かくもあらねば/05/03


結局Booneを連れ出すことは適わなかったため、ED-EとだけでKutoはREPCONNロケット試験場へと向かった。道中Feral Ghoulの死体が倒れているのを発見し、少し警戒して9mmピストルの装弾数を確認した。このピストルは1マガジン13発入っているが、Kutoの腕前だと1マガジンをすべて使い果たしても1体のFeral Ghoulを倒すのが限界だ。もし複数同時に出現した場合はED-E頼みとなる。

頼むよ、ED-E
KutoがED-Eに触れると彼は小さな電子音をあげて震えた後、前方にまっしぐらに進んでいってしまった。故障でもしたのかと思ったが、REPCONN試験場の手前で止まって再度電子音を発した。
「なにかあったの?」と言いつつKutoはED-Eに近づいた。

ED-Eが指し示していたのは道端に積まれた淡い色の灰の山だった。これがレーザーガンやレーザーピストルなどの光学兵器で焼かれた死体であるということをKutoは知っている。Feral Ghoulは銃を使うほどの知能がないはずなので、Novacの町の住人がGhoulを殺した死体だろうか。
死体の灰の傍には奇妙なものが落ちていた。それは先端にコンクリートが括り付けられた鉄筋だった。ハンマーのように振り回す武器のようになっているが、Kutoの腕力では引き摺ることすらできないほど重い。これはなんなのだろう。

考え込んでいると、またED-Eが長めの電子音を鳴らす。これが敵発見の警告であるということをKutoは経験で知っていた。どういった仕組みなのかわからないが、ED-Eは敵性と判断した生物を発見するとまるで戦いを鼓舞するような電子音を鳴らすのだ。
敵はREPCONN試験場のほうからやってきたFeral Ghoulだった。4体いる。数は多いが、しかし距離はまだ遠い。向かってくるGhoulの群れに向けてKutoは拳銃を乱射した。1体の頭部に当たり、眼球や頭部の欠片が辺りに撒き散らされる。Feral Ghoulは見た目は醜悪だが、所詮ただの生物だ。ゾンビではない。頭を壊せば生きていられない。

●Feral Ghoul
大戦後に現れたミュータントの一種。元人間であるため形状はおおよそ人型であり、Ghoulによく似ているがより醜悪な容姿をしている。人間を襲い、主食にしている。
大戦時、核放射能の影響で人間は一部のGhoulへと変異したが、特に放射能の影響が強かった地域ではFeral Ghoulに変異した。
なおGhoulからFeral Ghoulへと変異することは、基本的にはない。

その間にED-Eが胴体下部に備え付けられたレーザーガンで3体のFeral Ghoulを焼却していた。さすが頼りになる。
「ありがと」とKutoはED-Eの胴を撫でた。

これでGhoulはすべてだろうか。Kutoは少し警戒しつつ巨大な建造物に近寄った。目の前に巨大なロケットの模型を置くこの施設がREPCONNロケット試験場だろう。名前から察するにロケットの試験をする場所だったのだろうが、こんなものが宇宙を飛ぶとは信じられないな、とKutoは薄汚れた模型の金属面を見ながら思う。こんな頼りない金属の塊で、戦前の人間はよくも大気圏の外まで行こうと思ったものだ。尊敬はしないが、たいしたものだと思う。


少し見て回ってみると、死体らしきものを見つける。服を着ているのでFeral Ghoulではない。何かおかしいと気付く。その死体の顔面は崩れ果てていて、まるでGhoulのようだった。Feral Ghoulではない。普通のGhoul。理性のあるGhoul
その死んでいるGhoulの身体には殴打されたような傷跡があった。しかしFeral GhoulはGhoulを同属だとみなして攻撃しないはずである。Novacの町の人間が相手をしたのであれば銃創があるはずで、しかしGhoulの死体にあるのは打撃を受けたような傷だけだった。いったい何がこのGhoulを殺したというのだろう。


Feral Ghoulの空気の擦れるような鳴き声はED-Eの警告音とほぼ同時に聞こえてきた。GhoulではなくFeral Ghoulだ、とKutoは胸を撫で下ろしながら新たに出現した2体のFeral Ghoulに向かって引き金を引いた。弾丸は発射されなかった。弾が込められていない。そう、先ほど撃ち尽くしてしまったのだ。リロードしなければ、と考えて換えの弾装を取り落とす。

自分は動揺している、とKutoは思う。当たり前だ。Ghoulだ。Ghoulがいるのだ。

人間と同じように思考をし、しかし人間とまったく違う感性を持った生き物がいるのだ。
それなのに動揺をしない理由がどこにある?

Kutoはリロードを諦め、反転してREPCONNの建物の中へと逃げ込んだ。開いたドアの中に入り、ED-Eも入ったことを確認してから体当たりするようにしてドアを閉める。ドアの枠は木製だが厚みは十分で、鍵もついているためFeral Ghoulは中に入ってこれまい。

ほっと息を吐いたのも束の間のことだった。踏みつけた柔らかい感触にKutoは跳び退った。足元を見る。
これは

これは……、なに?


足元に倒れていたのは2体の死体だった。ひとつはローブのようなものを身に纏ったGhoulの死体。これだけでKutoに恐怖を感じさせるには十分だったが、もうひとつは異形としか表現できない生き物だった。
一言で述べるならば巨人だ。体長は3m近い巨体の、筋骨逞しい人型の生き物だった。ケープやズボン、サンダルのようなものを纏っており、衣服を着る程度の知能はあることを窺わせる。
Super Mutantという生き物に似ているな、とKutoは思った。しかし肌の色が異常だ。Super Mutantの肌は爬虫類や植物のような緑色だが、この生き物は紺色の皮膚をしている。

●Super Mutant
FEVと呼ばれるウィルスによってある種のRNAを転写されたことにより変異した人間。体長は2mを越え、緑色の肌をしているため人間と区別をつけることは容易である。
基本的に怪力で粗暴だが、銃を使ったり仲間を増やすための行動を試みるなど人間と同等かそれ以上の知能を持つと考えられている。
アメリカ西海岸においては100年ほど前、The Masterなる人物の元に集結したSuper Mutantが全人類のミュータント化を企んだが、Vault13からやってきたVault Dwellerなる人物によってその野望は阻止された。
なおアメリカ東海岸においては西海岸とは別種のFEVが開発され、新たなSuper Mutantが繁茂している。

Super Mutantの変異種かもしれない。ここは危険だ。動機が早くなる。おそらくこの怪物によってGhoulは殺されたに違いない。否、Super MutantはGhoulを殺さないはずだ。しかしこれがSuper MutantではないならばGhoulを殺すのもありえるだろう。だがこの生き物はなんだ。なんなのだ
頭が混乱している。足元の怪物は死んでいるようだが、生きているものもいるのか。Feral Ghoulはどれほど残っているのか。REPCONNを出たほうが安全か、しばらく様子を見るべきか。

おい、聞こえるか!?
そのとき不意にしわがれた男の声が響いた。Kutoは姿勢を低くして声の発生源を探す。
『聞こえているならこの建物の東端の一番でかい部屋に行け。そこに金属の階段がある。それを駆け上って来い。急げ』
声の発生源はインターホンからだった。


Kutoは周りにFeral Ghoulがいないことを確認してから、「どちらさまですか?」とインターホンに向かって訊いた。
『おれが誰かなんてのはどうでも良いんだ、Smoothskin。お喋りしている暇はない。急げ』

Smoothskin、という言葉にどきっとする。それは知能あるGhoulが人間に向かって呼びかけるときの言葉だ。しかしよく聞いてみるとインターホンの声はGhoulのそれではない。しわがれた男の声だが、確かに人間のものだ。

「あなたはどこにいるんですか?」人間が、しかも男性がいるということに少し気を取り戻してKutoは尋ねた。
『さっき言っただろう。東端の一番大きな部屋の金属の階段を登ったところだ。昔ロケットを作っていた場所だ。そこならいちおう安全だ。早くしろ』
「迎えには来てくださらないんですか」
『早くしろ。切るぞ』
短い音がして宣言どおりインターホンは切れた。

Kutoは少し迷う。声の主は焦ったような口調だった。Kutoを助けてくれるというよりは、助けて欲しいとでもいうような。もしかすると足元のこの怪物やFeral Ghoulのことが関係しており、彼らから逃げたいと思っているのかもしれない。
そうは思ったものの、Kutoは声の主の言うとおりに建物の東端の部屋へと向かうことにした。相手が人間であれば少なくともGhoulや怪物よりは御しやすい。ここから逃げるのが目的であればKutoと目的は同じだし、いざというときに身代わりにできる相手がいるというのも良いものだ。

建物内部にもFeral Ghoulは何体かいたが、ED-Eの索敵能力を利用することで簡単に戦闘は回避できた。建物の東端には確かに金属製の階段がある大きな部屋があった。部屋の手前で、建物の入口でも見た化け物が死んでいた。近くにGhoulの死体があることから、Ghoulと相打ちになったようだ。
階段を登るとドアに通じる通路があった。そのドアの傍にインターホンのボタンを押すと、先ほどと同様の声が流れてきてドアが開いた。

素晴らしい、が醜いな
部屋の中でKutoを出迎えたのは禿頭の中年男だった。白衣を纏っており、学者風のいでたちだ。そして紛れもない人間の皮膚を彼は持っていた。
「まぁ、良い。階段を上がってさっさとJasonのところに行け」
男が最初に言った言葉は気になったものの、Kutoは笑顔を作ってみせた。「Ghoulではない方に出会えてほっとしました」
「あんたの冗談には付き合ってられんな、Smoothskin。Jasonにも通じないだろうさ」禿頭の男は鼻を鳴らす。
「Smoothskinって、あなたの肌も随分綺麗じゃないですか」と言いつつKutoは男に近づこうとした。
「待て。時間を無駄にしている暇はない」と男は手でKutoを制し、背後を指し示す。「いいからJasonのところに行け」
Kutoは肩を竦めて見せた。どうやらJasonというの名の彼の仲間がここにはいるらしい。落ち着いて耳を澄ませてみると人の気配が随分とあるので、Jasonという人物だけではなかろう。これはなかなか心強いかもしれない。

Kutoは禿頭の男に言われたとおりに奥に進んだ。
その決断を後悔するまでに5分とかからなかった。

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