かくもあらねば/09/03



「NCR? だれが?」
Siは身体を動かさずに訊いた。500Capsをコートのポケットに突っ込んだばかりだったので、両手をポケットに入れている状態だ。

Sumikaは怯えたような表情で、肩からするするとポケットに降りてきた。いちおうこのコートは防弾だが、安全なのは着ている人間にとってだけだ。Sumikaの入っているポケットに弾丸が直撃すれば、弾丸の種類にもよるが彼女は大きな衝撃に晒されるだろう。下手なことはできない。

「肩についてんのはNCRの紋章だろう? あんたのそれとも通りのアイスクリーム売りにつけられたのかい? 荷物は無事か?」
The Kingは肩を揺らせて笑う。彼の武器や戦闘能力のほどはわからないが、その辺の軍人程度の能力であれば武器を使わずに一瞬で無効化できる。彼を盾にすれば好ましくない事態になったときもとりあえずこの建物から逃げることはできるだろう。もっともFreesideにおけるThe Kingsの評判を鑑みる限りでは建物の外に逃れたからといって安全とはいえないが。
「ああ、そういえばこんなところについていたか」Siは肩を持ち上げて紋章の部分を見た。重いだけで無駄なものなのに、切り捨てられないでいるもののひとつだ。「なるほど、これじゃあNCRと思われても仕方がない
「NCRじゃないって? じゃあそのコートは何処かで盗んできたものなのか? 盗みはFreesideじゃ重罪だ」The Kingはにこやかに言う。周囲の男たちも警戒を崩さない。
「いや、NCRだよ。でもおれは、違う
どう違うって?」
「おれは良いNCRだ

視線を下に下げる。胸ポケットのSumikaが呆れた表情をしている。

一拍置いてThe Kingが爆笑した。彼はテーブルを叩き、涙を流して大笑いした。
ひとしきり笑った後、彼は目元を拭って周囲に手をやった。護衛の男たちが武装解除をするのがわかった。
「たまんねぇ」まだ苦しそうに原を抑えて、The Kingは言う。「よくわかったよ。奇遇だがおれも良いギャングだよ。で、名前は?」
「Silas。Silas Makepieceだ」
「Makepiece。良いNCRらしい名前だ」
「The Kingも良いギャングらしい」
「そりゃどうも」The Kingは歯を見せて笑い、両手を広げて肩のところまで挙げた。そしてその手をテーブルの反対側に下ろし、座るように促してくる。Siが座ると、「で」と言った。「おたくが良いNCRってことは、ビジネスの話ってわけじゃあないってことだな。なんだろう、ごみ清掃運動に関する話? 緑化週間の制定とか? たまんねぇな」
「いや、ビジネスの話。なんか仕事はないかと思って?」
「仕事?」
金欠でね。せっかくベガスまで来たのに、カジノに入ることすらできやしない」
「なるほど、Stripに行くには所持金チェックがあるもんな。たまんねぇ。でもAtomic Wranglerにもカジノはあるぜ。ここと同じ通りにある。歩いてすぐだ。ホテルもやってる」
「へぇ、そりゃ良い。今日来たばっかりでね。カジノに今すぐ行けると聞いたからには、なおさら仕事を紹介してもらいたいもんだ」
The Kingはまた小さく肩を揺らして笑った。「なるほど。おたく、腕は確かそうだな。おたくなら任せられる仕事がいくつかある。興味があるならお願いしようか」
「どういう仕事だ?」

「ま、最初だから簡単なやつかな。New Vegasに入ってくるときにゲートのところで雇いのボディーガードが声をかけてきただろう?」  
「ああ、あれね」とSiは言葉を合わせる。
「ここで長生きしたいんだったら、ああいったボディーガードは役に立つ。Freesideは以前ほど安全とはいえないからな。で、そのボディーガードの仕事なんだがなかなか良い稼ぎになる」
「ゲートのところに立って、ボディーガードの口を捜せって?」
「話の腰を折るなよ、ベイビー。仕事っていうのはその中のひとりに関してさ。そいつの名はOrris。普通だったら良い稼ぎになる程度のボディーガードの仕事なんだが、やっこさんは良いプラスアルファ程度の稼ぎしてる。やっこさん、仕事のたびに腕に物をいわせて襲ってきたやつを殺してるのさ。それでやっこさんを一度雇ったやつは、頼りにして次も他の人間は雇わなくなっちまうって寸法さ」
「なるほど、そいつはたまんねぇ」SiはThe Kingの口調を真似て言った。
「そう、たまんねぇ。で、おれとしてはあいつの秘密が知りたい。あんたにはその辺の観光客のふりをして彼を雇って、彼と一緒に行動してほしいんだ。何も起こらなきゃそれで良し。だがそうはならんだろうな。今まで毎回のようにOliceがボディーガードをする相手は襲われているんだから」
「なるほど、それが仕事か。あんたの部下には任せられない仕事なのか?
「一度は試したさ。だがどうやらあいつはKingの臭いが1マイル先からでも嗅ぎ分けられるらしい。あれはたまんねぇ。たぶんうちのメンバー全員の顔を覚えているんだろう。あいつは見た目ほど馬鹿じゃない。あんたなら適任ってわけさ」
「なるほど。了解」SiはThe Kingに向かって敬礼した。「拝命します」
たまんねぇ」とThe Kingは笑った。

「どうしてあんなこと言ったの?」
演劇学校を出てからSumikaは予想通り怒った。いや、彼女は優しいので怒ってはいない。どちらかというと、叱りつけるような物言いだ。
「なにが?」Siはホルスターに収められたリボルヴァーの弾丸を確認した。FreesideはStripに比べて活気がないとはいえ、人口では圧倒的に勝る。一般市民に被害が出ないよう、今は貫通力の弱いホローポイント弾が装填してある。
「いろいろだけど……、良いNCRとか、なに、あれ?」
「おかげで上手く話が進んだじゃないか」とSIは笑ってやった。
「そうだけど………」Sumikaは頬を膨らます。最近は一日に一度、この表情を見ないと元気が出ない。「仕事が欲しいとかさ、そこまでお金に困ってないじゃない。ここに来たのはNCRに対するThe Kingsの動向を探るためじゃなかったの?」
「いや、金は結構やばいぞ。装備も新調したし」
「それなら大使館で貰っておけば良かったのに」
「なんだかんだいってあいつらは金を出そうとはしないさ。それにグループの動向を知るには、そのグループに所属するのが一番確実だ

納得のいかないという様子のSumikaをさておき、とりあえずThe Kingに紹介されたAtomic Wranglerというホテル兼カジノへと向かった。支配人らしい四角い顔の女に紹介された部屋は酷く汚かったが、雨風が防げてRad Roachが入ってこないだけましということで我慢した。

翌日、Siは仕事に向かう。相手を油断させるため、今日はNCRのコートは脱いでおく。
Freeside北口のところでは、確かに用心棒らしい人間が通り過ぎる人々に声をかけていた。Siがその近くをぶらりと通りかかると、メタルアーマーを着た髯の男が話しかけてきた。
「あんた、ここは初めてだな? Freesideを無事に歩きたいんだったら、誰よりもおれと一緒に行くのが安全だぜ」
「あんたと一緒に? あんたは雇いのボディーガードか何かをやっているのか?」Siは何も知らないふりをして尋ねる。「おれはここには来たばっかりでね、事情には詳しくないんだけど」
「周りを見てみな。ここじゃあ挨拶代わりにナイフで突き刺してくるようなやつばっかりさ。おれがあんたを守ってやらなくちゃあ、あんたもじきに体験することになるだろうけどな」

「ふむん」Siは視線を男の上から下まで動かした。メタルアーマーと口ひげ、頭髪の色や獲物はThe Kingから聞いたOrrisの風貌と一致する。「あんたを雇うにはいくらかかるんだ?」
「南ゲートまでたった200Capsさ」
「200Caps!? 高すぎる。さっき他のボディーガードみたいなやつらは、100Capsが相場だって言ってたぞ」
「最善を尽くしたいんだったら払っておくんだな。無理強いはしないぜ」
Siは舌打ちしてみせた。「わかったよ。払っておく。あんたは強そうだしな」

この男がOrrisだ、とSiは心の中で嬉しく思った。通常の二倍の価格はThe Kingに聞いていた通りだ。彼を雇うだけの金はThe Kingから受け取っている。最初に声をかけてきたのが彼でラッキーだった。

「よしよし」
200Capsを受け取り、満足そうにOrrisは頷く。そしてボディーガードつきの観光が始まった。Orrisの先導でVegasの要所を見て回る。正直なところ、むさ苦しいおっさんの案内付き観光というのは嬉しくない

さっさと行動を起こしてくれないかと思っていたとき、Orrisが手で制した。
「ちょっと待て。今向こうのほうにあまり良くない顔つきのやつらが見えた。道を変えよう。こっちだ」と言って彼は細い道へ向かう。
しかし細道を途中まで行ったところを4人の男たちが出迎えた。明らかに柄の良くない、手にナイフやハンマーを携えた男たちだ。The Kingsに属さないチンピラかジャンキーの類だろう。
待ち伏せしてやがったか!

Orrisが叫ぶなり腰のハンティング・リヴォルバーを構えて連射した。男たちは一瞬で倒される。

襲撃者が全員動かなくなったところで、Orrisはリヴォルバーをホルスターに収めた。「よし、もう大丈夫だ。おれ以外のやつが用心棒をしていたら、あんたは今頃あいつら犯罪者どもにケツに突っ込まれていたな」
「よくあいつらのことがわかったな?」
勘さ。長いことこの商売をやっているとわかるんだ。本能は正確だからな」
「なんとなく腑に落ちないことがあるんだけどな」
「なんだ? 気のせいだろう。人の死に初めて触れたから気が立っているだけだろう」
死ぬ瞬間なら何度も見てるよ。だから死体かどうかの区別はつく

Siは.357口径リヴォルバーを倒れた男たちのひとりに向かって抜き撃った。叫び声をあげて撃たれた男が仰け反る

「優秀なボディーガードが死体と生きた人間の区別もつかないなんて……」SiはリヴォルバーをOrrisに向かって構えた。「たまんねぇ」

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