かくもあらねば/06/05
5
ドロー。
コッキング。
引き金を引くその一瞬の前にSiは胸倉を掴まれて投げ飛ばされた。彼の背が壁にぶちあたる衝撃でSumikaは外に放り出された。
「Raul!」
叫んだNightkinはハート型のサングラスと帽子を被った間抜けな姿だった。彼女はRaulの名を呼んで彼の両腕を捻り上げた。Raulの腕から鉄パイプが落ちる。
「Raul! 死刑! 死刑だ!」Nightkinが叫ぶ。「今度こそ死刑だ! さぁRaul! 言ってみろ、最後の言葉を! 懺悔を! 聞いてやろう! それから引き千切ってやる!」
周囲にNightkinが集まってくる。彼らはこれから始まるショーを楽しみにしてか、SiとRaulらを取り囲んでにやにやとしていた。
これはピンチだ。
否、逆にチャンスかもしれない。すべてのNightkinがSiではなく締め上げられているRaulに注目している。Nightkinはその圧倒的有利な状況のためか、武器を持っていても構えてはいない。Nightkin相手に.357口径の弾丸は通用しないので戦うのは無理だろうが、逃げることはできる。これだけのNightkinが終結しているのであれば、おそらく他の場所は警戒が手薄になっているはずだ。この場さえ逃げ切れば、Black Mountainを脱出できるかもしれない。Raulを見捨てれば、逃げられる。
しかしそのためにはSiが意識を取り戻さなければならない。先ほどの衝撃でSiは気絶しまっている。
「Si、起きて、起きて!」
SumikaはSiの耳元で叫ぶ。頬を叩く。Siの瞼が僅かに動く。
「お願い、Silas……!」
「さぁ、Raul!」
Nightkinが高らかに叫ぶ。
「まったく、残念だね………」Raulは腕を捻られている痛みのためか途絶え途絶えに言葉を発す。「あんたのロボットを最高の修理工が直してやろうと思ったのに……。ああ、おれは最高の仕事ができなくって、残念でたまらないよ」
「もう騙されない」NightkinはRaulの言葉を途中で遮って笑う。「何度も何度も何度もおまえには騙された! わたしは怒っている。だからおまえを殺す。怒りを晴らすために」
「Silas、こんなところで死んで良いの!?」Sumikaはあらん限りの声で叫ぶ。「なんのために、なんのためにこの17年頑張ってきたの!? 起きてよ、Silas! 起きて! 死なないで!」
Siの指先が動く。
手が動く。
手が。
目が開く。
「ああ………」
良かった、とSumikaは思った。これで逃げられる、否、逃げられる可能性が出てきた、と。
しかしSiの手は投げ出された.357口径回転式拳銃に向かう。まだ逃げない、戦うのだとでもいうように。
Sumikaは咄嗟に.357拳銃を抑えようとした。
今戦っても、強靭な皮膚をもつNightkin相手に勝つ見込みはほとんどない。もちろん勝つ見込みは僅かながらにあり、その場合はSiもSumikaもRaulも助かって良いこと尽くしだろう。だがNightkin相手に生身の人間が勝つ可能性はとても小さいのだ。.357口径の普通の銃弾では目や口、耳などの皮膚や筋肉の薄い部分を狙って弾丸を撃ち込まない限りは皮膚を貫通できないのだから。
逃げれば、Raulを犠牲にさえすれば、SiとSumikaは生き残れる。そうすべきだ。彼を見捨てるべきなのだ。生け贄にして逃げるべきなのだ。
Siに死んでほしくない。
SumikaにとってはSiさえ生きていれば良い。
だがSiは.357口径拳銃を振り上げてRaulを今まさに引き裂こうとしているNightkinに向けて構える。叫び、撃った。
彼が退却ではなく戦う道を選んだのはRaulを助けるためという理由ではなく、殴られ、投げ飛ばされてこのままでは終われないという意地からだろう。あるいは単に意識が朦朧としていて、本能的に敵に向けて構えただけなのかもしれない。
しかし彼のその対応は針のようになってSumikaの心に突き刺さった。人道的ともいえる対応をSiが取ったということが厭だった。まるでSumikaが肉体だけではなく心も人間ではなくなってしまっていると言われたかのようだった。
そんなSumikaの心象とは無関係に、意地と本能の弾丸はRaulを締め付けるNightkinの腕を貫いた。
NightkinはRaulから手を離し、痛みのためか驚愕のためか叫び声をあげる。
そしてもう一度叫び声。今度の感情はよくわかる。
「Raul!」
怒りだった。
だがその叫びは途中で止まった。より大きな叫び声に掻き消されて。
「Tabitha!」
Raulが叫び声とともに腕を突き出した。鉄パイプが腕を撃ち抜かれたNightkinの眼球に突き刺さり、脳にまで達する。Raulは腕を捻る。Nightkinは手をばたばたさせた後に跳び上がった。倒れる。
僅かな時間の静寂。
「逃げるぞ、ボス!」
Raulが叫んでSiのほうへと駆けてくると同時に周囲のNightkinが武器を手にRaulに襲いかかる。
Siは無造作にNightkinたちの頭に向けて銃を狙い撃つ。弾丸は皮膚で止まることなく頭皮を貫き、肉を抉り、骨を砕いて頭の反対側から血と脳漿を噴出させる。周囲のNightkinがたじろぐ。
6発、撃ち尽くす。
Siは腰に手をやり、取り出したものをNightkinの群れへと投げつける。それは電子兵器を無効化するためのパルス・グレネードだった。戦前の貴重品だ。武器ではない。しかしNightkinはそれもやはり自分たちの皮膚を貫通しうる兵器だと勘違いしたのか、退く。
グレネードが爆発する。僅かな光と破片、それに電子兵器妨害のためのアルミ箔が飛び散る。光り輝くアルミ箔の中、SiとRaulは走った。
*
「助かったよ、ボス」
壁にもたれかかり、荒い息でRaulが言う。
Siは胸ポケットのSumikaの様子を確認する。彼女は不安そうに外の様子を伺っている。
「どこか脱出口はないのか」とSiは尋ねる。「山を降りられる安全なルートは」
「残念ながら、ない」Raulは首を振る。「ラジオ局の裏手にいちおう山を下りる裏道があるが、金網で塞がれている。鍵も開けられない。攀じ登るのも無理だ」
「そうか………」
Siは.357リボルバーの状態を確認する。先ほどは運良く6人のNightkinをそれぞれ弾丸1発ずつ(正確にいえば1体はRaulが殺したのだが)倒せた。しかしこのBlack Mountainを脱出するために事態が好転したとはいえない。弾が足りない。この場所もいつ見つかるかわかったものではない。
「ところでボス、さっきあんた、あの距離からNightkinを撃ち抜いたよな?」とRaulが思いついたように言う。「あれ、なんだ? 銃が特殊なのか?」
「銃じゃない。JFP弾だ」
Siは虎の子の一発となった最後のJFP弾をRaulに投げる。
「ふむん、メタルジャケット弾か」とRaulがJFP弾をキャッチして頷く。「なんだ、これがあればNightkinも倒せるじゃないか。あんたの腕だったら。まぁ、ちょっと厳しい気もするけど、おれも囮くらいにはなれるし」
●メタルジャケット弾
弾芯を合金で覆った弾丸。貫通力が高い。
「無理だ」Siは首を振る。「弾がもうそれ1発しかない」
現代の技術ではJFP弾は作ることが難しく、貴重品だ。そうそう調達できるものでもない。
「なるほど」
しかしRaulは何を思ったか倉庫にあった工具箱の中から金槌を取り出し、床に置いたJFP弾に向かって振り下ろした。迷いのない動作で、Siが止める暇もなかった。
弾芯が薬莢から外れ、雷管と火薬が落ちる。最後の弾丸は使えなくなってしまった。
「なにやってんだ、てめぇ!」
SiはRaulに詰め寄って彼の襟首を捻り上げる。脱出の鍵になるかもしれない最後の一発を駄目にされたのだ。ぶん殴っても物足りないくらいだ。
しかしRaulはというと、あくまで平然としていた。
「まぁ落ちつけよ、ボス。最後の一発だったんだろう? ポケットに入れておいても増えるわけじゃない。だったら1発は1発だ。1発で10体のNightkinを倒せるわけじゃないんだから、温存しといても無駄だろう。任せろ、おれに考えがある」
Siは少しの間黙ってRaulを見ていた。任せろ、という彼の言葉を信じる気にはなれない。
しかし彼に初めて対峙したときのことを思い出す。あの速さ。あの自然さ。自分を遥かに凌駕するスピード。彼のことを信じても良いのかもしれない、という気になる。少なくとも話を聞くくらいなら良いかもしれない。手を離す。
「なんだ、考えって」
「いや、今のは単におれが昔から言いたかった台詞だ。本当は、おれを信じろ、まで言いたかった……、冗談だ」RaulはSiの怒りを感じたのか、両手を肩のところまであげてゆっくり首を振った。「大丈夫だ、ちゃんとアイディアはある。弾がないなら作れば良いんだ。幸いにもここは倉庫だ。材料はいくらでもあるし、工作用のベンチもある」
無茶だ、とSiは反論した。JFP弾は材料があるからといって簡単に作れるようなものではない。
「おれをだれだと思ってるんだ」Raulは胸を張って言う。「機械工だぞ。そんな弾丸なんて簡単に作れる」
「作ったことあるのか?」
「あるわけないだろう。おれはメカニックだ」
期待しかけた自分が馬鹿らしくなった。
「だが弾丸なんて簡単だろう。回路があるわけでも抵抗計算しなきゃいけないわけでもないんだ。半田付けの必要さえない。やってできないことはない。おれに任せろ、ボス」
何分もしないうちに試作品が出来上がった。その見た目はSiの持っていたJFP弾とほとんど変わらないものだったので驚いた。
「どうだ、たいしたもんだろう」とRaulは胸を張る。
「大丈夫なのか、これ」Siは弾丸を弾装に詰める。「暴発したりとか」
「そこまでは保障できない」Raulはあっけらかんと言う。「いちおう、ボスが持っていたのと同じように作ったつもりだ。たぶん大丈夫だと思うけど、駄目でも怒らないでね」
「なんか不安」とSumika。
Siも同じ気分だった。
しかし一方でとても晴れやかな気分でもあった。
死ぬかもしれない。自分は死ぬかもしれないのだ。しかも自分を殺す相手はずっと追い続けてきたLegionではなく、まったく関係のないNightkinなのだ。Legionを殺し尽くすことができずに死んでいくのは腹立だしいことだが、Legionに殺されずに死ぬということを嬉しく感じてもいるのだ。
死ぬ。
死。
視線を下ろす。Sumikaがいた。
怯えている矮小な存在。Siが守ってやらなければ獣に襲われて目玉を刳り貫かれてしまう存在。
彼女は見られていることに気付いたのか、曖昧に微笑んで首を傾げた。気弱な態度を見せられないと強がってみせたのかもしれない。
死なない。
構える。
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