かくもあらねば/09/02
2
Sumikaが可愛らしく膨れている。もともと顔が丸いので、こうやって膨れていると本当に丸い。
彼女が怒りを露わにしたのはStrip地域からFreeside地域へと移動してからだ。どうやらよほどベガスを楽しみにしていたらしい。
話には聞いてはいたが、本当にFreesideは酷い。町も人も荒れ果てている。戦前の様相をかなり残しているStrip地域と面しているためある程度は経済は活発のようだが、それも一部分だけのこと。貧富の差が酷い。治安に関しては外の町のほうがまだましだろうとSiは思った。
「演劇学校……、ここか」
Siは呟き、半端に戦前の彩を保った中でいくらか輝いて見える三階建ての建物を見上げた。『The King's』の文字と奇妙なポーズをとったネオンが怪しい。
「本当に行くの?」
努力して不満そうな態度を持続させていたSumikaがFreesideに入って以来、初めて心配そうな表情を見せた。この表情を見られただけでもここに来ただけの価値がある。
戸口にひとり、窓際にひとり、軽装だが武装しているとわかる男が立っていたが、Siは彼らのことを気にする様子をできるだけ見せないようにしつつ近づく。視線をぶつけられ、警戒もされたようだったが、特に問答されることはなかった。おそらくは明らかに敵意のある者以外に対しては過度な警戒は見せるなというのがここのボスの方針なのだろう。
The King。それがこの施設のボスの名であり、複数形にするとこの施設を根城とするグループの名称そのものになる。前々世紀のそのまた前の世紀の資料でしか見ないような方向性の集団である彼らがFreesideの住民たちからの信頼を得ており、New Vegas統括の手始めにこの地を占有しようとしているNCRにとって彼らの存在が頭の痛い問題となっていることはSiも知っている。
●The Kings
New VegasのFreeside地域のギャング組織。リーダーはThe King。
その威喝さとは裏腹に住民からの親しまれている。
富と暴力によって栄えたラスベガスの痕跡を残すStripに隣接していることもあり、Freesideには数多くの人間が絶えず出入りしている。その中にはRaider崩れや本格的な暴力団組織の人間も存在しており、彼ら彼女らがFreeside住民に暴行や強盗などを働くこともある。The Kingsは自警団のような役割を持ち、外敵からFreesideを守ることで信用を得ている。
昨今New Vegasに進出しようとしているNCRとの間には軋轢があり、その溝は日々深まっている。
もっとも今回ここに来たのはその問題とは関係ない。SiはNCRに魂を捧げたわけではない。ただLegionを追うだけだ。
演劇学校の内部は小さなバーか休憩室のようになっていた。入った瞬間にジーンズとTシャツ、もしくはジャケット姿の男たちの視線がSiに注がれた。といっても銃までは抜かれない。
Siは壁際で腕を組んでいる男に近づいた。彼がもっとも尊大そうな男に近づいた。The Kingという組織においてある程度の地位を得ているであろうふうに見えたからだ。とはいえこの悪人面では一般市民の信頼を得ることはできないだろう。リーダー格には見えない。幹部だろう。
「ここに何か用か? The Kingへの嘆願書でも持ってきたのか?」とSiが近づくとその男は言った。
「The King? だれだ?」
「だれだだと? おい、おまえケツの穴がどうにかなってるんじゃないのか?」
*
男が怒りを露わにしたので、Sumikaとしては背筋が凍る思いだった。よくよく考えればSiはNCRのマークがついたコートを着たままで、それは目立ちはしないものの敵対する人間からはよく見えるはずだ。LegionのようなMojave Wastelandに広がる大きな武装勢力ではないとはいえ、FreesideでThe Kingと敵対していると公言して練り歩くのはいかにも不味い。
幸いにも今目の前の男の視線はSiの顔やホルスターに注がれていて、肩のマークまでは目が行っていない。
「FreesideはThe Kingsが統治している。そのThe Kingsを統括しているのがThe Kingだ。おまえの頭でわかったか? 理解できているか?」
男は下から見上げるように睨みつけてくる。もともとSiのほうが彼よりも背が高いが、彼はわざわざ腰を折って視線の位置を下げている。おそらくこれが彼の恫喝のポーズなのだろう。
「ああ、わかるよ。それでそのThe Kingさんにはどうやったら会えるのかな?」
Siの言葉を聞いて、男は値踏みするようにSiのことを上から下まで眺めた。「おれが言えば、会ってくれるさ。で、あんたはThe Kingのような大人物に会えるほどの価値がある人間なのか?」
「これで十分か?」Siは男に500Caps握らせる。
(500Capsも!)
500Capsあれば保存状態の良い戦前の銃が弾丸2ケースと清掃分解セット、それに洗剤とコーラのつきで買える。NCRであまり良く思われていないSiとSumikaにとっては大金だ。大金だが、しかし命のほうが大事だ。たぶんSiの行動は正しい。
男は笑った。黄色い歯が見えた。横のドアを立てた親指で示す。「わかってるじゃないか。入りな。The Kingには中にいる」
「そりゃどうも」Siはポケットに手を戻し、示された部屋へと入ろうとする。
「まっすぐ行け。ステージの傍で退屈そうにしている方がThe Kingだ。失礼なことがないようにな」
Siは大仰に肩を竦めた。
「入ったら人数と銃の有無の確認を」
ドアを抜ける間際、Siがそう囁いてきた。Sumikaは頷く。
小ぶりな劇場のような部屋だった。中にいる人間は5人。ひとりは演台で歌っており、ふたりは壁際に背をやっていて、ひとりは端のほうの席に座って中に入ってきたSiを警戒する様子を見せている。そして最後のひとりはステージの前の席でグラスを片手に歌を聴いている。ドアの前の男の話を信じれば、彼がThe Kingという男だろう。
(うっ……、犬がいる………)
The Kingの傍には黒い大型犬がいた。犬は猫に比べればまだSumikaに対して攻撃しようとする意思は大きくはないが、それでも怖いものは怖い。
Siから離れ、男たちの装備を探る。護衛らしき男たちはサブマシンガンと10mm口径自動式拳銃を持っている。演台の男は武器は持ってない。
The Kingの装備の具合を確かめようとしたところ、犬に吠えかかられたのでSumikaは身を凍らせた。単に犬が怖かったのではない。もちろん怖かったが、それ以上に異形のものがあった。その犬の身体は金属に覆われており、頭部には青白い光の中で脳髄が浮いていた。
「ヘイ、Rexie」とThe Kingが犬を窘めるように言う。「新しい訪問者がやってきたぜ。だいぶ待たされたって感じだ」
SiがThe Kingの前に立つ。SumikaはRexieと呼ばれた犬から逃れてSiの肩に座った。「部屋には5人。ステージの上の人は何も持ってない。Kingって人はわかんない。あとの3人はサブマシンガンと10mmピストル」
Siが視線だけで了解という合図を送る。
「ようこそ。おれがThe Kingだ。何かおれにできることがあるのかい?」
The Kingという男の喋り方は粗暴だったが、綺麗な声だとSumikaは感じた。飼い主の声を聞いてか、犬も大人しくしてくれている。
しかし発せられたSiの言葉のせいで、Sumikaの中からThe Kingの声を愉しむ余裕は吹っ飛んでいってしまった。
「あんたはいつもあんたと話しにくる人間から通行料を取っているのか?」
なんてことを言うんだ、とSumikaは叫びたかった。しかしその声が認識されずとも、The Kingsのメンバーたちにいかなる影響を与えるかわからないために叫べない。
「通行料?」The Kingは目を丸くし、次には声をあげて笑った。「Paceがまたやったか。やっこさんにいくら取られたって?」
「500Caps」
「からかってるのか? いや、その目を見るとそういうわけじゃなさそうだな……。おたく、これからはもうちょっと財布の紐はちゃんと締めておいたほうが良いんじゃないか?」The Kingが懐に手をやったので、Sumikaは一瞬警戒した。しかし彼が取り出したのは通貨だった。500Capsだ。「そら、これで問題ないだろう」
無言でSiは500Capsを取った。
「それで、今回はビジネスの話なのか? NCRの兵隊さんよ」
周囲の男たちがサブマシンガンを構えるのがわかった。
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