かくもあらねば/09/01
G.I.Blues
早くテキサスに帰りたい
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早くテキサスに帰りたい
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光り輝くネオンサイン。水着よりも肌の見える面積の多い布を身に纏って客引きをする美女。言い寄る男に近づく黒服の屈強な男たち。壁に手をついて吐瀉物を撒き散らすNCRの兵士。町を見張る無機質なロボット。
「ラスベガスだー!」
Sumikaは大声で叫んだ。NCRの管理施設である駅から出てきたところだったため、駅の周りにいた何人かがこちらを見た。Sumikaの姿が見えない彼らには、きっとSiが叫んだと思ったことだろう。
「ラスベガス……」
「やめろっての」もう一度叫びかけたSumikaの頭をSiが抑えた。「公共の場で叫ぶなとか、走り回るなとか、物を拾うなとか、ダンスを踊るなとか、そういうことを教えたのはおまえだろう?」
「うん、でもラスベガスだもんね。知ってる? ラスベガスだと一日3回までは叫んで良いんだよ」
「知ってるよ。そこの雑誌にに書いてあったからな」
Siが手に持った雑誌でちょっと高級なゴミ箱か、控えめのポストといった四角い物体を指差す。そこにはSiが握っているのと同じ雑誌が何部も入っていた。
「勝手に取って良いの?」
「良いんだよ。ご自由にって書いてあるだろう」
Siの言うとおり、箱にはご自由にお取りくださいという旨が書かれている。
「なんで勝手にとって良いの? ただで配って、採算取れるの?」
「知らんよ。それだけ潤ってるんだろう」
「すごい……。戦前みたい」Sumikaは正直な感想を述べた。
「戦前だって、ただで雑誌を配ってはいなかっただろうさ」
「ねぇSi、あれ、なんだろう」Sumikaは目に留まった巨大な宝箱のような建物を指差して尋ねた。
「カジノだろう」
「じゃああれは?」もうひとつの同じように巨大な建物を指差す。
「あれもカジノ」
「違うんじゃない? 全然装いが違うし」
「ラスベガスにはカジノしかないんだよ」
「ラスベガス人はチップを食べて暮らしているの?」
「そうやってきょろきょろしているやつのこと、なんて言われるか知ってる?」
Sumikaはちょっと考えてから答えた。「おのぼりさん?」
「恥ずかしいやつ」
*
楽しそうにくるくると回るSumikaを見ていると、本当に妖精のようだと感じる。
子供の頃に暮らしていたアメリカ南部のNCR基地で彼女の容姿について話したとき、話を聞いていた兵士たちは、まるで昔のアニメに出てくる妖精のようだと評した。当時のSiはそうは思わなかった。彼女の羽は蝶のような二対ではなく、蝉のような薄い膜のような翅が6枚ついている。金髪ではなく栗色の髪で、緑色の服を着ているわけではない。何より彼女は優しい。
いまSiが彼女が妖精のようだと感じたのは、単純に可愛らしいと感じたからだった。驚いたり笑ったりと猫の目のように変わる表情や動き回る姿は、見ているだけで飽きない。
しかしいつまでも突っ立っているわけにはいかないので、駅を出たところに立ててあった地図を見てから歩き出した。
「待って、待ってよ」とSumikaが急いで飛んできて、Siの肩に乗った。「まだ着替えてないんだけど」
「着替え?」
「ラスベガスに着たんだから、それに相応しい格好をしないと」
「相応しい格好? 有り金すって身包み剥がされたってことで、全裸でいりゃ良いのかな」
「そんなわけないでしょ。ドレスだよ」
Sumikaの服装はよく見るデニムのワンピース姿だ。もちろん彼女の手製で、成長しない彼女が長年着用しているために生地の汚れや縫い目の解れが目立つ。しかし下手に着飾るよりはこの格好のほうが似合っているとSiは思う。
「ドレス着ても出るところがあるわけでもないだろうに」
「カジノに行くんだったら正装じゃないと追い出されるかもしれないよ?」
露出度の高い格好をしてもSumikaの体格では意味がないだろうという意味で言ったのだが、彼女には伝わらなかったらしい。もっともそのことを繰り返し言うつもりはなかった。何度も言っては彼女に自身の姿がSi以外の誰にも見えないということを思い出させてしまうし、なにより余計なことを言って彼女に怒られたくはない。それに彼女の心配は杞憂はおそらく杞憂になる。
まずはNew Vegas地区の北にあるNCR大使館に向かい、そこでRanger権限を行使して駐屯地の責任者に会わせるよう頼んだ。受付の女は駐屯地には似つかわしくないドレス姿で、なるほどSumikaの言うとおりだとSiは感心した。あるいは大使館という場所がこういった制服を奨励しているのかもしれない。
New Vegas地区NCR大使館の管理責任者のDennis Crockerは浅黒い肌の太った男だった。ラスベガスのドレスコードに従って全裸ではなかった。彼はラスベガスで正しく生きる人間の一人のようで、任務のために彼を呼んだSiに対して露骨に厭な顔をしてみせてきた。
「お忙しいところどうも」とSiはコートのポケットに手を突っ込んだまま言った。
最初から厭な表情を見せるCrockerに悪感情を持ったのか、それとも単にラスベガスで気分が高揚しているためか、特に注意はしてこなかった。
「いや……、忙しくはないよ、Ranger Fairy Eye。暇なもんさ」とCrockerは額に浮かぶ汗をハンカチで拭きながら言った。
そんなことは見ればわかる、この豚野郎、とはSiは言わなかった。豚だって豚野郎と罵られれば傷つくだろうし、この任務に支障を来たすであろうことは理解できたからだ。偽の情報をつかまされてはたまらない。
「わたしは旅行は嫌いではないが、南部に行く気はしないね。ここの暑さでさえこうなのだから、テキサスはもっと暑いんだろう?」
Crockerの言葉を無視してSiは言う。「人を探している。褐色の肌に銀髪の女だ。名前はKuto。歳は二十代だと思う」
「美人かね?」
Siは頷いてみせる。
「なるほど、それは目立つ」Crockerは目の端に皺を寄せて微笑んだ。「そういった人物なら話に挙がるはずだが、見たという話は聞かない」
「あんたのところまで話が届いていないだけでは?」
「わたしの話では信用できないのならば、受付のO'Malleyさんに聞いてみると良い。彼女はベガスに入ってきたもののリストを持っている。無論NCRで独自に作ったものなので、完全ではないがね」
「いちおう訊いてみるよ。で、だ。もし彼女を見たという話があったら、おれに報告してほしい。おれはStripかFreesideのどこかにいると思う。あとついでにStripに自由に出入りするための金を持ってきてくれ」
New VegasはStripとFreesideの2つの地区に分かれているが、FreesideからStripに入るためには所持金の検査をされた上での許可証を発行してもらわなければいけない。Siが鉄道でNew Vegasまで来たのは単に交通機関を使って日数を稼ぐためではなく、検査を掻い潜るためでもあった。検査の上でStripに落とすだけの金を持っていないとみなされれば、入口で弾かれる。許可なしに通ろうとすればSecuritronのレーザーで灰にされてしまうのだ。
「一度入ったらもう所持金検査の必要はないよ。そのまま入れる」
Crockerが金が惜しくて言ったのか、それとも本当のことなのかどうかSiには判別がつかなかったが、とりあえず頷いておいた。両方かもしれない。
「話は以上かな? テキサスからはるばるベガスまで来たんだ、わたしの話でも聞いていくかね?」
「あんたの話?」
「たとえば、どうやってわたしが大使という重役を任される立場までのし上がることが出来たのか、とか」
「そういう話は間に合っている」
Crockerは首を振り、明らかに機嫌を害したというふうな態度を取った。しかし重そうな尻で競争相手を押し潰したのかと問わなかっただけましだろうとSiは思った。もちろんそのことも口に出さないではおいたが。
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