かくもあらねば/08/03
3
「ボス、起きてるか?」
隣のベッドのRaulが声をかけてきた。Siは返答しなかったようだが、「起きているな」とRaulは続けた。
「寝てるよ」とSi。
Raulはベッドから起き上がって胡坐をかく。「Corporal Sterlingと話をしていて、少し考えたことがある。ここは戦場だ。そうだろう? Corporal Sterlingはいい歳だ。もう戦場に出るには歳をとりすぎているといっても良いだろう。だが彼は退役せずに自分のできることをやっている……。この地獄のような戦場で人殺しという仕事を続けている。あんたは彼の生き方を正しいと思うか?」
Siは仰向けの姿勢からRaulに背を向ける姿勢になるようにと寝返りを打った。
「彼があそこまでの錬度を積むためには、NCRも相当な金と時間をかけているんだろう。だったらそれに報いるというのも当然な気がするな」
「ふむん」とSiの言葉にRaulは頷いた。「なるほど」
それからしばらく沈黙があった。SiはRaulが急にそんな話をしてきたことが気になったのか、目を開けたままRaulの言葉を待っていた。
「で、なんだよ」とSiはじれったくなったのか訊く。
「いや、昔のことを振り返っていた」
「昔のこと?」
「昔のことだ………」Raulはちょっと黙り、「話して良いのか? ちょっと長くなるぞ」と言った。彼にしては珍しく迷いの感じられる言葉だった。
「勝手にしてくれ」
Raulは頷いて語り始めた。
「おれがMexico Cityの郊外で産まれたっていうのは前に言ったよな。正確にはMexico Cityすぐ傍のHidalgo Ranchって場所だ。そこにおれの家族の、つまりTejadaの3代続く農場があった。農場っていっても大きなもんじゃない。小さなところさ。おれは……、まぁ、大人からすればあんまり良いがきじゃなかっただろうな。牛の世話よりは銃やレンチを扱っているほうが好きで、ちんぴらみたいなもんだった。人殺しまではしなかったが、逮捕されるようなことは何度かあった。たいていは家族が保釈金を払って取り成してくれたんだがな」
Raulにも子供時代があったのだな、と思うとSumikaはふとおかしくなった。今の老練した彼からは子供時代は想像できないが、どうやら昔はやんちゃ坊主だったようだ。いや、逮捕されるほどだとすればやんちゃ坊主程度では済まないのかもしれない。
Siは相槌ひとつ打たないでいたが、Raulは話を続けた。
「大戦のときのことだ。あの核爆弾が落ちたとき、おれとおれの家族はちょうどMexico Cityを離れていた。だから最悪の事態は免れることができた。でもそれからしばらくしてだ、Mexico Cityが爆弾で気化してから溢れた難民が道にごった返すようになった。おれの家族はできるだけその難民を助けようとしたよ。でも難民の数は多すぎた。親父は家族が食いっ逸れる前に難民を追い出すことを決意した。おれも親父も銃を取って難民たちを無理矢理追い出した」
「それで?」とSi。
「草木も眠る丑三つ時に、さ。追い出された難民のうち、20人ほどの屈強な男たちが襲ってきた。ドアを打ち付けてから家に火をつけたのさ。おれと妹のRafaelaだけは煙に気付いて飛び起きて窓から逃げられたが、それ以外の家族は全員焼け死んじまった。おれの両親も、祖母さんも、4人のきょうだいもみんな、だ」
Sumikaはふと背中が寒くなった。
Raulは200年の時を生きるGhoulだ。それだけ長い時間を生きていれば出会いも別れも数多く経験していることだろう。しかし彼のそれは、あまりにも悲惨だ。
「おれとRafaelaは逃げたが、やつらは追ってきた。おれは……、おれにはリヴォルバーがあった。だからおれを追ってきたやつは撃ち殺すことができて、そのまま逃げおおせることができた。でもRafaelaは………」Raulは少し間を空けてから言う。「妹は無力だった。まだ小さい子供だったんだ。おれが守ってやらなくちゃいけなかった。おれが、おれが守ってやらなくちゃいけなかったんだ。たとえ命を投げ出してでも」
RaulはまるでSiと同じだ、とSumikaは感じた。
彼もまた愛するものを守れなかったのだ。
守れなかった?
守らなかった。
力があったはずなのに、その手に銃があったはずなのに、命を賭けて戦えば助けられたのかもしれなかったのに、それなのに恐怖に竦んで動けなかった。自分の命が惜しくて見て見ぬ振りをしていたのだ。
SumikaにはSiの返答が気になった。
「それで」とSiは低い声で言う。「あんたは妹を助けられなかったのを自分の責任だと思っているのか?」
Siは後悔している。Aniseを助けられなかったことを。敵はたった2人で不意をつけば倒せたかもしれないのに死が怖くて丸くなっていたことを。Aniseが犯される様を聞いているだけで満足してしまったことを。
「そうかもしれない。おれにも、わからん。昔のことさ。ただおれは……、おれがわかったのはおれはただの乱暴者で、拳銃の腕前だけじゃ誰も救えなかったのかもしれないっことだけさ」
「それはあんたが弱かったからだろう。今のあんただったら10人20人と相手にしても負けなかったはずだ。家族だって守れただろう」
Raulが黙ったので、Sumikaは最初彼が怒ったのかと思った。しかし彼は肩を震わせ、声をあげて笑い始めた。
「そう思うかい、ボス? だったら」と彼はベッドに潜り込む。「あんたは後悔していないんだろうな」
翌朝、列車のホームに入ってから、ここで別れようとRaulが言い出したのでSumikaは驚いた。彼の性格とこれまでの言動から、少なくともVegasまではついてくるだろうと思っていたのだ。
「どういう心変わりだ?」とSiも言った。「あんたの家はこの近くなのか?」
「いや、まだ遠いがね。ま、この辺りだろうと思ってね」Raulはにやりと笑う。「なんだ、寂しいのかい、ボス?」
Siは無言で鼻を鳴らす。不機嫌そうだが、たぶん本当は寂しいのだ。
ホームに列車がやって来る。物凄い轟音で、本当に乗って大丈夫なのかとSumikaは心配になった。蒸気を噴出させるかのように四角い箱の一部が開き、中に乗れと促してくる。
「気をつけてな」と電車に乗り込むSiの背中に向かってRaulが言う。「いちおう言っておくが、NCRは正義の味方じゃないぞ」
「知っている」とドアのところで振り返ってSiは応じた。
「それは何より」Raulは肩を竦める。「ま、ボスが何処の人間だろうと、おれはあんたの友達だよ」
「なんだって?」
「何か不満か?」
「いや……」
Vegasの東のほうにある襤褸屋敷に住んでいるから、良かったら尋ねてきてくれ、と言ってRaulは手を振った。
やがて電車のドアが閉まり、不満を噴出させるかのような音とともに加速を始める。すぐにMcCaran駐屯地は遠くに見えなくなった。
「良い人だったね」とSumikaは人のいない客車の中で言った。
「そうかな」
「そうだよ」
最初は酷い音と揺れだった車内はやがて規則的な振動が繰り返すだけになった。初めての列車旅行ということで乗る前は興奮していたSumikaだったが、単調な振動が眠気を誘うようになってきた。昨日RaulとSiの話を聞いていて夜更かししていたことも相まって、いつの間にかSumikaはSiの肩の上で寝入ってしまった。
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