かくもあらねば/05/07
7
JasonらGhoulたちはロケットの調整のためにと部屋の隅に設置されていたマンホールのような通路からロケット設置台へと行ってしまった。コンピュータだらけの部屋でKutoは操作盤らしきものの上に膝を立てて座る。
Great Journeyというのが地球を脱出するための計画なのだということはわかった。だがその内容はKutoにとっては重要ではない。大事なのはその結果で、Great Journeyが成功するにせよ失敗するにせよ(失敗するに違いないとKutoは思っているが)、地上からあのGhoulたちが消え去るということだ。それはKutoにとってたいへん喜ばしい。
(もう少し頑張ってみるか………)
Great Journeyが実行されさえすれば、少なくともこの界隈のGhoulはいなくなる。だがロケットが発射されなくては、成功も失敗もない。もう少し手を貸してやらなければならないだろう。
幸いにもGhoulたちはすべて下のロケット発射場へ行ってしまった。恐怖感を生み出す対象が触れ合う距離にいるわけではないというだけで、心はずっと楽になっていた。
「おい」としわがれた声がしたので振り返ると、機材の入った段ボールを抱えたChrisが部屋の入口に立っていた。「そこに座るな。それは戦前の貴重な機械だ」
Kutoは言うとおりにした。
「JasonはGreat Journeyに必要な最後の仕事をあんたと協力してやってくれと言ったが……」Chrisは段ボールを背の高い機械の前に置く。「あんたはまだ手伝ってくれる気なのか?」
「そうですね……」決意は固まっていたが、Kutoはちょっと焦らして答える。「内容に依ります」
「そりゃ、ありがたいことだ。人間なのにな、Smoothskin」
そしてChrisも人間だ。だがJasonの言うとおり、彼は自身がGhoulであると信じているらしかった。しかし彼は人間だ、人間なのだ。そしてロケット発射装置の放射能汚染に耐えられる身体ではない。Jasonは、そんな彼を見捨ててこの場に置いていこうとしている。
いざ出発となったとき、Jasonは、Chrisは、どうするつもりなのだろうか。Kutoはふとそんな疑問を持った。
「あなたは……、これからどうするつもりですか?」
「おれは技師だ。ここではやるべきことをやるだけさ」Chrisは工具を取り出して機械のビスを外して中の装置の点検を始める。「機械関係は得意でな、おれ抜きではGreat Journeyを達成するのは不可能だっただろうってJasonも言ってたよ」
彼の返答はKutoの期待した疑問の返しになっていなかった。自身がGhoulであると信じているのと同様、彼はロケットを修理すれば自分もそのロケットに乗ってこの地球に見切りをつけられると信じ込んでいるのだろう。
「他のみなさんはあちらの」とKutoは窓の外のロケットに目をやる。「発射場でお仕事していますが……、あなたは良いんですか?」
「おれがGreat Journeyに仲間入りしたとき、Jasonが役割を振ったのさ。知識を見込まれてな。おれは修理関係の管理官だ。だからこっちで向こうの動きを見守っていないといけない。だから……」
「違うでしょう、Chris?」
KutoはChrisの顔に手を伸ばす。
「あなたがあそこに行ってしまったら、あなたは放射線で死んでしまう。だからあなたはあそこに行けないんです」
「Ghoulは人間とは違うんだ、Smoothskin」Chrisは一歩下がる。「おれも、もちろんかつては人間だった……。Vault34で……」
「Vault34? あなたはVault出身なのですか?」
Kutoは少し驚いたが、よく考えれば当然だとも思う。現代で機械工学の知識を持っている人間といえば、Vault出身者か、何らかの方法で戦前の知識を継承している閉鎖集団しかない。
「そうだ。銃を撃って人を殺すのが好きなやつにとっては天国みたいなところさ。おれは機械弄りのほうが好きだったから、そう……、あまり馴染めなかったがね」とChirsは心なしか早口で喋る。「それでもVaultにはいろんなものがあった。Vaultの原子炉を管理していたのはHouserでもMitchellでもない。Haversam、このおれさ」
(Mitchell?)
Good Springの医師もそんな名前だった。彼もVault出身と言っていた記憶があるが、同じVaultの出身者だったのだろうか。
「そう、そしてHaversamは働き続けた。放射線にも負けず、ミュータント化にも負けず……、そして、そう、おれはこうなっていたのさ」Chris Haversamは興奮したように言う。「何年もしないうちに髪の毛は抜け始め、今ではこうだ!」
「それは、禿のことですか?」
それともGhoulの集団にいることか、と続けようとしたのだが、Chrisの声に遮られる。
「禿? 違う! おれは怪物だ……、人間じゃない、化け物だ!」
言いながらChrisはもう一歩下がった。背の高い機械に彼の背中が当たる。
「化け物ですか。だったら……」
Kutoはもう一歩近づく。Chrisを追い詰める。
「ずいぶん素敵な化け物ですね」
*
「おれは……、この2年間はなんだったんだ………」
Chrisは放心したように呟いた。
Kutoは彼の禿頭をゆっくりと撫でた。
「あいつらは……、あいつらは……、おれのことを騙して………!」とChrisは震えた。
「まだいくらでも時間はありますよ」とKutoは言ってやった。「死なない限り、いくらでもやり直しはきくでしょう? ね?」
「ああ、そう……、そうだ……」Chirsは身体を持ち上げ、服を着る。「だがこのままじゃやり直す気にもなれない。騙されて、利用されて、それであいつらをこのままにしてはおけない………」
「そうですね………」Kutoは頬に指をやって考える仕草を作る。「確かに、その通りですね。でも、なにかお考えが?」
「簡単だ。ロケットを破壊してやれば良い」
「破壊?」Kutoは少しぞっとした。
「破壊するだけじゃ飽き足らない。あいつらはまたロケットをどこからか見つけてきて飛ばそうとする……。Sugar Bombが3つもあれば良い。それを燃料に混ぜるだけで、ロケットは飛び立った直後に空中で、ボン、だ。あいつらに思い知らせてやる。今まであいつらが、おれに、この2年間ずっとしてきた仕打ちを……!」
Kutoはほっとした。ChrisはJasonらGhoulの目的を達成するための手段を壊すだけではなく、きちんと彼らを殺してくれるのだ。
KutoはChrisの手を握った。
「わたしも……、お手伝いします。このままあなたを放っておけませんから……」
「ああ……、ありがとう、ありがとう………」
Kutoは意気揚々とChrisの手伝いを始めることができた。
ロケットを空中爆発させるためには、まずはロケットを飛ばすための準備が必要だ。足りない部品はロケットの軌道を制御するスラスト制御装置と核燃料。そしてロケットを破壊するためのSugar Bombがロケット台数分。
Chrisがあらかじめ必要な物資のありそうな場所を調べておいてくれたので、Kutoは彼の言われたとおりにするだけで簡単に物資は集まった。
集めた物資をREPCOON地下コンピュータ制御室のChrisに渡す。
「そう……、これだ」とChrisは受け取った物資を手に取って笑う。「このSugar Bombを発射前にロケット燃料に混ぜるだけで、簡単に爆発が起こる。あいつらが気付いたときには、もう遅い」
「もう準備はオッケィですか?」
「ああ、ああ……、すぐにでも始められる。そう、Jasonに伝えなくては……」
Chrisは窓際のを押し、窓の向こうの発射場にいるGhoulたちと会話を始める。Kutoはそれを黙って見守った。
「準備は整ったよ、Jason。あんたと仲間たちを素晴らしき旅路へと導いてくれるロケットの準備が……」
『ああ……、そうだね。ありがとう、Chris』
「さぁ、早く乗ってくれ。おれはここで制御をしなくちゃならん。そっちに行って見送りたいところだが、残念ながらそんなことをしたら死んじまうんでね」
『Chris、まさか………』Jasonの声に驚きの色が混ざる。『思い出したのか? 自分が、人間だと……』
「ああ、思い出した、思い出したよ。おれは人間だ。Ghoulじゃない。だからGreat Journeyには参加できない」
『Chris………』
ChrisもJasonもしばらくの間黙った。
「さぁ、行ってくれ」とChris。
『Chris、きみがいなければぼくたちは永遠にこの旅を成功させることはできなかっただろう。きみがいてくれたおかげで、やり遂げられた。きみは……、きみはぼくの一番の友達だ。ぼくは……、ぼくらは永遠にきみのことを忘れない。死ぬまで。ありがとう。そしてもうひとり……、Kutoにもそう伝えてくれ。本当にありがとう、と』
「ああ、ああ……。わかったよ。彼女もすぐ傍にいる。聞いているよ」Chrisは顔を俯かせて言う。「だから行ってくれ。友よ……。良い旅路を」
『ああ、ありがとう、友よ』
インターコムが切れる音がした後、窓の向こうではJasonらGhoulたちはロケットに乗り込み始めた。機械操作で燃料が供給され始める。しかしChrisはその傍で顔を俯かせたままだった。
「Chris……」Kutoは彼の傍に近寄った。「さぁ、行きましょう?」
もうこの部屋でできることはない。管制制御はここでもする必要があるが、発射装置は2階にあるのだ。打ち上げるだけならばもうここにいる必要はないのだ。
「いや……、おれはここにいる」とChrisは呟くように言った。「ここに誰もいなかったらあいつが怪しむかもしれないからな」
「でも………」
「あんたが行ってくれ。頼む。ボタンを順に押すだけだ、簡単さ」
Kutoは少し迷った。この期に及んでChrisは心変わりしたのかもしれない。
否、しかしたとえそうだとしても、もうロケットの爆発は止められない。彼は燃料にSugar Bombを混ぜた。その燃料は自動供給装置によってロケットの中に注入された。こうなればもう火が点けば爆発するだけだ。あとは物理法則のみが支配する世界だ。温かみのない宇宙では、冷たい方程式は止められない。
Kutoは頷き、REPCOON二階の発射制御室へ向かった。
(朝陽が綺麗だなぁ………)
発射制御室は密閉された空間ではなく、バルコニーのような場所だった。そこに古ぼけた装置が幾つか置かれている。
Kutoはスイッチのひとつを押す。REPCOONロケット試験場のドームが開き、中から3つの可愛らしいロケットが姿を現す。
Kutoはうきうきとスイッチをすべて押した。ロケットのガス噴出孔に火が点き、煙を吐き始める。
(ああ………)
どきどきしてきた。もっともったいぶってしまっても良かったかもしれない。
白い煙の中に黒煙が混じり始める。
ロケットの動作音が激しくなり始める。
今頃ロケットの中のGhoulたちも異状に気付き始めたころかもしれない。だがもうどうしようもない、どうしようもないのだ。
なんて素敵な瞬間だろう。
爆発とともにロケットの手前の1台が爆発した。なんとか原型を留めているが、中のGhoulたちはもう生きてはいまい。
奥の2台は同時に空中へ飛び立つ。しかしまっすぐに飛び立つことはなくすぐにふらふらとし始め、空中で衝突した。
爆発。
閃光と轟音にKutoは目を瞑った。
ロケットは粉々に砕け散っていた。Ghoulは死んだ。きっと粉々になったことだろう。Jason Brightのあの光り輝く身体も。
彼らは確かに旅立ったのだ。偉大なる旅路へ。産まれたときから約束された場所へ。創造主の膝元、天国へ。いや、地獄かもしれない。
「やっぱり嘘吐くのって駄目ですよね」
Kutoはひとりそう呟いた。
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