良い友達だったわけさ。であいつの女房の話になるんだが……、なんというか、おれとは反りの合わない女でな、良いとこの出で……、ま、それであいつの女房とは仲が良くなかったわけさ」
「それで……」とMannyの話は無視してKutoはBooneの細君について尋ねる。「いたっていうのは? いなくなったって……、離婚したんですか?」
「いや、死んだよ」
「なるほど……」Kutoは顎に手を当てた。「じゃあ今は近づくチャンスですね」
「おれは何も言わんが……、勝手にしてくれ。他に用がないんだったら帰ってくれ。仕事の邪魔だ」
「あ、いえいえ、もうひとつ」と前置きしてからKutoは縞のスーツの男は見てはいないか、と尋ねた。
「見たよ」Mannyはあっさりと頷いた。「あんた、あの男とどういう知り合いだ?」
「お友達です」とKutoは嘘を吐く。目の前のMannyという男は元Great Khanだというから、もしかすると縞のスーツの男とも友人なのかもしれない、と思っての嘘だった。「何か困っているらしくて……、それで探しているんです」
「友達?」僅かにMannyは首を傾げた。「ま、あんたがそう言うならそうなんだろう。それで……、あいつの行方を探しているって?」
Kutoは頷いてみせる。
「なるほど……、なるほど」Mannyは何度か頷き、「あいつの行方が知りたいんだったら、教えることはできる。だがこっちもちょっと問題を抱えていてな……。だから取引といこうや」と言った。
「取引ね」
「そう。あんたはおれの手助けが必要で、おれはあんたの手助けが必要ってわけだ」
Mannyは、どうだ、と言わんばかりにKutoに視線を合わせた。
「まぁ、内容に依りますね。話を聞きましょう」
「Novacはおれにとって故郷みたいなもんだ」とMannyは語り出す。どうにもこの男は前振りが長い。「だからこの町を守りたいと思っているし、より良くしたいと思っている。だが問題もあってだな……、この町には戦前の廃品くらいしか珍しいものがない。だからそれを売って暮らしている。たいていは西にあるREPCONNというロケット試験場に漁りに行くんだが……、最近そこにGhoulが出るようになってな。町のやつらがREPCONNに行けなくなっちまったんだ」
「なるほど、そのGhoulを退治しろ、と」想像していたものと違う依頼だったので、Kutoは少し拍子抜けした。「でもわたしに頼むより、あなたのほうが腕が立つと思いますけど……、どうにかできなかったんですか?」
「おれはここでCaesar's Legionが来ないかどうか見てないといかん。東にはLegionが駐屯しているNelsonがある。おれたちがこの場を離れたら、Legionのやつらはこの町を襲ってくるだろう。そうなったらどうしようもない。だからあんたに頼むんだ。あんたがGhoulをどうにかしてくれなきゃ、おれたちは食いっ逸れるしかない。方法はなんでも良いから、REPCONNからGhoulを追い出してくれ」
「ちなみにそのGhoulっていうのは」Kutoはちょっと考えてから尋ねた。「普通のやつですか? それともFeral?」
「見たやつによると、Feral Ghoulらしいが……」
「あ、なぁんだ」Kutoは微笑んでみせた。「じゃあやりますよ。Ghoulの2、3体くらい楽勝ですからね」
「わかってんのか? Feral Ghoulだぞ」とMannyが眉を吊り上げる。「頼んでおいてこういうことを言うのもなんだが、あんた腕に自信があるのか?」
「わたしにはないですが」KutoはED-Eを引き寄せる。「この子がいますから、楽勝です」
*
「そういうわけで」と夜、Kutoはまた土産屋の二階の展望台に来て喋っていた。相手はMannyではなくBooneだ。「REPCONNというところに行ってくることになりました」
Booneは特に反応しない。しかし話は聞いてはいるだろう。Kutoは喋り続ける。
「でもですね、ひとりだとわたし、ちょっと不安で……」KutoはBooneの太い腕に身体を寄せた。「Booneさんが一緒に来ていただけると心強いのですけれど」
「仕事中だ」Booneは振り払いもせずに静かに言った。「おまえは話を聞いていなかったのか。おれはLegionが来ないかどうかここで見張っている必要がある」
「夜は攻めてきませんよ。だって夜は寝る時間なんですから」
Booneは無視。
「Booneさん、最初に会ったときわたしにいろいろ訊いてきましたよね?」Kutoは話題を変える。「いつまでこの町にいるのか、とか。あれ、どうしてですか?」
Booneは答えない。また無視されてしまったか、とまた話題を変えようかと思っていたときにBooneが口を開いた。
「信用できる人間を探している。おまえは町の外から来た人間だ」Booneは首を動かしてKutoを見た。「信用できる可能性がある」
「どういう意味ですか?」Kutoは首を傾げてみせる。
「この町の人間はどいつもおれと目を合わせようとさえしない。だから外から来た人間に頼るしかない。だが可能性だ。信用できるかどうかはまだわからない」
(まだ、ね………)
要はこれから信用してもらえる可能性もあるわけだ、とKutoは笑んだ。Mannyに頼まれたGhoul退治の依頼はREPCONNという試験場を見に行ってGhoul退治の証拠を適当に見繕おうかと思ったが、信用が必要なのであれば、依頼されたことを達成するというのも悪くないかもしれない。所詮Feral Ghoulだ。Ghoulではない。
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