これはきっと夢なんだ
Must Be Dreaming



轟音によって目覚めさせられた。

目覚めされられた、と自覚してからうたたねをしてしまっていたことに気付き、慌てて口元の涎を拭う。Silasに見られていなかったか心配になったが、それは杞憂だった。
射撃練習場でのSilasはあまりにも真剣だった。Sumikaのほうは気にする素振りもない。
そしてSilasの訓練風景を眺めるのはあまりにも退屈だ。彼はあまりにも真面目すぎる。

彼の射撃訓練はまず銃の分解清掃から始まる。前日に手入れされ、その日の朝にもきちんと手順を踏んで清掃したということがわかりきっている銃を清掃させられるのだ。それから射撃の手順の説明をいちいち受け、弾を渡されてその説明をさせられ弾を込め、それでようやく実際に銃を撃つ段階に進めるのだ。しかもそれで自由に銃が撃てるわけではなく、一発撃つたびに狙った場所と実際に弾が当たった場所、その位置関係が遠ければなぜそのようになったのか、近くてもその狙いは適切かどうかなどを説明させられる
もちろん銃というものは引き金を引くだけで子供でも簡単に人を殺せてしまうものなので、このようにいちいち手順を確認させ、引き金を引く重みを身体に覚えこませるというのは大事なことなのだろう。

わたしが驚いたのはSilasの態度だった。彼は面倒な射撃訓練のひとつひとつの動作を、まるで失敗したら死んでしまうかのように真剣な表情で行っているのだ。彼はこの訓練を毎日こなせば本当にNCRとしてLegionとの戦いに参加させてもらえると信じているようだ。
だがいくらSilasが頑張ろうとも、子供であるSilasがNCRの戦いに参加することはありえないだろう。確かにNCRは優秀な人材を欲してはいるが、少なくともまだ戦いが激化していない現状で子供を前線に送り出したりはしない。せいぜいがこうして訓練をさせて優秀な兵士に育て上げるだけだ。
Silasは怪我が治ってから、NCRの将校に頼み込んで戦闘訓練に参加させてもらっていた。彼はLegionと戦うだけの力を得、Aniseを取り戻そうとしているのだろう。わたしはできれば彼に戦いに出てほしくはなかったが、止めても無駄だった。

Silasはリヴォルバーを構え、的に向かって射撃する。NCRで採用しているアサルトライフルやサブマシンガンではなくリヴォルバーを用いているのは子供が持つには自動小銃や突撃銃は大きすぎるというのもあったが、彼の意思でもあった。
放たれた弾丸は正確に人を模った射的の頭部部分中央を撃ち抜いた。
Silasが立っている位置は一般のNCR兵が訓練で立つ位置よりもいくらか前に出てはいるが、まだ銃を撃ち始めて数日ということから考えると十分な腕前だといえる。そもそも反動の大きな大口径のリヴォルバーをしっかりと支えられ、前に向かって射撃できるというだけでもたいしたものだろう。普通なら的に当てることさえ難しいはずだ。もしかすると彼には射撃の才能があるのかもしれない。

少し複雑な心境だ、とわたしはSilasと彼を訓練させている将校から離れたテントの手前に積まれている木箱に座り、訓練の様子を眺めていた。
身を守るだけの腕前はこの荒廃したWastelandでは邪魔にはならない。銃の扱いを知ることや、いざというときに迷わずに引き金を引けるようにしておくことは、わたしのいたVaultのようにならないためにも重要だろう。しかし過ぎた力は必要ない。下手に腕に自信を持ってしまうと、その力に物を言わせて押し通ろうとするようになってしまう。そうなったら確実に、何処かしらに摩擦を生じ、熱を生む。暴力とは無縁ではいられないが、わざわざ関わり合いになるべきではない。
しかしそうは言っても、Silasは止まらなかった。彼は目的のために生きている。Aniseを助けるという目標のために、燃えている。そんな彼を止めることは、わたしにはできなかった。見ていることしか、できない。

喋る。
弾を取る。
弾を込める。
構える。
撃つ。
評価する。
その繰り返しは規則的で、眠気を誘う。いつしか弾が放たれる轟音の中でも櫂を漕げるようになっていた。
眠気を破ったのは赤い目の化け物だった。長い嘴と巨大な黒い羽を持つ化け物。戦前からほとんど生態を変えることなく生き延びた、数少ない生物。だ。人間とは違い、鴉はしっかりとわたしの姿を認識し、獲物とみて襲いかかってきた。
それまで何度となく鴉に襲われたことはあったが、そういうときは人間の集団の中に紛れ込めば良かった。普通の鴉は人間の姿を警戒してあまり近づかないようにするからだ。
この基地での鴉はしかし、慣れているのか人間の姿にも、銃声にも怯えることはなかった。人の多い場所なら安全だろうとたかをくくっていたため、鴉の接近に気付くのが遅れた。わたしの体格にすれば巨大すぎる嘴が目の前に迫っていた。


目の前が真っ赤に染まったのは鴉の瞳が眼前に迫ったからでも、鴉の嘴がわたしの内臓を抉り出して見せびらかしたからでもなかった。目の前で鴉が撃たれたのだ
わたしは信じられない思いで鴉を撃ち殺した人物のほうを見た。Silasは硝煙の立ち昇るリヴォルバーを胸元に寄せ、深く域を吐いている。驚き、しかし満足しているのがわかる表情で。

 なんてことだ。
Silasはまだ自分の身に迫る事態について理解していないようだった。

わたしの姿がSilasにだけは見えるという事実が発覚して以来、彼にはわたしという小さな羽根の生えた人間が見えるということを言わないようにと言い続けてきた。

「どうして?」と最初にわたしの存在を隠すように言ったとき、Silasはそう尋ねてきた。
「わたしのことは、他の誰にも見えないから。きみ以外にはね。だからきみの頭がおかしくなったって思われるのがおち」
「でも見えなくても確かめることはできるんじゃない?」
「声も聞こえないし、触れても感じない。感じない、というか、意識しない。意識しないだけで通じることはあるけどね」
Silasはよくわからないという表情になったが、それでも自分の意見を伝えようとしていた。「でもたとえばさ、何か言われたとおりのことをやって見せれば、証明はできるんじゃない? 物を運んで見せたり、文字を書いて見せたりとか」
「買い物に行かせたり、休日にはフリスビーを投げてあげたりとか」わたしはそう言って笑ってみせたが、Silasは笑わなかった。冗談が通じなかったようだ。「とにかく、そんなことをやっても他の人たちにはわからないんだよ。たとえば文字を書いてみせても、その文字が見えないか、最初から文字が書いてあったことにされるか、きみが書いたと言われるか……、そんなところかな。わたしの存在は、普通の人の閾上にはないから、無駄なんだよ」
わたしはそう言いつつも、もしかしたら、という期待は捨てられずにいた。

これまで周りにはわたしのことを見える人間は誰もおらず、ひとりきりだったころはわたしの言ったとおりの状態だった。誰もわたしのことは見えないふりをした。存在を認めてもらえなかった。
だがもしかすると、彼がわたしの存在を変えてくれるかもしれない。
わたしひとりでは誰にも見えなかったかもしれないが、彼が手助けをしてくれれば。視覚で捉えることは不可能でも、どうにかして認識してもらえる存在になれるかもしれない。そんな希望はあった。

その一筋の希望に縋ることができなかったのは、希望が裏切られた際の反動が怖かったからだ。
存在が認めてもらえないことが怖いのではない。誰からも認識されず、話を聞いてもらえないことには慣れている。
だがSilasという、わたしの姿を認めてくれる存在が現われた、その今では、彼を失うのが怖かった。もしわたしが見えるかどうかというテストを行ってみて、Silas以外の誰にもわたしの存在がやはり見えなければ、Silasは病気だとみなされるだろう。彼は怒るだろうし、そうでなくても病気として治療される。そしていつしか本当に病気になり、わたしの存在はまた見えなくなってしまうに違いない。

わたしは彼を失いたくはなかった。だから目の前にある希望の筋を掴めないでいたのだ。

そして今、その筋は太く波打ちながら縄のようになってわたしたちに巻きついてきた。Silasは銃を的ではなく意図的に他の方向へ撃ち、敵意のない動物を殺したことを咎められた。そして彼の目にだけ映るSumikaという存在を告げた。
彼は宿舎内に連れて行かれ、彼がこの基地で初めて会った少尉や医師らに質問を受け、いくつかのテストをした。わたしは言われたとおりに動き、彼の言っていることを信じてもらえるように尽くした。
テストが終わった後、少尉と医師はSilasに部屋で休むように言い残して部屋を出て行った。わたしは彼らの話を聞くためについていった。
妖精とはな……。ティンカー・ベルのようなものかな」と少尉の男が言う。



●ティンカー・ベル
J・バリーの戯曲『ケンシントン公園のピーター・パン』に登場する妖精。
その身体は光り輝いており、鈴の音とともに助けを求める子供の前に現われる。彼女の持つ妖精の粉を振り掛けることで、子供は空を飛べるようになる。
身体が小さいため感情をひとつずつしか表現できず、そのため感情の起伏が激しいとされる。

『ピーター・パン』を見たことがありますか」と医師。

●ピーター・パン
J・バリーの戯曲『ケンシントン公園のピーター・パン』の主人公。
人間ではあるが妖精たちと暮らし、永遠に子供である少年。

「子供の頃に一度だけ。Vaultから来たという老人が映写機と一緒にフィルムを持っていた。わたしが溜めていた貯金をごっそり取られたが、損をしたとは思わない。面白かったよ」
「あれは金髪でしたね。それに白人だった。彼の描写した妖精は栗毛色の髪に黄色人種の肌の色ということでしたが、だいぶ違いますね」
少尉は真面目な顔になる。「それで、あなたはどう思う?」
「だいぶ違いますが、似たような症状は以前に見たことがあります」
「だいぶ違うのに似ているのか?」少尉は口元を持ち上げたが、医師に睨まれたことに気付いて肩を竦めた。「で、あれはどういう症状なんだ?」
「彼は一種の、病識欠損のようです」

希望の綱は絶望に変わった。

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