REPCOON地下にいたNightkinの集団は全員出て行ったようだ。ほっとする一方で、まだKutoにとっては厭なものが残っている。地上階にいるGreat JourneyのGhoulの存在だ。
Ghoulのことは無視して逃げるべきなのだ。そう、そうすればGhoulのこともNightkinのことからも目を瞑ってこの場から逃げ出すことができる。
それはわかっていた。だがKutoにはそうすることができなかった。
そもそもREPCOONの地下に連れて行かれた時点でNightkinと相手にすることを考えず、逃げるという選択肢を取ることはできたはずなのだ。地下への入口は誰かが見張っていたというわけでもない。逃げれば良かったのだ。

だがKutoにはそれができなかった。

怖かったのだ。
Nightkinを無視して地下から地上階に戻ったらGhoulたちが待ち伏せしているかもしれない。
REPCOONから出た瞬間にGhoulたちに拘束されるかもしれない。
Novacまで逃げおおせたように思えてもGreat JourneyのGhoulたちが待ち伏せしているかもしれない。
どこへ逃げても追ってくるかもしれない。

人間なら、相手が自分と同じ生き物であるならば、行動はある程度予測できるものだとKutoは思う。だがGhoulは人間ではない。人間ではないという事実を前提に置くだけで、あまりに恐ろしい生き物になる。人間ではない、にも関わらず人間と同じように思考し、武器を扱い、嘘を吐き、愛すという生き物

KutoはREPCOONから逃げ出すことができなかった。REPCOON2階のGhoulたちのいるフロアに戻り、光り輝くGhoulであるJason BrightにNightkinを追い払ったことを告げる。
「ああ………」
Jasonは天を仰ぎ、それからおもむろにKutoの両手を掴んだ。罅割れた皮膚が、突き出た骨が、硬くなった血管が気持ち悪い。そう思ったのにKutoは手を払うこともできなかった。
「きみに感謝を」とJasonは言う。「道は開けた。ようやくあの場所に信徒たちを連れて行くことができる……。まだまだやるべきことがあるんだ。きみにも来て欲しい、2人目の人間よ」


Jasonの手は離れたというのに、Kutoは首を横に振ることができなかった。歓喜に震えるGhoulたちに取り囲まれ、さきほどまでNightkinがいた地下へと連れられていく。
先ほどまでDavisonというNightkinのリーダーふうの男がいた、さらにその奥の部屋にGhoulたちは集まっていた。
Jasonがその部屋の壁の奥に恭しく近づき赤いスイッチを押すと、部屋の中央の床が動いて更なる地下へと続く階段が現われる。
「きみがぼくたちにしてくれたこと……、このGreat Journeyを完遂させてくれたことを、ぼくたちは永遠に忘れない」と地下階へKutoを導きながらJasonは言った。「ここに来ることを、本当に待ち望んでいた………」
階段を下りていくとやがて下水道のような場所に出た。ここが、Jasonらの言うGreat Journey目的の地だというのだろうか。
「ここが」Kutoは唇を舐める。「あなたがたの言う……、楽園ですか?」
「いや………」
Jasonは首を振り、しかしその先の言葉をなかなか言わずに歩き続ける。どこへ連れて行かれるかKutoには予想もつかなかった。
やがて鉄製の扉が見えてきたとき、Jasonは口を開いた。
「ここにあるのは、手段だ」

扉の向こうの設備はKutoにとって予想外のものだった。それほど大きくない部屋の中には戦前から残る巨大な機械が鎮座し、廃熱のためのクーラーが排気音を立てて稼動している。そして部屋の奥には窓があった。地下二階だというのに存在している窓の向こうに映るのは円錐形の巨大な構造体だった。
「ぼくらの準備はこの通り、ほとんど完了の状態にある。あと必要なのは生命維持装置の部分だけだ」とJasonは窓ガラスを背にして言った。「きみには感謝しても感謝しきれない。これも主の導きだったのだろう。そして、もし……、もしもまだぼくたちのことを手伝ってくれる気があるというのなら、どうかChrisに話を訊いてくれないか? 彼はぼくたちに何が足りないのかをすべて知っている」
「これは……、ロケットですね?」
「その通り」Jasonはゆっくりと頷く。「このロケットこそがぼくたちを約束の地に連れて行く、希望の船だ


目の前の男は馬鹿だ、とKutoは思った。この場所はかつてはロケット試験場だったというのだから、実用に近いロケットを確かに作っていたのだろう。だがそれは200年も前の話だ。技術、エネルギー、物質、さまざまなものがその長い歳月の間に失われた。現在では一部を除いて飛行技術さえ取り戻せていないし、安全で長期間活用できるエネルギーというのもない。そして物質は削られ、削がれ、多くが失われた。
爆弾それ自体による熱や放射線は地表を多く壊したが、一部の地下施設は無事だった。実際にそのようにして生き残った地下の貯蔵庫やシェルターといったものをKutoは見たことがある。だがそれはその場所が物質の保存目的で作られた場所だったからだ。そうではない場所、たとえばここREPCOONのような場所は、熱や放射線は防ぐことはできても空気や水蒸気、微量な酸化物質といったものは防ぐことはできていない。短時間だけ高熱や高速物体の衝突に対して強固に作られたロケットの表皮でさえ空気や水は着実に浸食していることだろう。あのロケットは、飛ぶはずがないのだ。飛んだとしえても彼らのいう約束の地などにたどり着けるはずがない。

だがKutoはそのことを指摘しなかった。

「Chrisさん……」Kutoは何気なく後ろを振り返る。禿頭の中年男、Chrisはいなかった。「は人間ですよね? なぜ、あなたがたと一緒に?」
「ふむん」とJasonは顎に手をやる。「そうだね、すべて知っておいてくれたほうが良いかもしれないね………」
そう前置きしてJasonはChrisという男について話を始めた。

Chrisは自分のことをGhoulと信じ込んでいるらしい。それがなぜなのか、Jasonたちは知らない。
彼がREPCOONにふらりと現われたとき、JasonたちはGreat Journeyの信徒たちとともにロケットを修理しようと奮闘しているところだった。急に現われた人間の存在にJasonたちは戸惑ったが、ChrisはGhoulたちを迫害しなかったので話す機会を得た。そして彼らはChrisに機械工学の知識があることと自身をGhoulだと信じ込んでしまっていることを知ったのだった。
Jasonたちは初めはChrisがGhoulではなく人間であることと彼に正そうとしたが、Chrisはそれを聞いて怒り狂うだけだった。そのためJasonはChrisを利用することにした。彼の機械工学の知識をGreat Journeyのために。

「彼の来訪が創造主の遣わしたものであることは明らかなことだったよ……」Jasonはそう言って首をゆっくりと振った。「そう、Great Journeyを成就させるためにね。彼が仲間に加わってからGreat Journeyは驚くほどの早さで進んだ。それなのに……、Chris自身はGreat Journeyに参加できないのだから悲しいことだ」

(Great Journeyに参加できない……?)

それは彼がGhoulではないから、資格がないということか。それともGhoulと人間の身体的特徴の違いのためか。

「なにはともあれ」と明るい声になってJasonは言う。「きみとChris、2人の人間がぼくらGhoulのGreat Journeyに手を貸してくれたことは、やはり主の導き以外の何物でもなかったのだと思う」
「さっき……、ChrisさんはGreat Journeyに参加できないと仰っていましたよね? あれはどうしてですか?」
「そうするのが主の思し召しだからさ。Chrisがぼくたちと一緒に来てしまったら、ものの数分で死んでしまうのさ」Jasonは肩を竦めた。「発射場の辺りは放射能が濃い。上空に行くに従って放射能濃度はどんどん濃くなっていく。ぼくたちGhoulは放射線の影響なんていまさらないけれど、人間のChrisはそうもいかない。だから連れてはいけないのさ」
だから利用するだけ利用して、最後には捨てるわけか。
「そうですか」
自分がそれだけしか言えないのがKutoは不思議だった。


「Chrisは暗雲の中にいたぼくたちの行く先を照らしてくれた聖人だ。だからぼくは、この地上で彼が寂しさを癒してくれることを祈るよ」

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